龍神は月を乞う

なつあきみか

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第一幕〈馴れ初め〉

その眸に映るもの 2

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 薄い背中を押さえ込み、細い手足を組み敷いて、白い肢体に乗りあげた。
 俯せた身体は抗う素振りで身を捩るのに、それは少しも救いにならない。
「なに、逃げたいの?」
 こちらへ向いた横顔を見下ろして、ピアスの光る耳許に囁きを吹き込んだ。
「愉しめよ…。そのほうが楽だ」
 震える白い肩と首すじに、漆黒のドレッドロックスがまとわりつくように流れて落ちた。
 
 淡い金の髪はシーツの上ではらはらと揺れ、下肢から伝わる律動に反応をみせる。
 背後から忙しなく身体の奧を突き上げられるたび、洩れる吐息は艶を増し、湿りを帯びる。
 肉付きの薄い背中から細く頼りない腰へ、脊椎をつたうようにクラウドは手のひらを滑り降ろした。傷ひとつない綺麗な肌は強靱な手に吸いつくように柔らかく、なめらかだった。
 興奮するなというほうが無理な話だ。
 己の欲望がさらに熱を持って膨れあがるのが分かった。呼応して白い背中がびくりと波打つ。
 好いところを先端で擦ってやると、それがひときわ顕著な震えとなって確かな快感をクラウドの眼前に示した。
 
 腰を抱き込んでいた腕をほどいて、汗の流れる鳩尾から胸許へ、ゆっくりと手のひらで撫であげていく。
 濡れた肌の感触を愉しみながら、指先は小さな尖りを探りあてる。
 そこに柔らかくふくらんだ乳房はない。ないが、クラウドの手はかまわず平らな胸と尖りをまさぐり、その指先で硬くしこるまで小さなそれを愛撫した。
 甘く溶けかけた吐息が聞こえる。クラウドの腰があやすように奧を掻き混ぜる。
 片手を降ろして、白い下肢の中心で濡れて震える性器を握り込んだ。
 己のものより遙かに慎ましやかなそれは、けれど確かに雄の象徴だった。
 
 苦痛を凌駕するほどの快楽に欲望の雫があふれていた。
 幼さの残る無垢な性器は硬く勃ちあがって震えている。
 焦らす動作でクラウドがそれを擦ってやると、堪えきれないのか華奢な腰を揺らして応えてきた。
 形を確かめるように手のひら全部で握り込み、ゆるりと裏側を撫で下ろす。
 そのすべてに甘い喘ぎが呼応している。
 
 胸を密着させる体勢で下肢を重ねた。
 ギリギリまで腰を持ちあげ何度も深くなかを突き刺し、息を乱すまで小刻みに上下に揺さぶったりした。
 顎をつたい首すじを流れ、ほのかに色づく胸許で光を弾くその汗を、とても綺麗だと思う。鼻先を寄せると肌の匂いに酔いそうになる。
 平らな胸の、小さな尖りに唇を被せて、きゅうと音がするほど吸いあげた。
 女のような反応はなくても、微かに身を捩るさまが可愛くて、肉厚な舌で転がすように胸の尖りを何度も舐めた。
 
 腿に載せた白い下肢を掴みしめ、激しい動作で奧へと楔を打ち込んだ。
 この身体の所有者は己だ。支配するのも愛するのも、甘く熟れさせるのも。
 涙を流して快楽に耐える細い顎先にくちづける。金色に揺れる頭を引き寄せて、薄い唇を喘ぎごと塞いだ。呼吸を奪われて苦しげに逃げを打つ唇を追って、うぶな舌先を絡めとった。慣れていない下手くそな応え方に笑いが洩れた。
「――…」
 切れ切れの息の下で名前を呼ぶ声がした。甘く震える声だった。
 腰を掴んでもうひと刺しねじ込んだら、白い身体は背をしならせて全身を震わせた。それを合図に互いの腹の上に熱い液体がぴゅくんと跳ねた。
 とろけた身体が力なく縋りついて、白い細い腕がドレッドをまとわりつかせながらクラウドの逞しい肩を抱きしめようとする。
 その仕種のすべてが愛しい。
「……いい子だな、…レスタ」
 
