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番外編 Episode:0 side雪音
まだ恋を知らない僕の話(1)
しおりを挟む中学一年生の夏休み。僕は自分でも思いもよらなかったタイミングで童貞を捨てることになってしまった。
一刻も早く童貞を捨てたかったのかと聞かれるとそうではなかったし、そもそも僕は女の子というものにあまり興味がなかった。
そりゃまあ、男として生まれてきたからには、いつか人並みに恋をして、彼女ができた暁にはその彼女と……とは思っていたけれど、付き合う云々よりも先に童貞を失うとは思っていなかったよね。
だったらどうして拒まなかったんだ? って話になっちゃうわけだけど、そこはまあ、相手の勢いに押されたというか、まさか僕もそんな事になるとは思っていなかったから油断していたところもある。
あと、やっぱり多少は興味があったものだから、ついつい流されてしまったところがあるんじゃないのかと。
当時の僕はどうも貞操観念が薄いというか、性的なことに対する恥じらいや抵抗があまりなかったことも、予期せぬ形で童貞を失う原因になったと思うんだよね。
でもまあ、これは小学校時代の経験でそうなってしまった部分もあると思うから、仕方がないといえば仕方がないことなのかもしれない。
周りの人間よりも早い段階で精通を迎えてしまった僕は、まだ性教育というものを誰からも一切受けておらず、実際に僕の身体を使って自慰行為の仕方を教えてくれた先生のことを全然おかしいと思わなかったんだから。
その事については後で伊澄さんからめちゃくちゃ怒られた。
伊澄さんに言わせれば、それは立派な性犯罪になる行為だとまで言われてしまい、そんな犯罪行為をあっさり受け入れてしまった自分のことがめちゃくちゃ決まり悪かった。
ちなみに、伊澄さんというのは、僕が物心つく前からの付き合いである幼馴染み、笠原伊織の二つ年上のお兄さんで、いつも伊織と行動を共にしている僕にとっては、僕のお兄ちゃんも同然の存在である人だ。
僕が学校の先生から性的な被害を受けた時も、伊澄さんは既に性教育を受けた後だったりもするから、伊澄さんに説教をされる中、僕は
(最初から伊澄さんに相談すれば良かった……)
と、自分の迂闊で浅はかな部分を反省したりもした。
でも、伊澄さんをはじめ、笠原家の人間は全員僕の母さんと仲がいいから、精通というものを知らなかった僕は、笠原家の人間の口から僕の母さんの耳に、僕の身体に起こった不可解な現象を知らされたくなかったんだよね。
僕には生まれた時から父さんがいないから、女手一つで僕を育ててくれている母さんに、極力心配を掛けたくなかったし。
それに、小学生の僕にとって、わからない事は学校の先生に聞けば間違いがないだろう、という思いもあったから、気軽な気持ちで相談しただけでもあったんだよね。
話が少しズレてしまったけれど、付き合う云々の前に初体験を経験してしまった僕は、僕の童貞を奪った相手に
「ねえ、エッチもしちゃったことだし、私達このまま付き合っちゃおうよ」
と言われた時は、さすがに
「それとこれとは話が別じゃない? 申し訳ないけど、僕に恋愛的な意味で先輩を好きだって感情はないし。もう一度先輩とセックスしたいかって言われたら、別にそう思わないもん」
きっぱりとお断りさせていただいた。
中学の入学式以来、何かと僕に話し掛けてくる先輩だったし、先輩としては面倒見が良くて優しい人だと好意的に思っていたけれど、彼女が僕の童貞を強引に奪ったことで、そのイメージは大暴落って感じだった。
できることなら、もう二度と僕に構わないで欲しいと思うから、彼女と付き合うだなんて僕の中ではとんでもない話だった。
「は⁉ それ、本気で言ってる⁉」
「うん」
「信じられないっ!」
交際の申し込みを断ってしまう僕に、先輩は目を丸くして驚いていたけれど、そもそも、どうして僕が先輩とセックスしてしまったのかをよく考えて欲しい。
一緒に映画を見に行ったまでは良かったけれど、「家が近いから」という理由で僕を自宅に連れ込み、僕が出されたお茶を飲み終わらないうちに、先輩がいきなり僕に襲い掛かってきたんじゃん。
もちろん僕は驚いたし、「やめうよ」とも言ったのに。それを受け入れなかったのは先輩の方だ。
挙げ句の果て、僕のナニを無理矢理勃たせた先輩は、勃ち上がった僕をこれまた僕の合意なしに呑み込んでしまい、僕の上で勝手に気持ち良くなっていた。
セックスそのものが合意の上ではない状況だったのに、「セックスしたから付き合おう」はおかしいよね。
「別に信じてくれなくて結構だし、むしろこっちの方が裏切られた気分だよ。どうやら先輩の描いたシナリオとは違う結果になったみたいだけど、それはもう自分の計算ミスだと思って諦めてよ」
「なっ……!」
「じゃあ僕帰るから」
「えっ⁉ ちょっと!」
初体験を終えたばかりの相手に対して、随分とドライな別れ方ではある。が、元々僕に先輩を特別に思う気持ちなんてないから当然だ。
先輩としての好意はあっても、彼女のことを異性として意識したことはないし、恋愛対象として見たことも一度だってない。
まだ素っ裸なままの先輩を部屋に残し、自分はさっさと服を整え、先輩の家を後にすると、夏の空はすっかりオレンジ色に染まっていて、日中の熱を溜め込んだアスファルトの熱が、足元から立ち上ってくる感じが不快だった。
「帰ったら真っ先にシャワー浴びよ」
初体験という貴重な経験をした直後の僕は、驚くほど興奮や高揚感というものがなく、随分と落ち着いたものだった。
落ち着いたもの――というよりは、落ち込んでいる気分だった。ただただ憂鬱な気持ちと、童貞を奪われた不快感しかなかった。
それでも、セックスというものの快感は多少味わうことができたから
(違う相手と違うシチュエーションなら、またしてもいいかもね……)
というのが、僕の初体験に対する素直な感想だった。
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