どっちも好き♡じゃダメですか?~After Story~

藤宮りつか

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一章 笠原兄弟の恋愛事情 前編 ~笠原伊澄視点~

   兄の決断(9)

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「お兄ちゃん。美沙ちゃんと何かあったの?」
 事後である。
 俺が最高潮まで昂ぶった欲望の熱を伊織の中にぶちまけてから数分後。お互いベッドの上で息を切らしながら射精の余韻にしばらく浸った後で、俺は呼吸が落ち着いてきた伊織から真っ先にそう聞かれてしまった。
「何で?」
「だって……今日のお兄ちゃん、いつもに増して僕に凄く優しかったし。僕への愛情をしっかり感じたっていうか……」
「そうか? 俺、わりといつもお前にはそれなりに愛情を注いだセックスをしてるつもりだけど?」
 問われた内容は、今したばかりのセックスがいつもと少し違っていたという点であった。
 自分でも今日のセックスがいつもと違っていた自覚はあるのだから、伊織もそれに気付かないはずがないと思った。
 でもまあ、そこで俺と美沙の間に何かあったのでは? と疑ってしまうあたり、伊織は俺が完全に伊織のことを自分の性の捌け口にしていると思っている証拠のような気がした。
 別に俺は伊織を性の捌け口にしているつもりはないんだけどな。伊織が大胆かつ強引に俺を誘ってこなければ、俺も伊織とセックスすることなんてなかったと思うし。
 だが確かに、俺が今までシている最中には一度も言ってやらなかった「気持ちいい」とか「可愛い」って言葉を口にしたら、伊織も
『今日のお兄ちゃんはどうしちゃったんだろう? 美沙ちゃんと何かあったのかな?』
 と思っちまうよな。
 美沙とのデートから帰って来た直後に伊織とセックスしている事だって、よくよく考えてみりゃおかしな話なんだから。
 でも俺、特に美沙と何があったってわけでもないんだよな。
 デートはいまいち盛り上がらなかったけれど、その原因は美沙も納得済みっていうか、仕方がないと思ってくれているようだし。デートの最後には美沙の家でセックスもしている。
 そのセックスは俺の中では不完全燃焼って感じでもあったが、ヤることはヤったし。ちゃんと最後までイっているわけだから、俺も全く満足しなかったわけでもない。
 だから、俺と美沙はいつも通りだったと言えるだろう。美沙は俺が今日の美沙とのセックスに物足りなさを感じただなんて思っていないはずだ。
 そもそも、美沙は感じやすくてイきやすい女だったりもするから、俺とセックスしている間は頭の中であれこれ考える余裕なんてなかったりするもんな。
 いつも俺から与えられる刺激に耐えることでいっぱいいっぱいだし、何ならシている最中の俺の顔を見る余裕すらないくらいだ。
 そんな美沙が、今日の美沙とのセックスに俺が「あれ?」と思っていることに気付くはずがなかった。
 彼女とのセックスに「あれ?」とか思っている俺がクソ野郎過ぎる話ではあるが。
「そうだけどぉ……。でも、今日のお兄ちゃんはいつもと明らかに違ってたよ? 凄く勝手な妄想だけど、僕、お兄ちゃんの本当の彼女になったみたいな気分になれたもん♡」
「ふーん……」
 少し前まで泣きながら喘ぎまくっていたし、イった直後は意識が飛んでいるんじゃないかと思うくらいに放心状態だった伊織は、射精の余韻が薄れていくと同時に、みるみるうちに元気になっていった。
 伊織は小柄なわりには結構体力があるんだよな。やっぱり小学校までは親父に空手の稽古をつけてもらっていたからだろうか。
 俺と違い、見た目があまり男らしくない伊織は親父から結構厳しく鍛えられていたからな。その時の成果がまだ残っているということだろう。そこが体力のない深雪との違いでもある。
「恋人同士……ねぇ……」
 セックスの後にするピロートークというやつは、お互いの愛を深め合うためにも欠かせない大事な行為とされている。
 俺と伊織は恋人同士というわけではないから、お互いの愛を深め合う必要もないのだが、「終わったからもういい」ってなるほどに自分勝手な奴でもない俺は、いつも伊織ともそのピロートークというやつをしてやっている。
 ただまあ、恋人同士というわけではないだけに、会話の内容はお互いの愛を深め合うようなものではなかったけれど。
