わたしのねがう形

Dizzy

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わたしがわたしになるまで

【閑話:セルミアのうしなったもの】

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 長身の少女が窓際に立っている。
真紅のパーティドレスから覗く滑らかな背を、黒い薄手のストールが透かす。
右腰に差し色で入った黒い大きな花と螺旋の黒が全体を引き締め、あふれる若さを抑え込みしっとりと見せていた。
ドレスとお揃いの長手袋が持つシャンパングラスには金色のゆらめき。

 その背中を見る男がいる。
鍛え上げられた体は仕立ての良い燕尾服でも隠しきれない。
軍人か傭兵、もしくはシークレットサービスであろう。
男は思わず賛美の言葉を心に浮かべる。

ーーー美しく、儚い。

 永い時の果てと比べれば、この少女の未完成な美しさは一瞬の幻でしかないのだ。
だから儚い。

 一面を埋める大きな窓ガラスの夜景に影が写り男に気づいた少女。
金色のゆるやかなウエーブがふわりと回りこちらを向く。
アイスブルーの瞳にはいたずらっぽい光。

「スヴァイレク、失礼じゃない?声もかけないなんて!」

その笑いを含んだ声も、銀鈴のように涼やかで若々しい。

「すまない‥‥みとれていたのだよ」

 照れ隠しか、スヴァイレクは右手のシャンパングラスをくっと開けた。
くすくすと少女が笑う。
自然で柔らかく、ちょっと子供じみたところすらある。
あらゆる女性の魅力を内包し、これから花開くであろう蠱惑までにじみ見せる。
スヴァイレクはもう随分前からこの少女に心奪われていた。

 ホテルの最上階にあるスイートである。
本部の指示で連合会議に潜入工作した二人は、ここを事後の潜伏先に選んでいたのだ。
あらゆる国際情勢はバランスを変え傾いていく。
今後彼らの勢力にとって全てが重要な案件となるであろう。
そんな大仕事を終えた二人は、少しだけ浮かれていたのかも知れない。
いつもにはないふざけ合いがそこには有ったのだ。

「スヴァイレクにしては気の利いたジョークね」

言った自分のセリフも可笑しかったのか、またクスクスと含み笑い。

ーーー美しいが、きっとこれは儚い夢だ。

 少女を含んだ世界が溶け落ちる。
燕尾服のスヴァイレクもまた溶けくずれ。
ただの黒い獣と成る。

 黄金の光がスヴァイレクを灰へと変えていく。
ながいながい時の果てに滅びの時が訪れたのだ。
かつて若き頃抱き、伝えることは叶わなかった淡い思い。
この最後の時に美しい彼女をみせてくれたことに感謝の心が湧いた。

ーーーいったい俺は誰に感謝すればいいのだろうな‥‥




それがスヴァイレク最後の思いであった。


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