 
 ぱっと瞼が開いた。


「………」
 身体が欲するままに詰めていた息を深く吐き、大きく胸を上下させる。
 額にはうっすらと汗がにじんでいた。握り込んだ拳の内側にも。
「…――、」
 ゆめ、か。呟いたはずが声は掠れて吐息に紛れた。
 夢だとしても、なんて夢だ。
 ゆっくりと上体を起こしたクラウドは、己の下肢を見下ろすなりドレッドの頭を抱え込んだ。
「…勃ってんじゃねえよ……」
 よりにもよって、あのレスタに。そうだあのレスタだ。
 ましてや夢だというのにその肢体はどこもかしこも男のものだった。
 夢独特の曖昧さも、経過の矛盾もなく、レスタは最初から少年の身体で、胸に柔らかなふくらみなどなく、脚の間には余分な一物までしっかりあった。見たこともないかれの肢体をクラウドは夢に具現させた。
 それが絵物語の妖精も斯くやという完璧な造形美だったというのも相当アレだが。――そんなレスタの白い身体に、まだ華奢な線を色濃く残すひとつ年下の少年の身体に、自分はいったい何をした。
 己の雄で奥まで侵して、あふれる欲望を注ぎ込んだ。
 
 違う。そういうことじゃない。
 
 あれは男だ。
 夢の中でもそれは変わらず、自分でも確かに分かっていて、それなのにその身体に欲情していた。興奮して、自ら汗の浮いた平らな胸に吸いついた。勃起していたレスタのものを愛撫して、その感触を愉しんでさえいた。
(まてまてまてまて)
 ありえないだろう。第一クラウドは男など相手にしたことはない。
 したいと思ったこともない。むしろ絶対に願い下げだ。それなのに。
 股間には布を押し上げて主張する欲情の証しがある。
「……勃ってんじゃねえよ……」
 先と同じ言葉を吐いて、クラウドはどさりと背中を倒した。
 
 
 
 そろそろ正午になろうという頃、クラウドの私室にノックの音が鳴り響いた。
 朝から夢見と機嫌の悪い屋敷のあるじは、何故かその音にぎくりと肩を揺らした。
 入れではなく、誰だ、と扉に向かって誰何の声を飛ばしたのは無意識だ。
「リクです。もしかして入っちゃ拙いですか」
 返ってきた声に思わずほっとして、ほっとしたことに一層不機嫌になって、クラウドはカウチを蹴って扉に向かった。
 外開きの二枚の扉を両手で思いきり押し開けたのは、もちろんわざとだ。八つ当たりともいう。
 鈍い衝突音と呻き声を同時に聞いて、クラウドは少しだけ腹の底をすっきりさせた。
「痛いですよ! クラウドさま!」
「うるせえよ」
 顔面を押さえて廊下に蹲る少年を見下ろす。
「なんだ、機嫌が悪そうだな」
 すぐ近くからべつの声が聞こえた。
 開け放った扉の片方から、淡い金色の髪をひらりと揺らしてレスタが顔を覗かせた。
「いまの、レスタさんが隣に立ってたら絶対巻き添えでしたよ…」
 よかったですね、とどちらにともなく言って、リクと名乗った少年はクラウドのまえで姿勢を正した。聡明そうな広い額が扉の縦の線を浮かせて、うっすら赤くなっていた。
「これ、帝都のリヒトさまから書簡が届きました」
「………」
 その額の赤痣も、差し出された白い封書も、帝都官邸の留守を任せている兄の名前さえ、すべてがクラウドの意識を上滑りして、何ひとつ引っ掛かってはこなかった。
 彼の纏う空気が変わったことをふたりは感じ取ったようだったが、しかしクラウドは返事もせずに部屋の中へ踵を返した。
 いらいらする。それを認めたくはなかった。
 
 扉のまえのレスタとリクは無言で顔を見合わせてから、クラウドに続いて部屋の中へ入っていった。
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