「うん。だから、今日はお兄ちゃんと美沙ちゃんの間に何かがあって、お兄ちゃんはその鬱憤を晴らすために、僕を美沙ちゃんの代わりにでもしたのかな? って思っちゃったんだけど……」
 うーん……。伊織のこの自虐的な思考は俺のせい……だよな。俺が伊織の気持ちに散々「応えられない」と言ったから、伊織がそういう考え方をするようになってしまったんだろう。
 だが、さっきも言ったように、俺と美沙の間に特に何かがあったわけではない。俺の中に美沙とのことで鬱憤が溜まるような事は起こっていないのである。
 第一、俺に伊織を美沙の代わりにするつもりなんてものはない。美沙は美沙。伊織は伊織だ。
「別に何もねーよ。いつもと一緒だった」
「そうなの?」
「おう」
 一体どういう感情なのだろう。不安そうな顔で俺を見上げる伊織の頭をクシャクシャッと撫でてやると、俺はホッとした顔になる伊織に小さく笑ってみせた。
 ほんと、どうしてそこで不安そうな顔になるんだか。俺と美沙に何かがあれば、伊織的にはラッキーになるんじゃねーの?
 でも、俺と美沙の間に何かが起これば、俺が何かしらのダメージを受けてしまうのは必至。本当は俺と美沙に何かがあって、別れてもらった方がありがたいと思っているであろう伊織も、俺が傷ついたり落ち込んでしまうのは嫌――ってことなのかな?
 俺を散々誘惑してきておいて、そのへんに気を遣うあたりもおかしな話だけれど。
「ただまあ、美沙がいない間にお前とこういう事になっちまっただろ? だから、久し振りに美沙に会った時にちょっと気まずくなったし、あんま楽しい雰囲気にはなれなかった……かな。美沙としたセックスも今までとはちょっと違う感じがしたっていうか……。お前の方がいいかも? って思っちまって……」
 今の発言は美沙が聞いたらおそらく激怒するだろうな。俺もこんな事を言うつもりはなかった。
 でも、何故かこの時は自然とそんな素直な感情が口から漏れてしまい、言った自分が一番驚いているし、焦ってしまった。
「え? それって……」
 もちろん、伊織も俺の発言には驚いていた。
 そりゃそうだろ。ハッキリとではないが、俺は今、「美沙とスるより伊織とスる方がいい」と言ったようなものなんだから。
「なぁ、伊織。お前ってさ、やっぱ俺の彼女になりてーの?」
 自分の発言を誤魔化すように話題を変えてしまう俺だが、変えた話題はもっと俺や伊織にとっては重要な話だったりもする。
 伊織と肉体関係を持つようになってからというもの――いや、伊織に俺のことが好きだと言われた時からずっと、俺はもう一生分と言っていいくらいに悩みに悩み続けてきた。
 どうにかして伊織に俺のことを諦めさせようと考え続けてきたが、結果は俺が望まない方向にばかり進み、ついには伊織とセックスするまでの仲になってしまった。
 既に充分取り返しのつかない状況になってしまっているし、今更引き返せないところまできてしまっている。
 そして、伊織の身体を知ってしまった俺は、伊織のことを手離せないようになりつつある。
 だったらもう、いっそのこと決断してしまった方がいいと思う。俺と伊織の関係というやつを。
 最早俺と伊織は普通の兄弟ではないし、普通の兄弟には戻れない。伊織は何をどう言ったところで俺のことを諦めない。
「お前も知っての通り、俺には美沙っていう彼女がいる。今のところ、俺は美沙に何の不満もないし、美沙のことを好きだと思う気持ちもある。俺に美沙と別れるつもりはねーんだけど、それでもお前は俺の彼女になりてーの?」
 めちゃくちゃ意地悪な質問をしていると思う。普通の人間なら、今ヤったばかりの相手からこんな事を言われたら、ブチ切れるどころじゃ済まないくらいの暴言にもなると思う。
 だが、これは俺にとって重要なポイントであり、今後の俺と伊織の関係に決断を下すためには必ず確認をしておかなくてはいけない点であった。
 弟の伊織とこんな関係になっていても、俺は美沙と別れるつもりがない。美沙のことはやっぱり好きなままだった。
 もちろん、この先の俺と美沙がどうなるかはまだわからないが、一年以上も付き合っている彼女だ。そう簡単に気持ちが冷める相手ではない。
 だから、伊織にもその覚悟はしておいて欲しいと思った。
 今日、美沙とのデートに出掛けた俺の帰りを待つ間、伊織は誰もいない家のリビングで一人泣いていた。
 俺と伊織の関係がこの先続くとしても、こういう事はこれからも起こるということだ。伊織はそれに耐えられるのだろうか。
