わたしのねがう形

Dizzy

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わたしがわたしになるまで

【第52話:森で出会った二人】

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「知っていると思うが、亡きわが主は貴様の主人を嫌っていてな」
すうっとどうやったのか、一つ離れた枝に移ったカルヴィリスが鋭い視線のままレヴァントゥスに告げる。
「その薫陶を受けた我が身も、しらず気に入らない首を落としてしまうかもしれんぞ」
きれいな脅しであった。
嫌な汗が背中を伝うレヴァントゥス。
セリフ通りのことが出来ると見せられたばかりだ。
「いえ、たまたまここで休んでいたら知り合いのノアちゃんが来たので、そっと見守っていただけですよ」
軽い調子で答えるレヴァントゥスには、逆らう気配はなかった。
「そちらこそこんな所でどうしたんですか?」
軽い感じで聞くが、事情を把握している者同士である。
皮肉の成分は全て伝わった。
「ふむ、やはり気の向くまま過ごすべきかな。主を失った下僕としては」
言いながらするりと音もなくシャムシールが抜かれる。
やばい本気だと察したレヴァントゥスは逃走に移る。
「いえいえ、どうぞ健やかにお過ごしを~」
いいつつ無詠唱の影魔法で、枝からくるりと回り落ちながら姿を消した。
ぱちりと剣をもどしたカルヴィリスはもうレヴァントゥスに興味は無いようで、ノアに視線を向けていた。
(セルミアに見張られる少女か‥‥危ういな)
すっと枝から音もなく地上に降り立つカルヴィリス。
どんな技術なのか全く気配も音もたてない。
東方暗殺ギルドとはそれほどものなのか。
このカルヴィリスが平均的暗殺者なら、世の権力者達は枕を高くして眠れないことだろう。
カルヴィリスはノアに近づきながら、わざわざ気配をもらす。
ピクっと素早く反応しノアが上体を起こしカルヴィリスを見る。
(いい反応だ。野生で鍛えたものか?)
かさりと草をならしノアのいる泉近辺の開けた広場にでたカルヴィリス。
柔らかく声をかけた。
「驚かしてしまったかな?すまないな」
レヴァントゥスに向けたものとは違い、かつてユアに向けたものとも違う柔らかな声であった。
流石に無視はできないと思ったか、ノアが不機嫌そうに答えた。
「驚いたりしない。だれ?」
舐められたと思ったか強い言葉で返すノア。
口元をおおうヴェールを外し、顔を見せながらカルヴィリスは続ける。
「たまたま近くに居てね、泣いていたようだったから気になって追ってきたのだよ」
ニコっと笑顔も見せて話すカルヴィリス。
「君はセルミアという女を知っているか?」
びくっとノアが跳ねて下がる。
警戒度が数段あがった。
「セルミアのてしたか?」
ノアの声も一段低くなり、臨戦態勢。
あわてて答えるカルヴィリス。
「ちがうわよ、どちらかと言うと戦っていた相手ねセルミアは主人の敵よ」
言葉の意味を理解したノアはすっと立ち上がり、警戒を解いた。
「なんだ、もう見つかったのかと心配しちゃった」
ぺたぺた歩いてカルヴィリスの近くまで来るとペタリとあぐらをかいて座る。
服はまだ濡れているので裸のままだ。
「残念だけど、見つかったのは本当かもよ?さっきレヴァントゥスという男に会ったわ」
「!!」
またピクンとなるノア。
「レヴァントゥスは知ってる、セルミアのてしたの変なやつだ」
ちょっと考え込んでから、カルヴィリスは話し出す。
「よかったら事情を話してみない?力になれるかもよ?さっきも話したけどセルミアは私にとっても敵だわ」
体をねじって後ろに干してる服を試すノア。
まだ濡れていた。
「全部は話せないけど、助けてくれる?」
ノアにとっても、今はただノーラに言われ逃げただけの状態で、この後どうしたらいいのか決めかねていた。
かなりの手練れと見えるカルヴィリスが味方してくれたら、セルミアから逃げられるかもと思ったのだ。
「レヴァントゥスはセルミアの部下でも上位の存在。戦力としても高い。それが貴方を監視していた」
すっと岩の上に座るノアを見上げ言うカルヴィリス。
「危険な状態だと思う。私は今手が空いてるから、それがセルミアの嫌がる事なら喜んで協力するわ」
小さくすることなんて他にないしね、と口の中でつぶやいた。
すこしだけ瞳に寂しさを浮かべたカルヴィリスを信じて見ようかなとノアは思った。
「わたしはノア。セルミアの館から逃げてきたの」
すとっと岩から飛び降り、カルヴィリスの横まで来るノア。
「私はカルヴィリス。主を失った根無し草だわ」
そういって寂しそうに右手を出してきた。
ノアは黙って手を出し右手で握手する。
右手の能力に関しては制御に自信があった。
誤って発動したりはしないと思うが、左手は自信がない。
うっかり消したりしないよう左手はできるだけ、味方には触れないように気をつけるノアであった。
「レヴァントゥスはまだ見張っているの?」
カルヴィリスを信じる事にしたノアは、メイド達と話すような口調にもどった。
くすくすっと笑いカルヴィリスが答える。
「少し脅してやったから、しばらくは出てこないと思うわ。ただ監視はあると思ったほうがいい」
ニコっときれいに笑って続ける。
「乙女は簡単に肌を見せてはいけないのよ?安くみられるわ」
ふむっと考えてからノア。
「うん、それは前にノーラからも怒られたことある。あ、ノーラは逃がしてくれたメイドだよ」
ぴょんとまた岩の上にもどり、生乾きの下着をつけていくノア。
つめたかったのかぶるっと震えた。
「火を起こしましょう。服がかわかせるわよ?」
そう言って焚き火の準備を始めるカルヴィリスの目には、どこかメイドたちのような優しい気配があった。
ノアは敏感にその手触りの変化を感じ取るのであった。
こうして森の奥で、逃げた少女と逃げ出せない女が出会ったのであった。
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