アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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希求

40.待ちわびる時間

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 ハーファが施術を終えて、数日。
 遅れて施術を受けるらしいリレイをひたすらに待つ日が続いていた。おまけに相棒は首の滅呪だけでなく、魔力を制限する呪術も施されるらしい。
 どちらも体への負荷が高い施術で、日を開けて行わないといけないんだと説明された。それを理解はしていても、会えるはずなのに中々会えないもどかしさが募っていく。

 何とかして側にいられないだろうか。
 首に行われる施術の過酷さを知っているハーファからすれば、心配で仕方がないのだ。己はリレイの魔術のお陰で負担も軽かったけれど、相棒はそうじゃない。
 あの恐怖に一人耐えている相棒の姿を思い浮かべて、静かに拳へ力がこもった。
「こら。そんなに握りしめたら折れてしまうだろうが」
 ぽかりと頭に拳が落ちてきて、はたと我に返る。気が付けば葉を落とそうとしていた植物の枝が曲がってしまっていた。
 慌てて手を離し、恐る恐る多くつきすぎた葉を落とす。
 相棒を待ちわびて毎日ぼんやりと過ごしていたところに、そんなに時間があるなら手伝えと押し付けられた雑用。気分転換にいいかと思って引き受けたけれど。
 あちこち動き回る度に、相棒は今どうしているのかと気になってしまって。果たして気が紛れているのかは疑問が残る。
 
 上の空のままで小突かれながら雑用を終え、大神殿の入り口が見える長椅子に座って一息ついた。
 今日も今日とて巡礼に来た信者が入口に列を作って、静かに中へ入る順番を待っている。穏やかな日差しに、鳥の鳴く声。
「こんなに冒険日和なのにな」
 リレイが居れば、すぐにでも出掛けるのに。
 そんな事を思った瞬間、首に刻まれた施術の跡がじんわりと熱をもった。
「……ッ!? ぁ、ゥぐ、っっ!!」
 疑問に思う暇もなく、熱くなった部分が首を一気に締め上げる。
 口を開けても、息を吸っても、喉から先に息が入らない。声を出すことすら出来ずに長椅子から滑り落ちてしまった。 
 ハーファの異変に気付いたらしい誰かが駆け寄ってきて、背中をさすってくれる。けれど相変わらず首は絞まったままで、地面にうずくまった姿勢のままのたうち回る事しかできなかった。
 
「問題なく動作しているようだね」
 
 そんな声が聞こえた瞬間、首の圧迫感が解けていく。
 必死になって息を吸い、暴れ回る心臓を落ち着ける。何とか見上げた先にはハーファの首に施術の跡を刻んだ神官の一人が立っていた。
「ぃ、まの、は……」
「肝心な時に機能しないと困るから、刻んだ滅呪の動作確認をしたんだ。悪く思わないでおくれ」
 以前悪魔のように見えた朗らかな顔が、更にニッコリと深く笑う。
 言われた意味が理解できずに呆然とするハーファの頭を、目の前に立つ男の手がくしゃりと撫でた。
「きちんと連鎖するようだし、問題ないな」
 どういうことだと唸る周りの問いにも、混乱するハーファの視線にも応えず、それだけ言って神官は立ち去ってしまった。


 去っていく背中を呆然と見送り、ひとまず駆け寄ってきた人間に礼を言おうと視線を向ける。
 ハーファと同年代くらいで、教会の人間がよく着ている礼服の男女三人組だ。それにしても、彼らの顔を何処かで見たことがあるような。
「ったく、何なんだアレ」
「神官なのかな。あまり見ない法服だけど」
「大丈夫? ハーファ」
 口々に言葉を発しながら視線を向けてくる顔が、少し昔のものと被る。
 ――神殿の兄弟だ。イチェストと同じ。大神殿で出会った、元孤児の。
「お前ら……なんで……」
「脱走した馬鹿が帰ってきたってイチェストから聞いて」
「帰ってきたと思ったら更に馬鹿やったって聞いて」
 思い思いに頭をかき混ぜてくる一番上と二番目。二人はいつも一緒で、ハーファとイチェストをからかってくる困った兄と姉だった。

 そんな二人にいつもブレーキをかけていたのが、ずっとハーファの背をさすってくれていたらしい最後の一人。 
「二人とも止めなよ。大丈夫か様子見に来たのに」
 一番下の弟――大人しいけど頭がよくて、悪巧みに加わるといつも参謀をしてた奴だ。
 イチェスト以外の兄弟は皆、とっくに大神殿を出て各地の教会に勤めているはずだ。なのに何故か勢揃いした彼らがハーファに暖かい視線を向けている。
 少しくすぐったくて、落ち着かない。
「もう大丈夫、だ。たぶんさっきのは、これのせい」
 首にぐるりと走る跡を見て、兄弟達は少しだけ顔をひきつらせた。
「……本当に、滅呪を刻んだんだ。まさかと思ったけど」
「人嫌いのハーファが人助けでここまでするとはなぁ。妙な事もあるもんだ」
 まじまじと向けられる視線と言葉に返す言葉もない。大神殿ではずっと【眼】を開いて、周囲を警戒していたのも彼らは知っているから。
 
「とにかく元気そうで良かった。どうしてるんだろって、ずっと思ってたんだよ」
 姉の言葉に、他の兄弟もうんうんと頷いている。
「……悪い。心配かけた」
 ずっと一人だと思っていた。
 大神殿を出た彼らはとっくに、ハーファのこともイチェストのことも忘れ去ってしまっているのだと。何の根拠もなく、そう思っていたのに。
「ホントだぞ、まったく。もう勝手に消えんなよな」
 ぐりぐりと頭に兄の拳がめり込んできて、少し痛い。でもすぐにポンポンと励ますような優しい動きに変わる。
「じゃ、もう行く。イチェストにもよろしく言っといてくれ」
「え、自分で言えよそれくらい」
「皆ハーファの顔見に寄っただけだから、あんまり時間ないの」
「イチェストはちゃんと教会に顔出してくれるしね」
 姉の言葉に賛同しながら、ハーファを取り囲んでいた兄弟達は立ち上がって各々の荷物を持ち上げる。思い思いに別れの挨拶を口にしながら、さっさと前庭のアーチを抜けていってしまった。

「……相変わらず自由だな……」
 そうは言いつつも、ハーファの頬は少しだけ緩んでいる。
 ――わざわざ顔を見にきてくれた。
 脱走した事で迷惑だってかけただろうに、何事もなかったみたいに話しかけてくれた。気遣われているのが伝わってきて、暖かい気持ちがぽかぽかと心を包んでいる。
「リレイ……」
 思わぬ再会で気分が高揚したせいだろうか、無性に相棒が恋しくなってきてしまった。
 顔だけでも見られないか頼んでみよう。兄弟達みたいに、少しだけでもいいからと。
 そう思って大神殿の方へ足を向ける。
「……!」
 途中、見覚えのありすぎる人間を見かけて。視線が動かせなくなってしまった。
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