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番外編 Episode:0 side雪音
まだ恋を知らない僕の話(4)
しおりを挟む恋に恋するお年頃――と言うほど、ロマンチックな感性の持ち主ではない僕だけど
(そろそろ好きな人の一人や二人、できても良さそうなものなのに……)
と思うことはあった。
しかしながら、僕のお眼鏡にかなう女の子というものはなかなか現れてくれないから、中学二年生になっても、僕は相変わらず恋を知らない非童貞として、毎日をそれなりに過ごしているだけだったりもする。
そもそも、自分の好みがさっぱりわからない。僕ってどんな子がタイプなんだろう。
それがわかれば、僕も多少は女の子の見方が変わるかもしれないのに。
「え? 雪ちゃんのタイプ?」
「うん。僕ってどういう子がタイプなんだろうと思って」
自分で考えてみたところで埒が明かないから、誰よりも僕との付き合いが長い伊織に聞いてみたんだけど
「さあ? それはさすがの僕でもちょっとわからないかも。だって雪ちゃん、今まで僕の前で誰かのことを〈可愛い〉って言ったことがないし。僕と好みのタイプについて話したこともないんだもん」
伊織からの返事は予想通りというか
「だよね」
としか言いようがないものだった。
そうなんだよねぇ……。僕って今まで誰かのことを口に出して「可愛い」って言ったことがないし――伊織のことは何度か「可愛いい」って言ったこともあるけど――、ずっと一緒にいる伊織と好みのタイプについて話したこともないんだよね。
第一、そういう話を伊織としていれば、自分のタイプってやつもわかっていて、今になって〈僕のタイプって……〉なんて考える必要はないもんね。
「でもまあ、可愛い子が好きなんじゃないの?」
「え?」
「だってほら、雪ちゃんがこれまでセックスした相手って、どちらかと言えばみんな可愛い系じゃん。最初の人は綺麗系って感じだったけど」
「うーん……そうだったかなぁ?」
せっかく伊織に僕のタイプについて助言をもらったというのに、僕の方はあまりピンとこなかった。
こんな事を言ったら、本当に最低だと思われるかもしれないけど、僕は自分とセックスした女の子の顔をあまり憶えていなかった。
唯一、小日向先輩のことだけは憶えているけれど、それっていうのも、小日向先輩は僕とセックスした後も僕と何度か口を利いているからである。
もちろん、全然仲睦まじいって感じではないし、僕を目の敵にしてるって感じではあるんだけれど。
僕としては、あまり関わらないようにしてあげているつもりなのに、廊下で擦れ違うたびに僕のことを物凄く怖い顔で睨んできたりするものだから、それを見た伊織に意地悪されちゃうって感じでもあるんだよね。
(僕のことなんか涼しい顔でスルーしちゃえばいいものを……)
どうやら小日向先輩は僕のことがまだ許せないらしい。
もう伊澄さんも卒業しちゃったから、今は誰に僕の愚痴を零しているのやら……だ。
「でも、それってたまたま僕を誘ってくる子が可愛い顔をしてるってだけのことで、僕の好みが可愛い子ってことにはならないんじゃないかなぁ?」
「あ、そっか。雪ちゃんは自分から女の子を選んでセックスしてるわけじゃないから、セックスした子が雪ちゃんの好みとは限らないのか」
「多分ね」
「うーん……」
これはある意味僕からの悩み相談みたいなもので、僕に相談を持ち掛けられた伊織は、いつも親身になって真剣に考えてくれる。
難しい顔をして、腕組みまでしている伊織の姿は僕にとって嬉しく思えるし、伊織に対して恋愛的な感情は一切持ち合わせていなくても、僕のことで真剣に考えてくれる伊織の存在を可愛いと思う。
伊織の容姿が可愛いことは誰もが認める周知の事実ってやつでもあるが、その伊織の容姿を僕も可愛いと思うってことは、僕の好みは伊織の言うように〈可愛い子〉ってことになるのかな?
