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After Story
Wedding Night(5)
しおりを挟む今日の結婚式は正午から始まり、披露宴が終わったのは午後三時過ぎだった。
だけど、せっかく名古屋からわざわざ親戚が来てくれているわけだから、そのまま解散ってことにはならなかった。
一度休憩を挟んでから、夜は親戚や極々親しい友人と一緒に夕飯を食べることになっている。
まあ、二次会みたいなものなのかな?
時間が三時間くらい空いているから、一度家に帰ってラフな服に着替えた俺達は、午後六時には予約しているレストランに集まり、今度は披露宴よりも更に気楽な感じのパーティーをした。
予約した店は結婚式の二次会なんかによく使われるような店で、食事はビュッフェ形式だった。
結婚式の受付をしてくれた戸塚家と笠原家も招待しているから、俺としては馴染みの顔があってホッとする。
父さんと宏美さんの結婚を祝うため、今日は頼斗のお父さんも自分の店を臨時休業にしてくれて、一日中父さんと宏美さんのお祝いに付き合ってくれている。
「いい結婚式だったよね♡ 僕もいつか結婚式を挙げたいなぁ~♡」
二次会の席でそう言い出したのは伊織君だけど、恋愛対象が男の人に限定されていて、尚且つ今現在、実の兄である伊澄さんと付き合っている伊織君だから、そのお相手は伊澄さんに限定されていると思われる。
誰かの結婚式に出席して、「自分も結婚式を挙げたいっ!」という願望を抱く人は少なくないんだろうけど、伊織君の場合はちょっと難しいんじゃないかな。
今の時代、同性同士でも結婚式を挙げること自体は可能だけど、それが〈兄弟で〉ってなるとね。親も首を縦には振らないだろう。
そういう俺も、今は雪音と頼斗の二人と付き合っているわけで、同時に二人の人間と結婚式を挙げるだなんて不可能だと思っている。
いくら同性同士の結婚式に協力的な式場でも、「三人で結婚式を挙げたいです」なんて言ったら、「いや、無理。どういう事?」ってなりそうだもんね。
「あら。伊織君はその歳でもう結婚願望があるの? 可愛いわね」
今日の結婚式を通して、うちの親族と戸塚家、笠原家はすっかり仲良くなった感じだった。
自分と同じ年頃の人間がその両家にしかいなかったから、春ちゃんや綾姫ちゃんも話がしやすかったんだろう。
伊澄さんとの結婚式を夢見る伊織君に、綾姫ちゃんが優しい笑顔で返していた。
綾姫ちゃんは伊織君が誰との結婚を望んでいるのかを知らないからそう言えるのであって、伊澄さんは複雑そうな顔をしている。
「え~? 綾姫ちゃんは結婚願望ってないの? ウェディングドレスって着てみたいくない?」
「そ……それはまあ……私もいつかはって思ってるけど……」
今の伊織君の発言は、自分も一度はウェディングドレスを着てみたい、という願望を持っているように聞こえるのに、伊織君にそんな願望があるとは思っていない綾姫ちゃんは、自分のことだけを言われていると思ったらしく、チラッと雪音の姿を横目で見ながら答えていた。
いやいや。何で今雪音のこと見たの? もしかして綾姫ちゃん、本気で雪音のことを狙うつもり? それはちょっとやめて欲しいんだけど。
しかし、当の本人である雪音は綾姫ちゃんからの視線には気付かなかったみたいで
「確かに、伊織にはタキシードよりウェディングドレスの方が似合いそうだよね」
と、俺だけにしか聞こえない声でそっと耳打ちしてきた。
更に
「もちろん、僕は深雪のウェディングドレス姿も見たいと思っているけど」
って付け加えられた。
雪音がそんな事を言うから、ついつい自分のウェディングドレス姿というものを想像してしまった。が、とても自分に似合うとは思えなかった。
「何言ってるの。ウェディングドレスなんか着ないもん」
生憎俺は伊織君と違って結婚願望はまだ無いし、ウェディングドレスを着たいという願望もないから、そう返しておいた。
「えー。それは残念」
俺からの素っ気無い返事に雪音は残念そうな顔だった。
何? 本気で見たいの? 俺のウェディングドレス姿。着せたいの? 俺にウェディングドレスを。
それってつまり、雪音も伊織君のように俺と結婚式を挙げたい願望があるってこと?
(いやいや……無理だよ?)
