わたしのねがう形

Dizzy

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わたしがわたしになるまで

【第42話:ノアの気になったこと】

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森の中の隠された洋館。
その地下にはどんな用途であったのか、隠された地下室がある。
世界中から取り寄せたのか、ありとあらゆる苦痛を引き出す器具が並んでいた。
その作業室らしき部屋に近く、いくつもの牢が並んでいる。
ぴちょんと何処かで雫が落ちた音がした。
その牢には1匹ずつ影獣が閉じ込められていた。
「さあノア、影獣たちがあなたを待っているわ。やさしく左手で撫でてあげてね」
目覚めたノアを地下に連れてきたセルミア。
ノアは10才程度の身長に縮んでしまっていた。
初めての時と違い、自分でも視点の低さから察してはいた。
「左手で撫でたらいなくなっちゃうよ?」
すこし寂しそうにするノアの頭を優しく撫でるセルミア。
「大丈夫よ。この子達はノアの左手が好きなの。その力でノアの中に入りたいんだって」
よく意味がわからないのか?思案顔のノア。
「一度してみたらわかるわ。ほら」
そういってノアの左手を掴み檻の中の獣に導く。
鉄格子は人が出入りすることはできないが、ノアの手なら十分素通りするのだった。
そして今のノアは撫でることではなく、自分で意識する事で能力を発動できるのだった。
獣にふれるとノアの左手が紫の輝きを放つ。
かつて何度か見たそれよりも遥かに強い光に、セルミアは期待の笑みを浮かべる。
すぅっとほとんど時間を置かず、獣は消えて死体が残った。
ドサっと倒れたその男に、妙に見覚えがあるなとノアは思った。
それ以上考えるまもなく、次の檻に連れて行かれるノア。
その姿はすでに13才ほどの少女になっていた。
またセルミアがノアの左手を掴み獣に向けさせた。
左手は紫の輝きを帯び、ノアの意識が獣に向いた瞬間に発動した。
またしても音もなく影は吸い取られ、死体が残る。
倒れてきた死体がノアのそばで鉄格子に当たるゴンという音がした。
その男の顔には見覚えがあった。
「あの時の?!」
ノアはスヴァイレクに力を与える前の、今のアミュアと同じ大きさになっていた。
セルミアはもう一匹も食わせようと、ノアの手を引いた。
ノアの目は先程の男に釘付けになっていた。
「どうして、逃げたはずのあのハンターが?」
ノアの疑問には答えず、もう一つの檻に引いていこうとするセルミア。
ぱっとノアがその手を振り払った。
「あら?どうしたのノア?」
振り向いたセルミアに変化はなく、いつもの優しい微笑みをノアに向けるのだった。
「いや‥‥答えてくれないとこれ以上したくない」
じっと表情を変えず、ノアを見つめるセルミア。
(やはり獣の種は入らないわね。困ったわ)
「その男は先日別のメイドが倒してくれたのよ。ノーラといったわね、メイド長の女よ」
じっとセルミアを見るノアの目には疑念が湧いている。
(しかたない一度休ませましょう。ノーラに面倒を見させるのがいいわねきっと)
「わかったわノア。今日はもう終わりにして休むといいわ。ノーラを呼びましょう」
そういって部屋から出口に向かうセルミアは、ノアに一瞥もしなかったのだった。
少し思考に沈んで、丁寧さを忘れていたのだった。
ノアはこれまでのセルミアとノーラを比べて考えてしまったのだ。
同じような優しさを感じるのに、全くちがう感触を覚えるのだった。
ノアは人の感情を手触りとして感じてしまうのだった。
それはセルミアも知らないノアの性質であった。



地下まで迎えに来たメイド長が、ノアを導く。
「こちらですノアお嬢様。早く出ましょうこのような汚らわしい場所は」
ノーラの額には厳しいシワが寄る。
気配からして、この地下室は異常であった。
人の悪意を凝縮して固めたような、気持ち悪さがあるのであった。
皮肉なことに、小さくなったり大きくなったノアを見ていないので、ノアの変化に気づかないメイド長であった。
そしてセルミアはそういった人の怨みや悪意に鈍感であった。
向けられる憎しみや、怒りの感情が気にならないのだ。
短くはない階段を折り返し上り、地上に出る。
そこは裏庭にある道具小屋の脇にある階段に出るのだった。
今はまだ夜明け前で、薄暗い闇をすかして月明かりが斜めに入っていた。
東の空はもう色づいてきている、時間を置かず日が昇るであろう。
「さあ、ノアお嬢様。今夜はもう遅うございます。お休みになりましょう」
そういって手を引くメイド長にコクリと頷き従うノアであった。
 裏口から館に戻り、ノアの部屋に行く。
当番のメイドが一人だけ部屋には待機していた。
ノアを導いたメイド長が、部下に着替えを命じると、ノアはそのメイドに従い夜着に着替えるのであった。
(セルミア様はノアお嬢様をどうするつもりなのだろう?)
そんなメイド長は自分の気持を抑えられずにいた。
着替えが終わると当番メイドはドアのよこにある椅子まで下がり座る。
ノア専属の不寝番であった。
それはセルミアの監視も意味しているのだが、ノアにはわからないのだった。
ベッドに大人しく入ったノアの横に、椅子を持ち座るメイド長。
いつものようにまずはノアの手を握ってあげるのだった。
ノアはとても寂しがるので、寝かしつけるのは大変だったが、とても実りのある仕事だった。
「さあ、お目を閉じて。今日はもうお休みいたしましょう」
やさしい声でメイド長はノアにささやいた。
すっと目を閉じたノアは、しかしいつもとは様子が違うのだった。
「ノーラ、教えてほしい」
ノアに名乗ったことはなかったが、セルミアがノーラを名で呼ぶので聞いていたのだろう。
ノーラの中にあたたかな気持ちが湧いてくる。
自分の名前をノアが覚えてくれたからである。
「どうしました?なにか解らないことでもありましたか?」
ノーラは優しくノアに近づきすぐそばでささやき交わした。
その声は小さく、後ろのメイドには届かなかった。
「セルミアを信じていていいと思う?」
ドクンとノーラの心臓が高鳴った。
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