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After Story
大事な一日の過ごし方(6)
しおりを挟むずっと気掛かりだった雪音の受験が終わり、その雪音も無事に帰って来ると、我が家の空気も少しだけ変わったような気がした。
全然そんな感じはしなかったんだけど、何だかんだとみんな気を張っていたのかも。
そりゃそうだよね。父さんや宏美さんにとっては大事な息子の受験だもん。表面上ではあまり心配している様子を見せていなくても、内心あれこれと気に病み、心配だってしていたはずだよね。
でも、今日で雪音の受験も終わり、その雪音が頗るリラックスしている姿を見れば、もう雪音の受験は終わったんだと安心ができて、心の底からホッとしているに違いない。
その証拠に
「いや~、これでやっと肩の荷が下りたっていうか、心配事が一つ減ったって感じだな」
「本当ね。あまり気にしないようにって思ってたけど、やっぱり心配だったものね。息子の受験ってなると」
「そうそう。いくら雪音が優秀だとわかっていても、何が起こるかわからないのが受験だからな」
「だけど、こうしてスッキリした顔の雪音を見たら、何だかこっちも安心しちゃったわよね」
夕飯の席での父さんと宏美さんの顔は、いつもに増して晴れやかだった。
対する雪音も
「え~? 二人とも心配してたの? 全然そんな風には見えなかったけど」
今になって「心配していた」という二人に笑顔だった。
今思うと、父さんも宏美さんもあまり雪音の前で受験の話をしなかったように思う。
二人とも雪音が優秀なことは知っているし、雪音は何も言わなくても勝手に勉強していたから、雪音のことを信用しきっているんだと思っていた。
だけど、下手に受験の話を口にして、雪音に受験生だというプレッシャーを与えないようにしていたのかもね。
子供にとって親から与えられるプレッシャーって苦痛でしかなかったりするし。場合によっては反抗精神を呼び覚ませちゃったりするよね。
でも、こうして雪音の受験が終わった後ならば、「実は心配だったんだぞ」くらいは言いたくなっちゃうのかも。
「子供の受験を心配しない親なんていないわよ」
「まあ、正直深雪の時に比べると、まだ心配の度合いは低めだったけどな。何せ深雪ときたら受験当日の朝は、起きた瞬間から顔が真っ青でな。こりゃダメかも……って思ったものだよ。まあ、頼斗のおかげで試験はどうにかなったみたいだけど、合格発表を聞くまでは気が気じゃなかったよ」
「へー、そうなんだ。頼斗のおかげでねぇ……」
「ちょっと父さんっ! 俺の話はいいじゃんかっ!」
雪音の受験が終わってホッとしたのはわかるけど、今ここで俺の高校受験の話なんかしなくてもいいじゃん。
そりゃね、高校入試当日の朝を迎えた時の俺は、目が覚めた瞬間から今にも死にそうな顔をしていたことは認める。
そんな俺の顔を見た父さんも
『そんな顔をしなくても大丈夫だって。深雪もこれまで勉強頑張ってきたじゃないか。後は落ち着いて試験を受けるだけだぞ』
と言いながらも、内心〈こりゃダメかも……〉と思っているのがよくわかるくらい、焦った顔をしていた。
結局、父さんに何を言われても自信が持てず仕舞いだった俺は、俺を家まで迎えに来てくれた頼斗の顔を見た瞬間、ちょっとだけ落ち着いた気分になれたのだった。
そして、入試が始まる直前、頼斗にギュッてしてもらったことで、完全にいつもの調子を取り戻せたって感じだったよね。
どうして父さんの励ましの言葉ではなく、頼斗の存在そのものが俺の精神安定剤になったのかというと、それは俺が頼斗とずっと一緒に受験勉強を頑張っていたからで、何も父さんの言葉が全く役に立たなかったというわけでもない。
父さんが俺を励ましてくれなかったら、俺は頼斗が迎えに来てくれる前に、緊張のあまり倒れていたかもしれないもん。
だから、俺は父さんと頼斗のどちらにも感謝している。
「そのへんの話は後で深雪にじっくり聞いてみようかな。今後の役に立つ情報があるかもしれないし」
「はぁ⁉ 今後の役に立つ情報って何⁉ そんなものないからっ!」
もーっ! 父さんが余計なこと言うから、雪音がへんなところに興味を持っちゃったじゃんっ!