だとしても、ただ可愛いだけじゃダメなんだろうな。
だって僕、口には出さないだけで、女の子のことを可愛いと思うことはあるもん。
瞬間的なものだったり、一般的な男子の目線から見ての〈可愛い〉なら、僕も何度か感じたことはある。
それでも、その感情が恋愛感情に繋がっていかないということは、僕には容姿だけの可愛さじゃダメってことなんだよね。
だったら他に必要なものは何なのか……。
容姿の可愛さ以外に何を持っていれば、僕はその子のことを好きになるんだろう。
自分では好きになる子の条件をそこまで厳しく定めているつもりはないのに、どうやら僕には自分でも知らない拘りがあるみたいだった。
「案外フィーリングとか、第一印象なのかもね。見た目や性格じゃなくて、直感で恋に堕ちるタイプなのかもよ? 言ってしまえば、運命を信じてるのかもね♡」
「運命って……」
真面目な顔で真剣に考えてくれているのかと思えば、何とも楽観的な答えを出してきたものだからガッカリした。
でも、それもあながち間違いではないのかも。
今日に至るまで恋というものをしたことがない僕は、伊織の言うように、運命によって引き寄せられる相手を待っているのかもしれない。
運命っていうか、運命的な出逢いっていうか。
とにかく、出逢った瞬間に人生が変わるような衝撃を受ける相手の出現を、僕は待っているのかもしれない。そういう相手に僕は恋をしてしまうのかもしれない。
だけど、そうなると最早自分の好みとかどうでも良くなっちゃうし、そもそも好みなんて無いに等しくなってしまう。それだと僕に好きな人ができるのも運任せってことになっちゃうよね。
「きっとそうだよ。そうに違いない。だから、雪ちゃんは今まで好きな人ができたことがないんだよ。納得♡」
「いやいや。勝手に決めつけられても困るし、勝手に納得されても……」
「きっと雪ちゃんは待ってるんだよ、運命の人との運命的な出逢いってやつを♡」
「~……」
何で僕がそんな夢見る乙女思考にならなきゃいけないの? って感じではあるが、そうだと決めつけてしまった伊織の顔は満足気だった。
何か僕は伊織の中で勝手に夢見る乙女認定されちゃったみたいだけど、僕の中では
(果たしてそれでいいのか?)
という疑問しかなかった。
でもまあ、それも本当に間違っているとは断定できなかったりもするよね。何せ僕は実際に恋をしたことがないんだから。
恋というものを経験したことがない僕は、自分の恋がどうやって始まるのかなんて知らないし、想像もつかない。
白馬に乗った王子様に恋ができるのならまだしも、恋愛そのものができない体質だという可能性だってある。
一生恋愛を経験できない人生に比べれば、夢見る乙女の方がまだマシって気がするよね。
まあ、僕はどう転んでも乙女にはならないと思うけど。
「早く出逢えたらいいね♡ 雪ちゃんの運命の人に♡」
「うん。そうだね……」
僕を勝手に夢見る乙女にした挙げ句、僕と運命の相手との出逢いを楽しみにしている様子の伊織に、僕は否定的な意見を述べる気力が湧いてこなかった。
それに、もし本当にそんな相手が僕にいるのだとしたら、それはそれでちょっと楽しみ思う気持ちがある。
だって、そういう相手と出逢った瞬間には特別なものを感じるはずだもん。今までの自分が感じたことのない何かを感じるんだろうと思う。
そういう感覚はちょっと味わってみたい。そういう感覚を味わわせてくれた相手は、文字通り僕の特別になるんだろうから。
そして、そんな相手と出逢えた僕は、その相手のことを運命の人だと思い込み、一生愛せる自信にも繋がりそうだよね。
これまで三人の女の子と一時的な関係を持ってきた僕が言うのも何だけど、僕は何も恋多き人生を送りたいわけじゃない。本当に好きな相手と一生一緒にいられれば、それでいいと思っている。
まだ恋も知らない癖にそんな願望を抱いているあたりは、確かに夢見がちな思考の持ち主なのかもしれないな。
それが悪いとは思わない。
僕は純粋無垢な人間と言うわけでもないけれど、まだ中学二年生だもん。恋にも将来にも大いに夢を抱いていい年頃だよね。
「僕も早く会いたいな~♡ 雪ちゃんの運命の人に♡」
「え~……。会ってどうするつもりだよ」
「もちろん、仲良くするに決まってるじゃない♡ なんてったって雪ちゃんが初めて好きになる相手だよ? 僕、全力で二人のこと応援しちゃうもん♡」
「それはまた頼もしいね」
まだ何一つとして確定していない妄想の話でしかないけれど、本当にそんな未来が待っているのだとしたら、僕はそんな未来を楽しみにしたいと思う。
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