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希求
37.審判
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大神殿へ送致された人間は、もれなく神殿で審判を受ける。
連れてこられる原因の出来事だけじゃなくて、その人間の素性、素行、対人関係も調べ上げられる。そこまでされるのに、審判の場で本人が反論や証言をする機会はやってこない。事前の聞き取りを終えた後は、ただ審判が下るのを待つのみだ。
その審議が行われる聖判堂――普段は審判官しか立ち入ることの出来ない場に、ノリューアに伴われたハーファも立っていた。
「では、事実確認から始めよう」
この場を取りまとめる審判長の一言で、相棒に関する審判が始まった。調査官達がそれぞれ担当した調査の報告が上げられ、ハーファが知らなかった事も少しずつ明らかになっていく。
緩く波打った短い赤毛の神官が言う。
あの騎士は正真正銘、魔術師トルリレイエの父親だったこと。
【連結】という能力が代々子に受け継がれていて、相棒だけが唯一の継承者だったこと。
その能力を後の世代へ残すために、父親は行方をくらませた子供を探していたこと。恐らく連れ戻すための手段として、パーティを組んでいたハーファに目をつけたと考えられること。
金色の髪をきっちりと後ろで結えた神経質そうな神官が言う。
ハーファがかけられた術は、対象者を内側から縛って意のままに操る精神掌握という禁術だったこと。主にその術は罪人に矯正の最終手段としてかけられるものであること。
この術をかけられた者は術が解けても後遺症が残り、元の生活に戻れた者はごく一握りしか記録にないこと。更に魔術による裂傷と武器による刺突の傷で重傷を負い、治癒術を受けたとはいえ生還した事が奇跡に近いこと。
トルリレイエの贈った腕輪に刻まれた十を超える守りの術が、ハーファをこれらの影響から守ったと考えられること。
いつの間にか姿を現していたイチェストが言う。
大切にしていた仲間を禁術で操られ、重傷を負わされて激昂したことが、魔力暴走の原因になったと考えられること。
実際に術の展開で姿を見失ったハーファを見つけた後に治癒術が発動している。主観ではあるがその時の安堵した表情を見る限り、この可能性が最も高いと推察される……と。
「リレイ……」
淡々と休みなく続く報告を聞きながら、左手に鈍く光る腕輪を撫でる。
やはり元はと言えばあの騎士が悪い。けれどその手から逃げきれなかったせいで、ハーファを大切にしてくれていた相棒の動揺を誘ってしまった。魔力暴走の直接の原因は力量のない自分だったのだと、思わず唇を噛んだ。
その背をノリューアの手が二度叩く。まるで励ますかのように、軽く。
「ハーファ・イルムナエ」
「え……は、はい」
急に名を呼ばれて面食らいつつ、顔を上げて審判長を見た。立つように促されて少し戸惑いながら立ち上がる。
「トルリレイエ・カルミラ・シスノウェルと共に行動をしていたというのは本当かね」
「はい」
相棒はそんな名前だったのかと今更に思いながら、頷いた。
「かの魔術師はどのような仲間だったかね」
変な質問だなと思いつつも、相棒の事を思い浮かべて言葉を頭の中に並べる。
「ええと、色んな事知ってて、頼りになる。能力の訓練にも付き合ってくれたし、いつも戦闘になると助けてくれるし、負傷したらすぐ治療してくれるし、優しくて」
大切で、ずっと一緒に居たい。
言葉に詰まり、じわりと目が熱くなる。すると審判長は少し困ったような顔を浮かべて一つ咳払いをした。
「質問が悪かったようだ。魔術の制御はきちんとできていたかね」
ようやく問いの意味を理解した気がして、少し鼻をすすって顔を上げる。
「魔術の扱いは上手かった。毎日訓練だってしてたから、簡単に制御を失うような術師じゃない」
リレイはいつもハーファの訓練と並行で魔術の訓練もしていた。ハーファに当てる訳にはいかないと言いながら。一度も当てた事がないのに、熱心に。
普通にしていて、暴走なんてしない。
それはいつも一緒に居たから自信を持って言い切れる。
「もし相棒が暴走を起こした理由がオレなんだとしたら……一緒に罰を受ける」
