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After Story
Wedding Night(2)
しおりを挟む父さんの実家は名古屋にある。
父さんは大学進学を機に東京に出て来て、大学卒業後は東京の企業に就職。そのまま東京暮らしを続けている。
一方、父さんのお兄さんの七緒洋さんは地元名古屋の大学に進み、今も名古屋在住である。
俺も子供の頃――というか、母さんがまだ生きていた頃は、毎年お盆と正月に父さんの実家に遊びに行っていたんだけれど、母さんが死んでからは父さんの実家にも顔を出し辛くなっちゃって……。
多分、子供ながらに周りの大人に気を遣われることが嫌だったんだと思う。
だから、おじいちゃんやおばあちゃん、父さんのお兄さん一家と顔を合わせるのは実に五年振りだった。
さっき、いきなり春ちゃんに抱き付かれてもすぐに誰だかわからなかったのは、俺が春ちゃんに会うのも五年振りだったからだ。
五年前と言えば、今は十九歳の春ちゃんもまだ十四歳。面影はあっても顔は今よりずっと子供っぽかったかし、背もかなり低かった。俺が「誰⁉」と思っても仕方がないよね。
でも、おじいちゃんとおばあちゃん、伯父さん伯母さんはあんまり変わっていないから、俺もすぐにうちの親戚が来たんだってわかったんだ。
それにしても、俺の方は五年前の春ちゃんと今の春ちゃんをすぐには一致させられなかったのに、どうして春ちゃんはすぐに俺だとわかったんだろう。
きっとその理由は
「うわー。本物の深雪だ~。やっぱ写真で見るのとは違うな。深雪って感じがする」
父さんが俺の写真を撮って、俺の成長具合を両親や兄夫婦に見せていたからだと思う。
俺は顔を出し辛くていつもお留守番をするようになっていたけれど、父さんは時々実家に顔を出していたもんね。
東京と名古屋ってそんなに遠いわけじゃないし。新幹線だと片道一時間半くらいだもん。仕事が休みの日にちょろっと帰省して、その日のうちに帰って来るという形で、父さんは実家に顔を出していた。
本当は泊まってきた方が楽だと思うのに、そこは俺に気を遣っていたのか、父さんはいつも日帰りだった。
で、父さんと一緒に顔を出さない俺の姿を毎回スマホで撮り、おじいちゃんやおばあちゃんに見せていたようだから、春ちゃんにも今の俺の姿を知られていたってことなんだろうな。
「何それ。〈深雪って感じ〉ってどんなの?」
「言葉では言い表せない実体感。実物としての存在感ってやつだよ」
「何だかよくわからないね」
俺より三つ年上の春ちゃんは、昔から俺のことを物凄く可愛がってくれていた。
春ちゃんには綾姫ちゃんっていう二歳年下の妹がいるんだけれど、春ちゃんは妹の他にも弟が欲しかったみたいで、俺が父さんの実家に顔を出した時はすぐに春ちゃんが飛んできて、俺をあちこち連れ回していた。俺のことを本当の弟みたいに可愛がってくれていたんだよね。
だから、俺も春ちゃんがどうしているのかはずっと気になっていた。父さんから春ちゃんの話を聞くことはあっても、実際に春ちゃんと顔を合わせていなかった俺は、直接春ちゃんの顔を見て、春ちゃんが元気にしているのかを確かめたい気持ちがあった。
そもそも、母さんが死んですっかり気持ちが塞ぎ込んでいた時ならまだしも、頼斗のおかげで元気になった俺は、父さんの実家に顔を出し、「もう大丈夫です」くらい言っておくべきだったんじゃないかと今なら思う。
でも、一度「行かない」って言っちゃうと、そう言ってしまったことが後々罪悪感へと繋がって、益々顔を出し辛くなったところもあった。
そんなわけだからして、結局今日の父さんと宏美さんの結婚式を迎えるまで、俺は自分の親族というものに全然会っていなかった。
「にしても、ほんと久し振りだよな。俺、ずっと深雪に会いたかったんだぞ?」
「ごめんね。全然そっちに顔を出さなくて」
「まあ、深雪も顔を出し辛かったんだろうから仕方がねーけどさ」
「う……うん……」
父さんが俺のいないところで親戚にどんな説明をしていたのかはわからない。でも、母さん大好きっ子だった俺が、母さんの死に打ちひしがれている様子なんかは話しているんだろうな。