おそらく――いや、絶対に雪音は俺から聞いた話を今後の参考にするつもりなんてなくて、ただ単に俺がどうやって頼斗に助けてもらったのかって話を聞きたいだけなんだ。
でもって、俺が大事な入試直前に頼斗からハグしてもらったんだと知るなり、意地の悪いニヤニヤ顔になって、その時のもっと詳しい情報を俺から収集しようとするに決まっているんだから。
それは雪音なりのちょっと変わったヤキモチの焼き方で、聞いたら絶対にヤキモチを焼くってわかっているのに、あえて俺から根掘り葉掘り聞き出した情報を元に、俺に意地悪な質問を浴びせて楽しむという……。
言ってしまえば、ヤキモチに対する憂さ晴らしであり、俺に意地悪をすることで、ヤキモチを解消しているのである。
だったら最初から俺と頼斗の過去なんて知りたがらなきゃいいだけの話なのに、雪音が言うには、俺のことはどんなことでも知っておきたいそうだから、聞かないわけにもいかないらしい。
俺としても
『深雪のことはどんな些細なことでも全部知りたい』
と言う雪音の気持ちに応えてあげたいのは山々なんだけど、俺と雪音の間には出逢う前の空白の時間というものがどうしても存在してしまうし、その全てを雪音に話してあげることは不可能だ。
雪音と出逢う前の昔話なら、俺も何度か話してあげているけれど、全部となるとまだまだ程遠いって感じだし、俺ですら忘れている過去だってある。
雪音がヤキモチを焼いてしまいそうな頼斗とのエピソードは、俺も意図的に隠そうとしちゃうしね。
「いやいや。僕の知らない深雪の情報は全部貴重だよ。何せ、僕と深雪は出逢ってからまだ一年程度の付き合いしかないわけだからね。これからも末永く付き合って行く家族としては、どんな情報でも知っておきたいものじゃない」
「くっ……」
何が家族だよ。雪音が末永く付き合って行きたい俺は家族としての俺じゃなく、恋人としての俺の癖に。雪音ったら本当に都合のいい時だけ俺を家族扱いしてくるよね。
まあ、父さん達の前で俺との関係を仄めかされたくはないから、この場合の家族扱いは仕方がないんだけれど。
でも
「ほんと、二人とも親の想像を遥かに上回る仲良し兄弟になったものだよな」
「ええ。特に雪音が深雪君のことが大好きみたい。深雪君にすっかり懐いちゃってるわよね」
「そうか? 俺の目には深雪が雪音に懐いているように見えるんだが」
不必要に俺のことを知りたがる雪音の発言は、さすがにちょっと不思議に思われたようでもある。
と言っても、まさか自分達の息子が恋人同士になっているとは思っていない父さんと宏美さんの中では、〈仲良し兄弟〉ってことで片付けてもらえたみたいだけれど。
「あら。そんな事ないわよ。深雪君の容姿が可愛らしいから、あなたには深雪君が雪音に甘えているように見えるのかもしれないけれど、実際は雪音の方が深雪君にべったりなんだから」
「そうかなぁ?」
「そうなのよ」
ただまあ、仲良し兄弟という視点から見られたところで、俺と雪音の仲を父さんと宏美さんの口から語られるのは恥ずかしいものがある。
俺と雪音って、父さん達からはそんな風に見られているんだ。聞いた後でこう思うのも何だけど、できれば聞きたくなかったような気もする。
「ま、何はともあれ、二人が仲のいい兄弟になってくれて良かったよ」
「本当にね。初対面では雪音が深雪君に失礼なことをしたみたいだから、どうなるかと心配してたんだけど。二人ともすっかり仲良くなってくれて嬉しいわ」
「う……うん。そうだね」
そう言えば、俺が父さんの再婚相手の家族として雪音や宏美さんと出逢う前に、俺と雪音が偶然街中で出逢っている話は父さん達も知っているんだったよね。
もっとも、俺と雪音の出逢いをありのまま話すわけにはいかなかったから、嘘の出逢い話をでっち上げることにはなってしまったけれど。
でもほんと、当時の雪音に抱いていた俺の感情を思い返すと
(よくもまあ雪音と恋人同士になったものだよね……)
って思うよね。
もちろん、それまでの間に俺の中でも色々と葛藤があったにせよ。
「きっと頼斗君のおかげもあったんじゃないかと思うのよね。頼斗君が二人の仲を取り持ってくれたんじゃないかしら」
「え? 俺?」
俺と雪音の話で盛り上がっているのかと思いきや、急に自分の名前を出された頼斗がびっくりした顔になっていた。
それもそのはず。仲を取り持つどころか、雪音とは俺を巡ってライバル関係になっていた頼斗だもん。俺と雪音の仲を取り持つどころか、どうすれば雪音に俺を諦めさせられることができるんだろう……と思考を巡らせていたに違いないよね。
結局、雪音に俺のことを諦めさせるのはやめにして、雪音と一緒に俺の彼氏になることを選んだ頼斗ではあるけれど。
「いやいや。頼斗は別に僕と深雪の仲を取り持とうなんてしてなかったよ? そりゃまあ、何だかんだと僕に優しかったとは思うけどね。でも、最初は僕のことが気に入らないって感じだったよね?」
「そりゃお互い様だろ。お前だって、最初は俺のことが邪魔だって顔してたじゃん」
「ん~? そうだったかなぁ?」
うぅ……この話、一体いつまで続くのかな。あまり長続きしちゃうと、何かの拍子に二人の口から余計な発言が飛び出しちゃいそうでハラハラする。
この二人って、俺との関係を周囲の人間に隠そうとする気持ちが薄いように思うもん。父さんや宏美さんには隠し通そうとする気持ちがあるみたいだけど、それにしては時々危うい発言をしている気がするんだよね。
「ま……まあまあ、そんな昔の話は終わりにして、明日からの話でもしたら? せっかく雪音も受験生から解放されたし、明日は土曜日だよ? 何かしたいこととかないの?」
このまま雪音と頼斗に話をさせているのは不味いと思った俺が、やや強引に話題を変えようと口を挟むと、俺の声に反応した雪音の顔がパッと明るくなり、俺を振り返ってくると同時に
「僕、深雪とデートがしたい」
なんて言うから、俺は思わず絶句した。
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