ハーファの発した言葉に、その場がざわついた。正気かと囁く声が空気を埋め尽くしていく。そんな周囲を右手で制し、顎に手を添えながらじっと見つめてくる。
「魔力暴走を起こした過去の術師達は、再発予防のため極刑になっておる。その審判であっても共に受け入れるというのか」
「相棒は悪くない。もう暴走だってきっとしない」
連れて行かれる前に話した相棒はいつものリレイだった。暴走を起こした者の成れの果てとして教わったような、理性のかけらもない魔物の様な存在ではなかった。
けれどこれからを証明しろと言われてもハーファには難しい。ワースラウルの言うとおり、万が一にリレイを止められる程の実力がある訳ではないから。
だから。
「……どうしても相棒が死ななきゃいけないのなら、オレも一緒に殺してほしい」
息を呑む音が周囲から響いてくる。
けれど言葉は誰からも出なかった。重苦しく落ちる沈黙の中で、審判長はゆっくりと腕を組む。
しばらくそのまま何かを考えていたようだけれど、やがてゆっくりと顔を上げた。
「その言葉、二言はないか」
まっすぐ貫くような視線がハーファを見る。何かを探るような、見透かそうとするような。あの審判長が能力者だっていう話は聞かないけれど、そう言われたら信じてしまうであろう、強い瞳が。
【眼】を閉じていても内心気圧されそうになりながら、ひとつ大きく頷いて返す。
「ない。リレイはオレを助けてくれた。オレじゃ相棒を助けられないなら、せめて最後まで一緒に居る」
少しだけ声が震えてしまって、思わずぎゅうっと左手の腕輪を握りしめる。
何処にいても、誰と組んでもうまくいかなかった。周りが信用できなくて能力に頼ってきた。そんなハーファが【眼】を閉じても人の中で過ごせるようになったのは、相棒が隣にいたからだ。
なのに目の前から居なくなるなんて、想像したくない。
急にハーファを見つめていた目がふとっと外れたと思うと、審判長は腕を組んだまま低く唸った。しばらく続いた沈黙のあと、ぽつりと空中に向かって呟く。
「大神殿きっての問題児からこのような発言をきく事になろうとは。分からぬものだ」
……余計なお世話だ。
思わず悪態をつきそうになったけれど、それを遮るように審判長の木槌が乾いた音を立てた。
連れてこられる原因の出来事だけじゃなくて、その人間の素性、素行、対人関係も調べ上げられる。そこまでされるのに、審判の場で本人が反論や証言をする機会はやってこない。事前の聞き取りを終えた後は、ただ審判が下るのを待つのみだ。
その審議が行われる聖判堂――普段は審判官しか立ち入ることの出来ない場に、ノリューアに伴われたハーファも立っていた。
「では、事実確認から始めよう」
この場を取りまとめる審判長の一言で、相棒に関する審判が始まった。調査官達がそれぞれ担当した調査の報告が上げられ、ハーファが知らなかった事も少しずつ明らかになっていく。
緩く波打った短い赤毛の神官が言う。
あの騎士は正真正銘、魔術師トルリレイエの父親だったこと。
【連結】という能力が代々子に受け継がれていて、相棒だけが唯一の継承者だったこと。
その能力を後の世代へ残すために、父親は行方をくらませた子供を探していたこと。恐らく連れ戻すための手段として、パーティを組んでいたハーファに目をつけたと考えられること。
金色の髪をきっちりと後ろで結えた神経質そうな神官が言う。
ハーファがかけられた術は、対象者を内側から縛って意のままに操る精神掌握という禁術だったこと。主にその術は罪人に矯正の最終手段としてかけられるものであること。
この術をかけられた者は術が解けても後遺症が残り、元の生活に戻れた者はごく一握りしか記録にないこと。更に魔術による裂傷と武器による刺突の傷で重傷を負い、治癒術を受けたとはいえ生還した事が奇跡に近いこと。
トルリレイエの贈った腕輪に刻まれた十を超える守りの術が、ハーファをこれらの影響から守ったと考えられること。
いつの間にか姿を現していたイチェストが言う。
大切にしていた仲間を禁術で操られ、重傷を負わされて激昂したことが、魔力暴走の原因になったと考えられること。