どうしてまだ中学生の雪音や伊織君がそんな願望を抱いてしまうのか……。二人とも夢見がちなお年頃ってやつなの?
俺がこの先ずっと雪音や頼斗と付き合っていくにしても、俺には男同士で結婚式を挙げる度胸なんて湧いてこないと思う。それくらいは雪音にもわかっていそうなものなのに。
そりゃまあ、雪音や頼斗と一生一緒に生きて行くつもりがあるなら、人知れずこっそり何かしらの儀式くらいはしてもいいけど……。
でも、それって二人からのプロポーズを受けて、三人で永遠の愛を誓う指輪の交換をするくらいの些細なものでいいと思っている。
そんな些細な儀式だったとしても、俺にとっては神聖で、とても幸せに思えるものなんじゃないかと思う。
ただ、その儀式にしたって、どっちが先に指輪の交換をするかで相当揉めそうな気もする。
(って! 何で俺はそういう事をするつもりでいるのっ⁉ 無理無理無理っ! 一生一緒にいるって約束するだけで良くない⁉)
雪音が変なことを言うから、俺も危うくその気になりそうになっちゃったじゃん。ほんと、俺ってすぐ流されそうになっちゃうんだから。
「確かに、深雪のウェディングドレス姿は見てみたいよなぁ」
「ひっ……⁉」
一瞬だけだったとはいえ、今日の父さんと宏美さんの姿に自分と雪音や頼斗の姿を重ねてしまっていた俺は、俺の背後からにゅっと現れた頼斗にびっくりして飛び上がった。
今の俺と雪音の会話を聞いていたらしい。
「頼斗まで何言ってるの⁉ 着ないからっ!」
頼斗はさっきまで春ちゃんに捕まっていたと思うんだけど、もう解放してもらったらしい。
多分、俺に会えなかった五年間、俺がどうしていたのかを春ちゃんに聞かれていたんじゃないかと思う。
この世界で俺のことを一番良く知っているのは頼斗だと思うから、俺のことを知りたいのであれば、頼斗に聞くのが一番って感じだもんね。
あと、春ちゃんは光さんのことが気になるみたいだから、光さんについても頼斗に聞きたかったのかも。その証拠に、頼斗を解放した後の春ちゃんは光さんとのお喋りを楽しんでいる。
きっと頼斗が光さんを春ちゃんに押し付けたんだと思う。
頼斗が言うには、光さんってあんまり酒癖が良くないらしい。光さんがお酒を飲む席に同席したら、最終的には必ず面倒臭い絡まれ方をされるらしいから、光さんが本格的に酔ってしまう前に、自分じゃない誰かに光さんを押し付けたんじゃないかな。
で、光さんを春ちゃんに押し付けた頼斗は、春ちゃんに気を遣う振りをして俺のところに逃げてきたんだと思われる。
「そっか、深雪はウェディングドレスを着るのは嫌か。そりゃ残念」
「あのさ。二人とも本当に見たいの? 俺のウェディングドレス姿」
「うん」
「見たい」
「~……」
うぅ……そこは即答なんだ。そういうものなの?
でも俺、伊織君みたいに性別不詳って感じでもないから、ウェディングドレスなんか着ても似合わないと思うんだけどなぁ……。
でもまあ、男にとって好きな子のウェディングドレス姿は見てみたいものなのかも。二人が頭の中で勝手に俺のウェディングドレス姿を想像するだけなら害はないから、知らん顔をしておいてあげようかな。
正直、俺だって二人のタキシード姿を見たくないわけじゃないし。二人が今日の父さんみたいなタキシードを着たら、さぞかし格好いいんだろうなって思う。
だって、普段見ることのないスーツ姿でも「格好いいっ!」ってなるんだよ? 二人のタキシード姿なんか見たら、俺は興奮のあまり気を失っちゃうかもしれない。
――なんて事を言ったら、二人ともすぐその気になっちゃうから絶対に言わないけどね。
「ねぇねぇ、雪ちゃん♡ 綾姫ちゃんが雪ちゃんとお喋りしたいって言ってるよ?」
「え? あ、うん。わかった」
このまま「将来結婚式を挙げよう」って話になったらどうしようと思っていた俺は、綾姫ちゃんに頼まれたのか、雪音を呼びにきた伊織君にホッとした。
元はと言えば、伊織君が変なことを言い出すから、こんな会話になっちゃっているんだけどね。
「何? 雪音はお前の親戚に目を付けられてんの?」