まだまだ母親に甘えたい年頃だった俺が、母さんの死にショックを受け、円満な家庭に見える父さんの実家に顔を出したがらない気持ちは、みんなわかってくれていると思う。
「でも、今日こうしてまた会ったんだから、今度の年末年始は遊びに来いよ」
「うん。あ……でも、今度は無理かも」
「え? 何で?」
「だって、俺の弟になった雪音が今年は受験生なんだよね。受験生にとって年末年始って追い込みの時期じゃない?」
「あ、そっか。そういや深雪、弟ができたんだったよな」
「うん」
父さんが宏美さんと再婚するにあたり、父さんは宏美さんを連れて一度実家に顔を出している。
でも、雪音は丁度全国模試が近かったから家で勉強をしていたし、俺も雪音のお昼ご飯を作ってあげなきゃいけなかったりで家にいた。
春ちゃんも父さんの再婚相手に子供がいる話は聞いているだろうけど、雪音に会うのは今日が初めてになる。
「ひょっとして、そこにいるのがそうなのか?」
「へ?」
俺は春ちゃんに声を掛けられるまではずっと頼斗と一緒にいた。
だけど、五年振りに会う春ちゃんの姿に驚いたことと、久し振りに会った春ちゃんの姿を懐かしく思うあまり、それまで一緒にいた頼斗のことをついつい忘れてしまっていた。
春ちゃんも俺が一人じゃなかったところは見ているから、俺と歳が近そうな頼斗のことを、俺の弟になった雪音だと思ってしまったらしい。
「ううん。これは頼斗。俺の幼馴染みだよ」
春ちゃんの視線が頼斗を捉えたことで頼斗の存在を思い出した俺は、頼斗を春ちゃんに紹介してあげた。
もちろん、頼斗が春ちゃんに会うのも今日が初めてになる。
いや。正確に言うと、実は母さんのお葬式で一度会っていることは会っているんだけど、あの時は親戚の紹介なんかしていないし、頼斗もおじさん達と一緒にお焼香をあげに来てくれただけだから、春ちゃんの顔なんて見ていないんじゃないかな。
仮に見ていたとしても、それが俺とどういう関係の人間なのかはわからなかったと思う。
だから、今日が春ちゃんと頼斗の初顔合わせだと言ってもいい。春ちゃんも頼斗のことは憶えていないみたいだし。
「頼斗? 何かどっかで聞いたことがある名前だな……。ああ、そうだ。稔さんからその名前を聞いたことがあるよ。深雪が落ち込んで引き籠りになっていた時期、深雪に付きっきりだったって奴だろ?」
「う……うん。そう……」
父さん……。どうしてそんな話まで親戚の前で言っちゃうんだよ。
そりゃまあ、父さんが俺を一人残して実家に顔を出していれば、その間の俺は「どうしているの?」って話になるのはわかる。そこで父さんが頼斗の名前を出すのは当然の流れだし、頼斗が俺にとってどういう存在なのかを説明していてもおかしくはないよね。
でも、だからって俺が頼斗に付きっきりで励まされていた話をされるのは恥ずかしいよね。
「そっかそっか。お前が頼斗か。俺は深雪の従兄弟の七緒春樹っていうんだ。いやぁ~、その節は深雪が大変お世話になったな。従兄弟として礼を言わせてもらうよ」
俺と違って全く人見知りをしない春ちゃんは、初めて言葉を交わす頼斗にも気さくだった。
俺としても、自分の親戚が頼斗に好感を持ってくれることは嬉しい。
春ちゃんには頼斗のことをただの幼馴染みだとしか紹介していないけれど、本当の俺と頼斗の関係は幼馴染み兼恋人同士だもんね。
別に頼斗が俺の親戚と仲良くなる必要はなくても、自分の恋人を親戚が気に入ってくれるのは嬉しくなっちゃうものだよね。
ただ、春ちゃんには俺が頼斗に散々お世話になっている話も知られてしまっているみたいだから、これがその頼斗なんだと認識されてしまうのはちょっと恥ずかしい。
頼斗にもそういう気持ちがあるのか
「ど……どうも初めまして。戸塚頼斗です」
春ちゃんに自己紹介をする頼斗の顔は照れ臭そうだった。
「へー。この子が頼斗君なんだ。稔さんに時々話を聞くから、どんな子なんだろうって気になってたんだよね。深雪の幼馴染みだっていうから、もっとおとなしそうな子かと思ったけどさ。なかなか格好いい子じゃない」
「あ……綾姫ちゃん⁉」
俺と春ちゃんが久し振りの再会で盛り上がっている間、おじいちゃんとおばあちゃん、それに伯父さん夫婦は戸塚夫妻と挨拶を交わしていたようだ。