実際に術の展開で姿を見失ったハーファを見つけた後に治癒術が発動している。主観ではあるがその時の安堵した表情を見る限り、この可能性が最も高いと推察される……と。
「リレイ……」
淡々と休みなく続く報告を聞きながら、左手に鈍く光る腕輪を撫でる。
やはり元はと言えばあの騎士が悪い。けれどその手から逃げきれなかったせいで、ハーファを大切にしてくれていた相棒の動揺を誘ってしまった。魔力暴走の直接の原因は力量のない自分だったのだと、思わず唇を噛んだ。
その背をノリューアの手が二度叩く。まるで励ますかのように、軽く。
「ハーファ・イルムナエ」
「え……は、はい」
急に名を呼ばれて面食らいつつ、顔を上げて審判長を見た。立つように促されて少し戸惑いながら立ち上がる。
「トルリレイエ・カルミラ・シスノウェルと共に行動をしていたというのは本当かね」
「はい」
相棒はそんな名前だったのかと今更に思いながら、頷いた。
「かの魔術師はどのような仲間だったかね」
変な質問だなと思いつつも、相棒の事を思い浮かべて言葉を頭の中に並べる。
「ええと、色んな事知ってて、頼りになる。能力の訓練にも付き合ってくれたし、いつも戦闘になると助けてくれるし、負傷したらすぐ治療してくれるし、優しくて」
大切で、ずっと一緒に居たい。
言葉に詰まり、じわりと目が熱くなる。すると審判長は少し困ったような顔を浮かべて一つ咳払いをした。
「質問が悪かったようだ。魔術の制御はきちんとできていたかね」
ようやく問いの意味を理解した気がして、少し鼻をすすって顔を上げる。
「魔術の扱いは上手かった。毎日訓練だってしてたから、簡単に制御を失うような術師じゃない」
リレイはいつもハーファの訓練と並行で魔術の訓練もしていた。ハーファに当てる訳にはいかないと言いながら。一度も当てた事がないのに、熱心に。
普通にしていて、暴走なんてしない。
それはいつも一緒に居たから自信を持って言い切れる。
「もし相棒が暴走を起こした理由がオレなんだとしたら……一緒に罰を受ける」
ハーファの発した言葉に、その場がざわついた。正気かと囁く声が空気を埋め尽くしていく。そんな周囲を右手で制し、顎に手を添えながらじっと見つめてくる。
「魔力暴走を起こした過去の術師達は、再発予防のため極刑になっておる。その審判であっても共に受け入れるというのか」
「相棒は悪くない。もう暴走だってきっとしない」
連れて行かれる前に話した相棒はいつものリレイだった。暴走を起こした者の成れの果てとして教わったような、理性のかけらもない魔物の様な存在ではなかった。
けれどこれからを証明しろと言われてもハーファには難しい。ワースラウルの言うとおり、万が一にリレイを止められる程の実力がある訳ではないから。
だから。
「……どうしても相棒が死ななきゃいけないのなら、オレも一緒に殺してほしい」
息を呑む音が周囲から響いてくる。
けれど言葉は誰からも出なかった。重苦しく落ちる沈黙の中で、審判長はゆっくりと腕を組む。
しばらくそのまま何かを考えていたようだけれど、やがてゆっくりと顔を上げた。
「その言葉、二言はないか」
まっすぐ貫くような視線がハーファを見る。何かを探るような、見透かそうとするような。あの審判長が能力者だっていう話は聞かないけれど、そう言われたら信じてしまうであろう、強い瞳が。
【眼】を閉じていても内心気圧されそうになりながら、ひとつ大きく頷いて返す。
「ない。リレイはオレを助けてくれた。オレじゃ相棒を助けられないなら、せめて最後まで一緒に居る」
少しだけ声が震えてしまって、思わずぎゅうっと左手の腕輪を握りしめる。
何処にいても、誰と組んでもうまくいかなかった。周りが信用できなくて能力に頼ってきた。そんなハーファが【眼】を閉じても人の中で過ごせるようになったのは、相棒が隣にいたからだ。
なのに目の前から居なくなるなんて、想像したくない。
急にハーファを見つめていた目がふとっと外れたと思うと、審判長は腕を組んだまま低く唸った。しばらく続いた沈黙のあと、ぽつりと空中に向かって呟く。
「大神殿きっての問題児からこのような発言をきく事になろうとは。分からぬものだ」
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