アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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希求

38.結審

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「トルリレイエ・カルミラ・シスノウェルについては、魔力の出力制限および抑止の滅呪を施すものとする」
 
 重々しく放たれた言葉に聖判堂全体がざわついた。
 けれど木槌の音がそれを制して、しんと沈黙が落ちる。
「ただし、ハーファ・イルムナエにも同様の滅呪を科すことをこの結審の条件とする。これはかの魔術師の滅呪と連動させる事により効力を増幅させ、更なる抑止力を担保するものである」
 急に自分の名前が出てきて、状況の飲み込めないハーファはきょどきょどと周りを見た。ノリューアはいつも通りに見えるけれど、他の人間が向けてくる目は驚いていたり、憐んでいたりと様々だ。
 
 イチェストに至っては口を開けたまま固まっていて、大神殿の中にいる時だとは思えない間抜けな顔をしている。仕事の時はちゃんとした顔と態度をしてるのに、珍しい。
 珍しい昔馴染みの様子に気を取られていると、ひとつ大きな咳払いが聞こえた。審判長が相変わらずハーファをじっと見ている。
「最後に問おう。あの魔術師はもう暴走しないと言ったな」
「言った」
「万一再び暴走する事があれば、滅呪によって滅ぼされよう。その時はお前の命も使い、より確実に滅するための保険をかける」
「えーと……つまり?」
 
 いちいち言い方がまどろっこしい。前衛職のハーファにはいまいち滅呪の事は分からないのだから、もっと端的に言ってくれればいいのに。
 文句半分でじとりと睨み返すと、後ろからノリューアの平手が後頭部に飛んできた。それを見た審判長は深々と溜め息をつく。
「かの魔術師が次に暴走した時は、施された呪でお前も共に死ぬという事だ」
「暴走しなきゃ問題ないってことだな」
「……そうなるな。しかし一度施した呪は抹消できぬぞ。一生をあの魔術師に縛られることになる。たとえ逃げ出したくなったとしても、な」
 
 馬鹿なことを言うな、やめておけ。
 目の前の顔からはそんな声が聞こえてくるようだった。
 
 この期に及んで言うのはそんな事かと少しむっとする。いつか逃げ出したくなるかもしれないなんて思う相手と、わざわざ一緒に殺してくれなんて言うはずないのに。
「逃げたりしない」
 一緒に居たい。何があっても。
 もしも相棒が逃げだしたりしても、また捕まえて引きずり戻してやる。
「施術は苦しいものになるぞ。命に干渉するものだからな」
「いい。リレイが助かるなら、それをやってくれ」
 希望が見えたハーファには前しか見えていない。後ろを見ても、恐怖しても、何も変わらないから。
 
 間髪入れずに打ち返す言葉に、審判長は今までで一番深いため息をついた。
 その顔は困ったような、呆れたような表情に見える。ちらりとノリューアを見るけれど、その顔が左右に振られるのを見て、ため息を更にひとつ重ねて。
「……よかろう。その度胸は買ってやることとしようか」
 木槌が乾いた音を規則的に五回立てて、結審を告げる。
 リレイとハーファにかけられる、それぞれの術のこと。施術の日程のこと。わざわざ小難しくした言葉を審判長が並べていく。
 ――もう少しで、相棒に会える。
 その事で頭がいっぱいになったハーファは、その先の話などろくに聞いてはいなかった。


 聖判堂から出てすぐ、ばたばたと走ってきたイチェストから「馬鹿!!」と大声でお叱りが入る。
 いくらなんでも声がデカすぎる。そのせいか、後から追いついてきたらしいワースラウルが目を丸くして足を止めていた。
「お前ちゃんと話聞いてたのか!? もしアイツがヘマして暴走したらお前も死ぬんだぞ! いつでも何処でも、パーティ解散してても、だ!」
「ちゃんと聞いてた。解散するつもりないから問題ないだろ」
「そんなの分からないろうが! お前はいっつもその場の勢いで行動する!」
 まくしたててくるイチェストはすっかり普段の幼馴染に戻ってしまっていた。周りの視線なんかお構いなしに、すっかり仕事モードの抜けきった顔で掴みかかってくる。
 
 審判の時は間抜け面で固まってたくせに。
 そう思うと少し腹が立ってきて、イチェストの手を振り払った。
「もう返事した! 今更何言っても遅いだろうが!!」
「おまっ……お前なぁ!!」
 まるで癇癪を起こすハーファのような姿に、少しだけ頭にのぼった血が降りていった。
 かといって引くつもりもない。静かな睨み合いが続く二人の間に、ぬっと手の平がひとつ割り込んできて。
「もうやめないか。一度下りた結審は覆らない。イチェストも分かっているだろう」
 ノリューアに口を塞がれたイチェストが数歩後ろへたたらを踏む。何か苦しそうにもごもご言ってるけど、育ての親はお構いなしだ。

「お前が決めた事だ、もうこれ以上は言うまい。だが、神殿の役務はきちんとこなすんだぞ」
「えっ、嫌だ。何で神殿の仕事なんかしなきゃなんねーんだよ」
 やっと冒険者になって神殿から抜け出したのに。急な話に顔をしかめたハーファに、ノリューアの眉間で深いシワが寄った。
 表情はさほど変わらないけれど、まとう雰囲気がガラリと変わる。まるで冷たい北風が吹き出しているような、ひんやりとした雰囲気だ。
「お前……何も聞いていなかったな?」
「ちゃんと聞いてた! リレイがヘマして暴走したらオレも死ぬんだろ」
 低く唸るような声に慌てて反論する。
 けれどその答えは育て親の問いかけに答えられてはいなかったらしい。更に険しくなる顔に、背筋をたらりと冷たい汗が流れていった。
 
 ノリューアの雰囲気ひとつでこんなに冷や汗が出るのは、反抗し殴りかかって返り討ちにあった時以来だ。
「その後は」
 積もっていく沈黙を、更に冷ややかな低音が吹き飛ばしていく。
「えっ」
「あの魔術師が保護観察処分になったという事は認識しているのか。大神殿で施した呪いの緩みがないか、定期的に確認するという話は」
「えっ……」
 そんなもの、聞いてない。
 審判長はつらつら小難しい長文を読み上げていただけだったし。まさかそんな話が入ってたなんて思いもしなかったし。
 思ってもない展開で固まるハーファに、ノリューアどころかイチェストとワースラウルも同時に深い溜息を吐いた。
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