伊織君に呼ばれ、綾姫ちゃんの元へ向かう雪音の後ろ姿を見送りながら、頼斗は感心しているような呆れているような顔だった。
おそらく、相変わらず異性の気を引く雪音に感心する気持ちと、雪音の本性を知らない綾姫ちゃんに呆れる気持ちがあるんだろう。
本来、雪音は異性というものにあまり興味を抱かない人間だったりもするんだけれど、相手が親戚になると無下にはできないようで、ちゃんと綾姫ちゃんの相手をしてくれる雪音には安心した。
綾姫ちゃんは雪音のことで何か聞きたいことがあったみたいだし、俺に聞くよりは雪音に直接聞いた方がいいと思ったんだろうな。
俺は何となく、綾姫ちゃんが知りたがっていることがわかるような気がする。
「そうみたい。綾姫ちゃんってあんまり男の人にキャーキャー言わないから、異性に対してはクールなのかと思ってたんだけどね。どうやら雪音のことが物凄くタイプみたい」
「それは何ていうか、ご愁傷様って感じだな」
「どっちが?」
「両方」
「ああ、そう……」
綾姫ちゃんには申し訳ないけれど、多分雪音が綾姫ちゃんに靡くことはないと思う。
そういう意味では確かに「ご愁傷様」って感じだし、恋人がいるのに他の人間から好意を持たれてしまう雪音も、ある意味「ご愁傷様」ってことになっちゃうのかも。
綾姫ちゃんの気持ちに応えることはできなくても、今後の親戚付き合いでは雪音も綾姫ちゃんを避けることができない。雪音としては扱いが難しくなっちゃう存在になるもんね。
「うん。確かにそうだね」
頼斗の言う「ご愁傷様」に同意する俺は、よりにもよって綾姫ちゃんが雪音に興味を持ってしまったことを煩わしいと思った。
「それはそうと、光さんはどうなの? 今日の結婚式でいい男との出逢いに期待していたみたいだけど、光さんのお眼鏡にかなう人はいたの?」
春ちゃんにしても綾姫ちゃんにしても、父さんと宏美さんの結婚式を何だと思っているの? って感じなんだけど、それは光さんにも言えること。
むしろ、光さんは最初からそこに期待していることを頼斗に公言してしまっている。
「とりあえず、伊澄さんには彼女がいるって言われて撃沈してたな。雪音はやっぱ中学生ってところが引っ掛かるらしい。だからまあ、今話してる春樹さんなんかが丁度いいんじゃね? 同じ大学生同士だから話も合うだろうし。ああやって愛想良く可愛い子ぶってるってことは、少なからず春樹さんに好感を持ってるってことだしな」
「でも俺、春ちゃんと光さんが付き合うようなことになったら複雑なんだけど」
「俺だって嫌だわ。お前の従兄弟と自分の姉貴が恋人同士とか。第一、俺はあいつをお前の親戚にお勧めしたくもねーよ」
俺が知らないところで光さんが伊澄さんに接近しようとしていたことにも驚きだけど、春ちゃんと光さんの仲が深まっていくのもちょっと複雑。
でも、春ちゃんは名古屋に住んでいるから、もし光さんと付き合うことになったら遠距離恋愛になるよね?
春ちゃんはさておき、光さんに遠距離恋愛は絶対に無理そうだから、ここで二人がどんなに仲良くなったところで、付き合うって展開にはならないだろう。
「しかしまあ、こういう場だと男と女は自然と出逢いを求めちまうものなのかな。俺には全く理解できねー心理だけど」
雪音は綾姫ちゃんに捕まっているし、光さんは春ちゃんと歓談中。伊澄さんと伊織君も俺の知らない女の人と楽しそうに喋っていて――多分、宏美さんの友達なんだと思う――、いつも一緒にいる相手といるのは俺と頼斗くらいのものだった。
こういう賑やかなイベントがちょっと苦手な俺は、いつも一緒にいる相手が傍にいてくれないとソワソワしちゃうんだけど、頼斗は俺のそういう性格を知っているからこそ、俺と一緒にいてくれるんだと思う。
まあ、頼斗も俺と同じであまり社交的なタイプじゃないっていうのもあるんだろうけど。
でも
「俺は深雪がいればそれでいい」
頼斗が俺と一緒にいてくれる理由に、「深雪だけだよ」って想いが込められているところは、素直に嬉しかった。
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