芽吹く二人の出会いの話

むらくも

文字の大きさ
23 / 25

23.思慕

しおりを挟む
 ぐちゅぐちゅと、水気のある音が教室の隅に響く。
「っあ……っ、ぅ……!」
 いつの間にか膝の上に座らせられた状態で、後ろから身体中を撫で回されていた。下着から引っ張り出された自分のそれを擦られて、溜め込んでいた熱を吐き出す。
 仁科儀先輩に触れられている今の状況は、まるで少し前に戻ったみたいだ。
 ……でも、違う。
 もう自分にそんな権利はない。全部投げ出してしまったから。
 冷静さが戻ってきた頭は、達した幸福感に甘く沈んでいた心を冷たい空気の中に引き上げていく。
 
「役立たず相手にこんな面倒なことしないで……さっさと鎮静剤飲ませれば良かったのに」
 今まで慰めて貰えていたのは先輩の役に立っていたからだ。先輩の要請に応えて働いていたから、その影響で熱くなった身体を慰めてくれていた。いわばご褒美だ。
 だって……ヒートなら薬で鎮められるんだから。ヒートさえ落ち着かせてしまえば、下半身は自分で抜かせれば済むはずなんだ。
 なのにこんな触り方するのは、勘違いしそうなことするのは、止めてほしい。
 もう任せられないって。オレは役に立たないって言ったのは先輩なのに。あの時質問したのはオレだけど、はっきりそう返したくせに。
 どこか拗ねたような感情に突き動かされて、気付けば憎まれ口を叩いていた。
 
 だけど仁科儀先輩は何も言わない。ただ後ろから回された腕に少し力がこもって。

「いッ!?」

 ガリ、と項に痛みが走った。
 一度じゃない。ガリガリと何度も何度も、固い感触が項の肉を噛む。αはそういう習性があるらしいけどβの先輩がどうして。
 困惑に負けて後ろから自分を抱き締めているその人の顔を覗き込んだ。
「俺がαなら、いっそ番にしてしまえるのに」
 そう口元を笑みの形に歪める仁科儀先輩の目は笑ってなかった。何だか悲しそうな光を揺らめかせながらこっちを見ている。

「手伝いなんかどうでもいいんだ。どうしたらお前は側に居てくれる? どうしても……どうしても、手放したくないんだ」

 なんだ、これ。
 
「お前の体温が恋しい。抱きしめ合いたい。キスがしたい。今みたいに触れていたい。あの日みたいに……もう一度深いところで繋がりたい」

 じっとオレを見る先輩から浴びせかけられる言葉が、ぱちんぱちんと耳の中で弾けて響く。
 頭が追い付かなくて言葉が出てこないどころか顔の筋肉ひとつ動かせない。呆然と固まったまま目の前の顔を見つめてると、その目からぼとぼとと水が落ちてきた。
「お前が欲しい。お前じゃないと嫌だ。なのに居なくなってしまった。どうすればいいか何処にも書いてない……一体どうしたら……俺だけのものになってくれるんだ」
 ――泣いてる。あの、仁科儀冬弥が。
 きゅっと一文字に震える唇を引き結んで、喉の奥に声を押し込めて。じっと動かずにこっちをただ見据えている。
 ひゅ、と思わず息を飲んだ。向けられた言葉がじわじわと頭を痺れさせていく。
 都合よくオレが見てる夢じゃないのか。
 夢なのか現実なのか確かめるみたいに恐る恐るキスをして。正面から抱き寄せると、するりと先輩の腕が抱き返してきた。
 
「逃げるなら今の内だからな……その気がないなら妙な期待をさせてくれるな」
「……逃げるつもりなら、こんな事しない」
 少し詰まったような声に答えると、ぱっと涙でぐしょぐしょになってる顔がオレを見た。ぬぐってもまだ涙が落ちてきて、乾ききることは無さそうだ。
 ゆらゆらと水気に滲む瞳はじっと不安げな視線を向けてくる。
「行家……」
「やっぱオレをおかしくしたのはアンタだ。しつこく追いかけ回したり……その、抱いたり、して……その気にさせたから」
 言葉に詰まる。やっぱり恥ずかしい。
 でも、言わないといけない。これを逃したら次なんてないような気がする。
「だから、ちゃんと責任取れ。役立たずでも、たぶらかした責任とって側に居ろよ」
 何とか言い切った瞬間、しん、と気まずい沈黙が落ちた。
 
 ……何か……思ってたのと自分の言葉が違う。
 こんなはずじゃなかった。先輩の側に居たいって言いたいだけなのに。これじゃ全然伝わらない。

 慌てて言葉を継ぎ足そうと仁科儀先輩を見る。
 すると、はらはらと涙を落としていた瞳がゆるりと目尻を下げた。しずくに濡れているその顔ははっきりと微笑んでいる。
「責任は取る。手放したりしない」
 ぎゅうっと強く抱き締められて、とくとくと少し早く脈打つ心臓の音が伝わってきて。ふわりと鼻をくすぐる仁科儀先輩の匂いは何だかほっとする。
「お前の番は俺だ。誰にも渡さない」
 伝わってくる声音と心音が心地よくて、意識がふわふわしてきた。よかった……あんな言い方なのにオレの言いたかったこと分かってくれたんだ。

 しばらく抱き合ってると、ふっと先輩の瞳がオレを見る。ゆっくり顔が近付いてきて唇同士が触れた。控えめに何度も触れあって、少しずつ深くなっていく。
 いつの間にか先輩がオレを見下ろしてて、体が少しずつ傾いてって。床に背中が着いた頃には触れてる所がじくじくと熱を持ってるような違和感を訴えていた。
 甘い香りがちょっとずつ強くなってく。
 くらくらする頭のまま覆い被さってくる身体を受け止めた。頭の奥の方がじんじんする気がするのは、固くなってきてる先輩の股間が触れてるせいかもしれない。
「行家、その……」
「も、もう床は嫌だからな。抜き合うだけだからな……っ」
「ん……」
 とろんと甘い顔と声が微笑んだ。一気に身体が熱くなって息が苦しい。
 少しだけ緊張した様子でゆっくり近付いてくる瞳を見つめながら――もう一度、仁科儀先輩を受け入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

ラピスラズリの福音

東雲
BL
*異世界ファンタジーBL* 特別な世界観も特殊な設定もありません。壮大な何かもありません。 幼馴染みの二人が遠回りをしながら、相思相愛の果てに結ばれるお話です。 金髪碧眼美形攻め×純朴一途筋肉受け 息をするように体の大きい子受けです。 珍しく年齢制限のないお話ですが、いつもの如く己の『好き』と性癖をたんと詰め込みました!

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

処理中です...