 俺の決断は伊織の返答次第だ。俺と伊織の今後は伊織の答えに懸かっている。
 果たして、伊織はどう答えるだろうか。俺に美沙と別れるつもりがなくても、伊織は俺の彼女になりたいと言うのだろうか。
「うん。なりたい。僕はお兄ちゃんの彼女になりたいよ」
 即答だった。何の迷いもなく、伊織はハッキリと俺の彼女になりたいと断言した。
 その瞬間、俺の心は決まった。
「んじゃ付き合うか。俺にとっちゃ二人目の彼女ってことにはなるけど、お前がそれでいいって言うなら」
 雪音に美沙と伊織の両方と付き合えばいいと言われた時は呆れたし、「お前らと一緒にするな」と腹立たしく思う気持ちもあった。
 伊織から「お兄ちゃんの愛人にして」と言われた時も、「無茶言うなよ」と頭が痛くなった。
 だが、そんな俺が出した結論は「美沙と伊織の二人と付き合う」というもので、こんな結論を出してしまう俺は、すっかり雪音達に感化されてしまっていると思ってしまう。
 でも
「ほ……ほんと⁉ お兄ちゃんっ! 本当に僕のこと、彼女にしてくれるの⁉」
 俺の言った「付き合うか」に目をキラキラと輝かせる伊織の顔を見ると、伊織がどれほどその言葉を待ち望んでいたのかがよくわかった。
「おう」
 まさに信じられない事態に直面しているようにも見える伊織の顔に向かって頷いてやると
「……………………」
 伊織はしばらくの間言葉を失い、まるで夢の中にでもいるような顔になっていた。
 だが
「やったぁぁぁ~っ‼ 夢じゃないよねっ⁉ 僕、お兄ちゃんの彼女を名乗ってもいいんだよねっ⁉」
 自分が俺の彼女になれた現実を理解するなり、俺にガバッと抱き付いてきた。
「こらこら。誰に名乗るつもりだよ。言っとくけど、雪音達以外の人間の前で俺と付き合ってるとか言うなよ? 付き合ってる相手がいることは言ってもいいけど、相手が俺だってことは、あの三人の前以外では言っちゃダメだからな?」
「わかってるもん♡ 絶対に言わないから安心して♡」
「本当だろうなぁ……」
 物凄い勢いで俺に抱き付いてきた伊織を抱き留めた俺は、伊織の言う「絶対」に不安がないわけではなかった。
 でもまあ、いつまでも伊織と身体だけの関係を続けるっていうのも無責任って感じがしたし、俺の中に伊織を愛しく思う気持ちがあるのであれば、今後は伊織を自分の彼女として扱うべきなんじゃないかと思ったからな。
 こういう決断をしてしまった以上、俺も万が一の覚悟というものはするしかない。
 伊織の性格は嫌というほどわかっている俺だ。本人に悪気はなくても、言ってはいけないことを無意識のうちに言ってしまうのが伊織でもある。
 伊織がうっかり口を滑らせてしまった時の対処法というやつも、伊織と付き合う以上は考えておかなくちゃいけないよな。
「あ~♡ ほんと夢みたい♡ お兄ちゃんの彼女にしてもらえるなら、僕はもう何番目の彼女でもいいくらいだよ~♡」
「やめろ。俺はそう何人も彼女を作るつもりなんてないし。二人目の彼女なんて今回が初めてなんだからな」
「そんな事はわかってるも~ん♡ でも、今は二人目の彼女に甘んじるけど、最終的にはお兄ちゃんを独り占めするつもりでいるから♡ お兄ちゃんも覚悟しててよね♡」
「へいへい。そうなれるように頑張れよ」
「頑張るぅ~♡」
 ったく……。こんないい加減な決断をしてしまう俺と付き合えることがそんなに嬉しいものなんだろうか。伊織の浮かれっぷりを見ていると、何だか複雑な気分になってしまったりもする。
 それでも、俺の彼女というポジションを得たことで、伊織の心が少しでも救われるのであれば、俺のこの決断は間違いではないと思いたい。
「あと、親にだけは絶対怪しまれないように気をつけろよ」
 俺に抱き付いたまま甘えてくる伊織のおでこにキスを落としてやりながら、絶対に守って欲しい約束を改めて口にすると
「はぁ~い♡」
 伊織からはめっちゃくちゃいい返事が返ってきた。
 まあ、他の人間はともかく、伊織も俺との関係を親には知られちゃダメだと思っているだろうから、このいい返事は信用しても大丈夫だろう。
 何はともあれ。そんなこんなで、雲行き怪しい感じで始まった高校二年生の夏。俺は弟とその幼馴染みに振り回されまくった挙げ句、実の弟を彼女にするという、とんでもない決断をしたのであった。


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