わたしのねがう形

Dizzy

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わたしのつなぎたい手

【第45話:整えられた出会い】

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 3人の登山は続いていた。
昨日は天候でほとんど進めない日だったが、今日は風も穏やかで順調だ。
道の左右には大分残雪が目立ってきていた。
峠の頂上付近は夏でも雪が残りそうである。
 外の操縦席で前を警戒していたカーニャが客室を軽くノック。
開きっぱなしの窓越しに後ろのユア達にいう。
「ちょっと停めるけどそのまま中に居てね」
窓越しにユアの声。
「りょうかい」
異常を察したか声は抑えている。
 カーニャがゆっくりと馬車を停め、降りてから腰の武装を確認する。
太めのエストックがずっしり頼もしく答えた。
車内の窓からは端のカーテンに隠れるように外をうかがうユアとアミュア。
 道に降りたカーニャの前方には、屈んでいる女性の旅人。
何気ない風にカーニャが声をかける。
「どうなさいましたか?お困りでしょうか?」
にこりと笑顔だが、間合いは微妙に残して止まった。
こんな峠の頂上付近に、この季節単独で荷物も持たずはありえない。
初見から警戒していたが、情報もほしいと願ったカーニャの判断である。
ちらと視線を上げた女性が話し出す。
「旅の方でしょうか?少々困ったことになってまして」
柔らかい笑顔だが、声には力がない。
フード付きの長い灰色マントは足元まで隠す。
武器も隠し放題であろう。
よもや山賊かと、周囲にも気を配ったが、仲間らしき気配はなかった。
「先日の強風で、連れとはぐれ、荷物も失くしてしまいました」
非常に納得できる答えだ。
まるで準備してきたかのように。
「おや、それはお大変でしたわね。ミルディス公国側から来られたのですか?」
少しカマをかけるカーニャ。
「ええそうです」
答えながら、すっとフードを払う女性が名乗った。
「セルミアと申します。出来ましたら食事とお水を分けてくれませんか?多少なら金銭があります」
フードの下には銀のサークレットを付けた、妙齢の整った顔があった。
表情には不審な点はなく、髪は少し暗い銀髪のセミロングが背に流れている。
どこか印象に残りづらい顔だ、とはカーニャの判断。
「では少し仲間に説明してまいりますわ、お待ちくださいまし」
すっとカーニャは振り返る。
気配は捉えたままだ。
赤いマントの中ではエストックの柄に右手が触れている。
視線だけでユア達に下がるよう伝える。
 馬車までゆっくり歩き、ドアを開けその陰に屈む。
「どう考えても怪しいね」とはユア
「おなかがすいてたらかわいそうです」とアミュア
「携行食と水筒だけ渡して様子を見るわ」とカーニャ
すっと笑顔で立ち上がりカーニャが続ける。
「ユアこのまま死角使って馬車の後ろに。アミュアは中で戦闘準備だけしてて」
短く指示を出すと、セルミアの方に顔を向けカーニャが動く。
すっと手を口の横に持っていくジェスチャー。
大きな動きはユアへの陽動だ。
「お持ちします、少々お待ちを!」
大きな声も注意をひく為。
その一瞬で風のように、地面につかず馬車の壁伝いにユアが馬車の後ろに移動。
武装は短剣だけだ。
セルミアからは透視しなければ見えまい。
ぱたりとドアを閉め、後ろに回るカーニャ。
後部ハッチから携行食を取り出しながら、ユアに指示。
「戻って気を引くから、左の崖の上に移動できる?外からフォローして」
「りょーかーい、無理はしないでね」
答えるユアはハッチと地面の間の馬車壁面にヤモリのように張り付いている。
恐るべき身体能力だ。



 しばらく情報交換や世間話などして、セルミアと別れたカーニャが馬車に戻る。
開きっぱなしの窓から小さくアミュアの声。
「どうなったの?置いていっちゃうの?」
驚いたことにアミュアはセルミアの事すら心配している。
「向かう方面も違うし仕方ないのよ。食料も充分に譲ってあげたわ」
と、アミュアを気遣うカーニャ。

 前方運転席に収まると、無言で進み出す。
馬車は斜度がつらいのもあるが、むしろ安全のためかなりゆっくり進む。
歩く速度と余り変わらないのだった。
すれ違う時に軽く会釈だけして登りゆくカーニャ。
セルミアからは、頭を深く下げ言葉が返る。
「お世話様です、ありがとう」
と謝辞を述べた。
 奇妙な緊張も距離を置くことで緩んでいく。
ちらりと左上の岩を眺めてみるがユアは見当たらない。
つづらを2つほど越え、カーニャが馬車を停めると、先に登って待っていたユアが声をかけてくる。
「何事も、無かったみたいだね」
にっこりするユアに答えるカーニャ。
「表面上はね」
こうして3人に戻ったユア達はまた進み出す。
頂上は近いと思われた。



カーニャと馬車を見送ったセルミア。
角を曲がり見えなくなると、顔をあげる。
その目は怪しく金色ににじむ。
妖艶な唇は艷やかに弧を描く。
別人の容姿。
年齢も若く見え、身長も高くなっている。
ふわりと片手で払われた髪は、腰まで届く輝くブロンドに変わっていく。
柔らかな金糸のウエーブが覆う、その服装までいつの間にか変わっている。
黒いタイトなナイトドレス。
大胆なカットは豊かな胸元や、ヒヤリとするスリットから覗く長い脚。
全てが計算したように収まる完璧な肢体。
大きな蝶を透かすストールもつややかな黒と青である。
すっと、どこからか取り出した黒レースの扇子を開き口元を隠す。

「スヴァイレク」
声も別人のやわらかな低い響き、本当に静かにただ名を呼んだ。
「こちらに」
これも短く答えたのはセルミアの斜め後ろ。
いったい、いつからいたのか黒い人影だ。
かつてユア達と話した、影の巨人とは似ても似つかない。
常識の範囲にある体躯を包むのは、黒の燕尾服に細いボウタイ。
銀色の髪はきれいに撫でつけられ、太い眉を見せる。
白手袋をはめ片膝でこうべをたれる様は、謁見に臨む紳士のよう。
大柄で隠し切れない鍛えられた体は、彫像のように動かない。
呼びだしておいて何も命じないセルミア。
ただ静かに時間が流れる。
女王と執事。
そんな雰囲気の中、セルミアがすっと視線をスヴァイレクにあてる。

「おもしろいわね」
「はっ」
たったそれだけの会話で伝えあえる、長年の主従であった。
「いずれこの先には踏み込めないわ」
「…ヤツの結界ですか」
会話は途切れた。
山頂に近いこの冷え込んだ山道に、貼り付けたような美しい影だけがあった。



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