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4章【そんなに自分を壊そうとしないで】
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しおりを挟むそれは、ある日の朝。
「──二人とも、心して聴くのじゃぞ。……なんと! 来週、新人の面接をすることになったのじゃ!」
食卓テーブルを囲みながら、マスターが意気揚々とそんなことを口にした。
カナタはトーストを齧った後、モグモグとパンを咀嚼する。
それからパンを飲み込み、小さく小首を傾げた。
「つまり、来週は一日お休みの日があるってことでしょうか?」
「その通りじゃ! その新人が入ってくれれば、少しはシフトに余裕ができるかもしれんぞ! どうじゃ、カナタ? いい話じゃろう?」
「それは確かに、いいお話ですねっ」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
そう答えるマスターは、心底嬉しそうだ。
喫茶店で働き始めてからずっと、カナタには休みがなかった。
そのことを思い返すと『休みがあるかもしれない』という希望は、カナタの胸を少しだけ弾ませる。
しかし、ただ一人──。
「俺は別に、休みなんてなくてもいいけどさ。そうしたら、カナちゃんとずっと一緒にいられるし」
朝食を頬張るカナタを眺めながら、ツカサはそう言い切った。
ツカサの態度にげんなりとしつつ、マスターは温かなお茶が注がれた湯呑を手にする。
「それが理由でカナタが倒れでもしたらどうする? お主は心配にならんのか?」
「それは良くないねぇ。きっと、職場環境に問題があったんじゃないかなぁ」
「いけしゃあしゃあと……!」
怒りによって、湯呑を持つマスターの手が震え始めてしまった。
カナタは話題を変えようと、慌てて口を開く。
「でっ、でもっ! まずは面接の日にお休みがありますもんねっ! 楽しみだなぁっ」
わざとらしくテンションを上げてから、カナタはツカサに目を向けた。
すると、ツカサがパァッと笑みをこぼす。
「うんっ、そうだねっ! どこかのブラック経営者のせいで果たせなかった約束をようやく果たせそうだよっ! ふふっ、楽しみだなぁ……っ」
「この馬鹿弟子がぁあッ!」
マスターが完全に腹を立ててしまい、カナタの取り繕いは徒労に終わる。
けれど、マスターもツカサもどこか楽しそうだ。
趣味嗜好の否定を恐れ、人付き合いがあまり上手にできなかったカナタは、こんな日常をとても輝かしいものだと思う。
仲良く喧嘩をする二人を眺めて、カナタは思わず笑みをこぼした。
「とにかく! 面接の日付はアルバイト希望者と今日中に打ち合わせをして決める! じゃから、それまで少し待っておれ!」
「分かりました、マスターさん」
「カナちゃん、口元にパンくずが付いているよ。食べこぼししちゃうところも凄く可愛いね」
「少しはワシにも関心を持たぬか馬鹿弟子めッ!」
平常運転すぎるやり取りに、マスターの血圧が少しだけ心配になる。
だがそれ以外は、とても微笑ましいやり取りだ。
……たとえ、マスターの額に青筋が浮いていようと。
マスターがいるというのに、ツカサがカナタの口元にキスをしようとしても。
それでも、微笑ましい日常なのには変わりがない。
カナタはそう、思っていた。
……むしろそう思わないと、どうしていいのか分からない。
だからこそ、カナタはそう思いたかったのかもしれないが……。
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