アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

文字の大きさ
43 / 44
再出発

43.出立

しおりを挟む
 どこ行くんだよと文句をタラタラこぼしながらついてくるイチェストへ適当に返事をしながら、門の方へと向かっていく。
 こうなったら最初は好きな所に行かせてもらおう。
 もやもやする気持ちから逃げるように、いつか行きたいと話していた候補地を思い浮かべていく。
 冒険資金を貯めるための一攫千金アイテム探し、珍しい植物の生息地である深い森……いや、これはリレイの行きたい場所だから却下だ。自分の希望を通してもらわないと意味がない。
 
「あ」
 
 ひとつだけあった。
 噂に聞いてた珍しい場所。

「なぁなぁ、こないだ話してた山に行こうぜ! 雲の海が見れるってアレ!」
 後ろから追いついてきた足音に気付いて振り向くと、予想どおり相棒の姿があった。急に話しかけたからか少しキョトンとしたけれど、ああ雲海か、と小さく頷いている。
 大陸の北東にある山で出現するという雲の海。
 港町で足止めされてた時に話してた場所だ。普段は見れない事も多いのに、今の季節ならよく見れるらしい。
 あの時は少し早かったけど今は季節も合ってるし、せっかくなら行ってみたい。
 ハーファの提案になるほどと頷いてくれる相棒だったけど。
「却下ー! 今から行くのは大湿地のレア薬草探しでーす!」
 割って入ってきた声が邪魔をする。腹の立つ事にちょっとニヤニヤしながら。

 湿地といえば、その名のとおりジメジメして足場が悪い。あちこち動き回る戦闘スタイルのハーファとは相性が最悪の地形。
 東の森で散々転倒した悪夢のような悪戦苦闘を思い出し、顔が自然と強張っていく。湿地はあれよりも格段に足場が酷い可能性があるのだ。
「何でよりによって動きづらい沼なんかに行かなきゃなんねーんだよ!」
「神殿の役務優先だって説明あっただろ! 仮にも元神官兵なら大人しく泥にまみれて働けっ!」
 上手いこと言ったつもりなのか、イチェストは少しドヤ顔でふんぞり返る。
 けれどこっちは大神殿に散々な目に遭わされたのだ。しかも言うことを聞いてずっと神殿で大人しくしていたのに、復帰一発目がそんなエリアなのも慈悲がなさすぎる。

 とても素直に頷く事は出来なくて、諦めずに食い下がる。
 すると向こうも何だかんだで無理強いはしづらいらしい。段々と飛んでくる言葉がもごもごとし始めた。
 もう少し押せばいける。
 そう思った瞬間、イチェストの顔がくるりと違う方向を向いた。急に何だとその視線を追うと、地図と書面を見比べているリレイの姿がある。
 セコい。人の相棒に頼りやがった。
「ふむ……確かこの大湿地の近くに温泉があるな」
「おんせん?」
 不満を言いそうになった所へ聞き慣れない単語が耳へ飛び込んできて、思わずそっちへ反応してしまう。思う壺だと分かってはいるけれど……一度引かれた興味はなかなか止まらない。
 
「地面から湧き出した湯で作った風呂の事だ。湿地の汚れはそこで落とそう。美味い食べ物もあるらしいし」
「美味いもの」
 近寄るのを見越したようにリレイの説明が始まって、最後の最後に決定打が決まった。丁度味気のない神殿の食事に飽きていた所だ。その誘惑はあまりにも威力がでかい。
 でも。 
「……ホントだろうな?」
 リレイには約束を破られた前科がある。
 置いてけぼりにされた記憶もまだ強い。信じたいけれど、まだ少し手放しで信じきるのは難しい。
 
 少しの不安が伝わってしまったのか、相棒は少し寂しそうな表情を浮かべた。けれどすぐにいつもの顔に戻る。
「行ったわけじゃないがな。湯の蒸気を利用した色々な風呂はもちろん、蒸し料理や菓子が充実していると聞いた」
 見たことのない温泉とやらへの好奇心と食の誘惑に、固くなっている心がぐらぐらと揺らぐ。
 嘘つき魔術師の大法螺かもしれないし、リレイに話した奴らの誇大表現かもしれない。そう頭では思うのに。 
「神殿仕事の後は一緒に湯めぐり食めぐりといこうじゃないか、相棒」
 にんまりと胡散臭く笑う顔から出る言葉すら嬉しくて、ぐらりと揺れてしまう。
 
「………………約束だからな」
「ああ。今度こそ約束だ。二人でゆっくり入ろう」
 絶対嘘だ。この流れだと大所帯の移動になるに決まってる。
 そうは思っていても、軽く頬に触れたリレイの唇の感触が揺れているハーファにとどめをさした。悔し紛れに唸りながら相棒を睨む。
「絶対だからな……仕方ないから働いてやる」
「ん。よし、行こうか」
「次に約束破ったら絞めて落とすからな!」
 精一杯の脅しにも、物騒だなと一言言って笑うだけ。そんな事は出来やしないと思われてるのか、もしかして本当にそのつもりなのか。じっと見つめてみても全然分からない。
 
 そのつもりで、あってほしい。
 そんな希望を持ちながら頬に鼻先を寄せると、リレイの手がゆったりと頭を撫でてくる。
「今度こそ一緒に、な」
 低く囁いた唇がそっとハーファの唇と重なって、甘く微笑む顔がじっと見つめてくる。そんな相棒を前にすると、これ以上の言葉は出てこなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

処理中です...