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第9章:レストランへの飛躍
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『太陽の恵み』は、もはや小さな食堂の規模では客をさばききれないほどの盛況ぶりだった。店の前には毎朝、開店前から長蛇の列ができ、遠方の街から何日もかけてやってくる貴族の馬車まで見られるようになった。
「お嬢さん、こりゃもう限界だぜ! 本格的なレストランに改装するべきだ!」
マルコが算盤を弾きながら、興奮気味に提案した。彼の商人の勘が、今が最大の好機だと告げているのだろう。
「レストラン……ですって?」
「ああ! もっと多くの客をもてなし、もっと多くの金……いや、もっと多くの人を幸せにするんだ! ソフィア先生の料理と、お嬢さんの野菜があれば、王都の一流店にだって負けやしないさ!」
マルコの言葉に、私の胸は高鳴った。しかし、一つ懸念があった。レストランをやるとなると、今よりもっと多くの野菜が必要になる。私の小さな畑だけでは、到底追いつかない。
その悩みを打ち明けると、意外なところから助け舟が出た。
「エレオノーラ様。わしらに、手伝わせてはくれんだろうか」
声をかけてきたのは、この谷に古くから住む、数少ない村人の一人だった。最初は「呪われた谷の女」と私を遠巻きに見ていた彼らも、『太陽の恵み』がもたらした活気と、私のひたむきな姿を見るうちに、少しずつ心を開いてくれていたのだ。
「あんた様のおかげで、この谷にも人が来るようになった。わしらも、ただ見てるだけじゃなくて、何か役に立ちてえんだ」
「でも、この土地で作物を育てるのは……」
「わかってる。難しいことは承知の上だ。だども、あんた様が教えてくれるんなら、わしらもやってみてえ。この谷を、もう一度緑豊かな場所にしてみてえんだ!」
村人たちの目は、真剣だった。彼らの瞳の中に、諦めではなく、希望の光が灯っているのを見て、私の胸は熱くなった。
「……わかりました。私でよければ、喜んで」
その日から、谷の再生プロジェクトが始まった。リーダーシップを発揮したのは、意外にもカイだった。
彼は元王国騎士としての経験を活かし、村人たちを効率よくまとめ、組織的な農作業の計画を立てた。どこをどう開墾し、水路をどう引くか。彼の的確な指揮のもと、村人たちは見違えるように生き生きと働き始めた。
私は、村人たちに「大地の声」が教えてくれる農法を伝えた。どの土地にどの野菜が合っているか。どうすれば土が喜ぶか。最初は半信半疑だった村人たちも、私の言葉通りに世話をした畑から、次々と見事な野菜が育つのを見て、やがて私を「大地の巫女様」と呼び、心からの信頼を寄せるようになった。
硬くひび割れていた大地は、人々の汗と愛情によって少しずつ柔らかさを取り戻し、見渡す限りの緑の畑へと姿を変えていった。かつて「枯れ谷」と呼ばれ、誰もが見捨てた不毛の地は、いつしか「恵みの谷」と呼ばれる、豊かな実りの郷へと生まれ変わりつつあった。
村全体が、一つの大きな家族のようになっていく。子供たちの笑い声が谷に響き、大人たちは収穫の喜びを分かち合う。その中心に、いつも私と、そして私の隣にはカイがいた。
彼の存在は、もはや私にとって、なくてはならないものになっていた。
レストランへの改装工事と、畑の拡大。すべてが同時進行で進んでいく。忙しいけれど、充実した毎日。
私は、日に日に活気づいていく谷の風景を眺めながら、心からの幸福を感じていた。ここが、私の王国。私が仲間たちと、一から築き上げた、愛おしい場所なのだと。
「お嬢さん、こりゃもう限界だぜ! 本格的なレストランに改装するべきだ!」
マルコが算盤を弾きながら、興奮気味に提案した。彼の商人の勘が、今が最大の好機だと告げているのだろう。
「レストラン……ですって?」
「ああ! もっと多くの客をもてなし、もっと多くの金……いや、もっと多くの人を幸せにするんだ! ソフィア先生の料理と、お嬢さんの野菜があれば、王都の一流店にだって負けやしないさ!」
マルコの言葉に、私の胸は高鳴った。しかし、一つ懸念があった。レストランをやるとなると、今よりもっと多くの野菜が必要になる。私の小さな畑だけでは、到底追いつかない。
その悩みを打ち明けると、意外なところから助け舟が出た。
「エレオノーラ様。わしらに、手伝わせてはくれんだろうか」
声をかけてきたのは、この谷に古くから住む、数少ない村人の一人だった。最初は「呪われた谷の女」と私を遠巻きに見ていた彼らも、『太陽の恵み』がもたらした活気と、私のひたむきな姿を見るうちに、少しずつ心を開いてくれていたのだ。
「あんた様のおかげで、この谷にも人が来るようになった。わしらも、ただ見てるだけじゃなくて、何か役に立ちてえんだ」
「でも、この土地で作物を育てるのは……」
「わかってる。難しいことは承知の上だ。だども、あんた様が教えてくれるんなら、わしらもやってみてえ。この谷を、もう一度緑豊かな場所にしてみてえんだ!」
村人たちの目は、真剣だった。彼らの瞳の中に、諦めではなく、希望の光が灯っているのを見て、私の胸は熱くなった。
「……わかりました。私でよければ、喜んで」
その日から、谷の再生プロジェクトが始まった。リーダーシップを発揮したのは、意外にもカイだった。
彼は元王国騎士としての経験を活かし、村人たちを効率よくまとめ、組織的な農作業の計画を立てた。どこをどう開墾し、水路をどう引くか。彼の的確な指揮のもと、村人たちは見違えるように生き生きと働き始めた。
私は、村人たちに「大地の声」が教えてくれる農法を伝えた。どの土地にどの野菜が合っているか。どうすれば土が喜ぶか。最初は半信半疑だった村人たちも、私の言葉通りに世話をした畑から、次々と見事な野菜が育つのを見て、やがて私を「大地の巫女様」と呼び、心からの信頼を寄せるようになった。
硬くひび割れていた大地は、人々の汗と愛情によって少しずつ柔らかさを取り戻し、見渡す限りの緑の畑へと姿を変えていった。かつて「枯れ谷」と呼ばれ、誰もが見捨てた不毛の地は、いつしか「恵みの谷」と呼ばれる、豊かな実りの郷へと生まれ変わりつつあった。
村全体が、一つの大きな家族のようになっていく。子供たちの笑い声が谷に響き、大人たちは収穫の喜びを分かち合う。その中心に、いつも私と、そして私の隣にはカイがいた。
彼の存在は、もはや私にとって、なくてはならないものになっていた。
レストランへの改装工事と、畑の拡大。すべてが同時進行で進んでいく。忙しいけれど、充実した毎日。
私は、日に日に活気づいていく谷の風景を眺めながら、心からの幸福を感じていた。ここが、私の王国。私が仲間たちと、一から築き上げた、愛おしい場所なのだと。
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