頼斗の両親が今日の新郎側の受付をすると知り、みんなは頼斗の両親との交流を続けているみたいだけれど、大人同士の会話がつまらないと思った綾姫ちゃんは俺達の会話に混ざることにしたみたい。
春ちゃんが頼斗の存在を知っているということは、綾姫ちゃんも頼斗の存在を知っているのは当然で、初めて会う頼斗の姿を興味深そうにジロジロと見回した。
「~……」
あまり女の子からジロジロと観察するような目で見られる経験が無い頼斗は、綾姫ちゃんの視線に戸惑ってしまうようだけど、実は頼斗が気付いていないだけで、頼斗は結構女の子からジロジロ見られる対象だったりもする。
「え……えっと、こちらは春ちゃんの妹の七緒綾姫ちゃん。俺の一つ年上だから、俺にとってはお姉さんみたいなものなんだけどね」
頼斗が困っているみたいだから助け船を出してあげると、頼斗はホッとした顔になり
「初めまして。深雪の幼馴染みの戸塚頼斗です」
綾姫ちゃんにも自己紹介をすることで、自分の中にあった気まずい空気を払拭することに成功したみたいだった。
もし、ここに頼斗のお姉ちゃんの光さんがいたら、光さんと綾姫ちゃんは同じ女の子同士で仲良くなっていたかもしれないのに。今頃光さんは朝御飯を食べることと、自分の顔に完璧なメイクを施すことで忙しいんだろうな。
「こちらこそ初めまして。いつも深雪がお世話になっているみたいでありがたいわ。深雪はちょっとのんびりしたところがあるから、君みたいにしっかりしていそうな子が一緒にいてくれると安心」
「そ……そうですか? それは何て言うか、光栄です」
どうやらうちの従兄弟達に頼斗は好評みたいで良かった。
それというのも、父さんが春ちゃんや綾姫ちゃんの前で頼斗の話をしてくれていたからだと思う。
「っていうか、実は初めましてじゃないのかも。深雪の幼馴染みってことは、蛍子さんのお葬式にも来ていたんじゃないかな? 確か、あの時も深雪と同じ歳くらいの子がお父さんと一緒にお焼香してたと思うんだけど。あれってもしかして君だった?」
「あ。多分そうです。すみません。俺、お二人のことを憶えてなくて」
「いいのいいの。こっちは親族として出席しているから、お葬式に来てくれた人のことは何となく憶えているものだけど、友人として来てくれた方は誰が誰なのかわからないだろうし。ましてやまだ小さかった頃なら憶えていなくても当然だもん」
「あー……言われてみれば、大人に混ざって小さい子が来てたな。俺も今言われて思い出したわ」
散々初対面の挨拶をした後で、実は初対面ではなかったことが判明してしまったけれど、お互いに自己紹介をするのは今日が初めてだから良しとしよう。
五年前と今の頼斗じゃ随分と成長してしまっているから、もう初対面でもいいと思うし。
俺の親戚と戸塚家――光さんは除く――の挨拶が済んだ頃、今度は笠原一家が式場に到着し、今度はそっちの家族との挨拶が始まって忙しない感じだった。
「ちょっと深雪。あんたの友達ってイケメン揃いじゃない。どうなってるの?」
今回もやはり初見では女の子に間違えられてしまった伊織君は別として、スーツ姿の頼斗や伊澄さんの姿を見れば、綾姫ちゃんがそう言ってきてもおかしくないと思う。
っていうか、伊織君はスーツを着ているのにどうして女の子に間違えられちゃうんだろう。
身長と体格のせい? スーツのデザインが可愛らしいから? ネクタイじゃなくてリボンをつけているところも、女の子だと思われてしまった原因なのかも。結婚式にパンツスーツで出席する女性もいるもんね。
「ねえねえ、深雪。雪ちゃんは?」
そんなスーツ姿でも可愛らしい伊織君に尋ねられた俺が
「え? えっとぉ……」
雪音の所在を答えられず困っていると――。
「あーっ! やっと見つけたっ! もー、控え室にいないから探しちゃったじゃん」
リハーサルから解放されたらしい雪音が、俺の姿を見つけて駆け寄ってくる姿が見えた。
頼斗と伊澄さんに続き、雪音の姿を目にした綾姫ちゃんは、次々と現れるイケメンの姿に、すっかり言葉を失ってしまっている様子だった。
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