追放された悪役令嬢ですが、実は大地の声が聞こえるので、不毛の地でスローライフを始めたら伝説の料理人や元騎士に溺愛されてます

緋村ルナ

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第2章:枯れ谷の土と、芽生える希望

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 護衛の一人もつけられず、みすぼらしい平民用の馬車に揺られること、十数日。私はついに追放先である「枯れ谷」へと到着した。御者が忌々しげに「ここだ、降りろ」と吐き捨て、私の最低限の荷物を地面に放り出すと、そそくさと走り去っていく。残されたのは、私一人と、目の前に広がる荒涼とした風景だけ。

「ここが……枯れ谷……」

 噂に違わぬ、絶望的な場所だった。乾いた風が吹き荒び、ひび割れた大地には雑草の一本すらまともに生えていない。空はどんよりと曇り、太陽の光さえ届かないかのようだ。ポツンと建つ古びた館は、今にも崩れ落ちそうで、人が住める状態とは思えなかった。

 館の中は埃とカビの匂いが充満し、家具はほとんどが朽ちかけている。用意されていたのは、硬いパンと干し肉、そして少量の水だけ。ここですべてが尽きたら、私は飢えて死ぬのだろう。

(本当に、死ぬためにここへ送られたのだわ)

 絶望が、冷たい水のように心の底から湧き上がってくる。膝から崩れ落ち、私は初めて声を上げて泣いた。悪役令嬢の仮面を脱ぎ捨て、ただの一人の無力な少女として。誰もいないこの場所でなら、どれだけ泣いても構わないだろう。父を、母を、アルベルトを、リリアを、そして何もかもを呪った。

 どれくらいの時間、そうしていたのだろうか。涙も枯れ果て、感情が空っぽになった頃、私はふらふらと館の外へ出た。死ぬなら死ぬで、せめてこの土地がどんな場所なのか、自分の目で見ておきたかった。

 乾いた地面を漫然と歩く。足元の小石が、カツン、カツンと虚しい音を立てた。ふと、私は立ち止まり、地面に膝をついた。そして、無意識のうちに、ひび割れた土をそっと両手ですくい上げた。
 ざらざらとした、冷たくて乾いた感触。生命の気配など、どこにも感じられない死んだ土。
 そう思った、瞬間だった。

『――大丈夫』

 頭の中に、直接声が響いたわけではない。けれど、温かくて優しい、確かな『感覚』が、脳裏に流れ込んできた。

『この土は、ただ深く眠っているだけ。水と、少しの愛情があれば、また目を覚ます。大丈夫』

「……え?」

 幻聴? いや、違う。これは、もっと根源的な……魂に直接語りかけてくるような、不思議な感覚。それは、ヴァイス公爵家に代々伝わるという伝説――「大地の声を聞く力」の話を思い出させた。遠い先祖には、植物と会話し、不毛の地を緑に変えた者がいたという、おとぎ話。

 まさか。そんな力が、この私に?

 私はもう一度、手のひらの土に意識を集中する。すると、再びあの温かい感覚が胸を満たした。土の奥深くに、か細くだけれど、確かに脈打つ生命の源流のようなものを感じる。
 希望。それは、絶望のどん底に差し込んだ、一条の光だった。

「眠っている、だけ……」

 私は手のひらの土を、壊れ物を扱うようにそっと地面に戻した。そして、顔を上げる。空は相変わらず曇っているけれど、先ほどまでとはまったく違って見えた。

「大丈夫……」

 呟いた声は、まだ震えていたけれど、そこには確かな意志が宿っていた。
 死んでたまるものか。こんな場所で、終わってたまるものか。
 もし、この力が本物なら。この「大地の声」が私を導いてくれるのなら。
 私はここで生きていけるかもしれない。いや、生きてみせる。この死んだ谷で、私自身の力で。
 エレオノーラ・フォン・ヴァイスとしての人生は終わった。でも、ここから、新しい私の人生が始まるのだ。
 私は固く拳を握りしめ、崩れかけた館を振り返った。まずは、あの場所を人が住めるようにするところからだ。やるべきことは、たくさんある。
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