13 / 44
第3章
第二話
しおりを挟む
十一月。銀杏の葉が舞い散る頃、映像研究会の部室には暖房がつきはじめる。
窓の外では枯れ葉が風に踊り、夕方の光が斜めに差し込んでいた。
部長の田中が、いつものように机に肘をついて口を開いた。
「他のサークルとの交流イベントをやってみないか?」
「交流イベント?」
蛍が聞き返すと、田中は嬉しそうに続ける。
「映像研究会って、どうしても内向きになりがちだからさ。他のサークルと合同で何かやれば、新しい刺激があるかもしれない」
「でも、どこのサークルと?」
智也が問う。
「それなんだけど、誰か他のサークルに知り合いいる?」
蛍は真帆を思い浮かべた。
最近はスポーツサークルに通っているが、なかなか桜庭との距離を縮められずにいる。
その中で交流会が何かのきっかけになるかもしれないと考えた。
「友達がスポーツサークルにいます」
「おお、いいね。どんなサークル?」
「初心者でも楽しめるような色々な競技をやってるみたいです。たぶん、規模も近い気がします」
「体育会系と文化系の交流か。面白そうだな」
ちょうどそのとき、講義掲示板に〈次回ミニレポ:身近な共同作業や混合チームにおける役割分担を観察し、ジェンダー規範との関係を論じよ〉と通知が来た。
健吾の名前が末尾に添えられている。
以前の見学で見たコーフボールのことが、蛍の頭でかちりと噛み合った。
その日の夕方、蛍は真帆に相談した。
「でも私、まだ正式メンバーじゃないし……」
「桜庭くんに聞いてみたら?」
頬を少し染めて、真帆が頷く。
「そうだね。今度聞いてみる」
数日後、真帆が弾む声で報告した。
「桜庭くんが、興味を示してくれたの!」
「本当?」
「うん。面白そうだねって」
翌週、蛍と真帆はスポーツサークルの部室へ向かった。佐藤と桜庭が温かく迎える。
「あれ、相沢さんは映研側なの?」
「そういうわけじゃないですよ」
佐藤がからかって、真帆が困ったように笑って弁明する。
「で、何しようか。白石は何か希望ある?」
桜庭の声音は淡々としている。
いつの間にか敬語がなくなっていた。
「俺個人っていうか、映研で話したときは、バーベキューがいいんじゃないかって話になったよ」
「バーベキューか。佐藤さん、どうですか?」
「確かに交流しやすいかもな。でも、人数が多すぎると結局サークルごとに分かれたままになるかなぁ」
「じゃあ、何かミニゲームするとか?」
「シンプルにくじとかで席を混ぜるのもいいかも」
「ああ、それがいいかも」
やり取りを見守りながら、蛍はスマートフォンを親指で撫でた。
先程、健吾に送ったメッセージの返信はまだない。
「あ、映研は映像撮りたいとか、希望あるの?」
桜庭が思いついたように言う。
「そういう話は出てないから、大丈夫だと思う」
「そっか。春にバーベキューしたのってどこでやったんですか?」
蛍に確認したあと、桜庭は佐藤に尋ね、話はとんとん拍子に進む。
結局、春と同じ河川敷の会場を使うことに決まった。
部室を出ようとしたとき、桜庭に呼び止められる。佐藤と真帆は先に進んでいた。
「なあ、連絡先教えて。イベントのことで連絡取りたい」
「え、それなら真帆に……」
「相沢さんは映研じゃないだろ。白石に連絡したほうが早いじゃん」
そう言われれば断れない。
連絡先を交換することとなった。
桜庭とのやり取りは端的で、事務的だった。
ふっと、過剰に警戒した自分が恥ずかしくなる。
そして迎えた当日。
河川敷にバーベキューセットが並び、両サークルのメンバーが集まっていた。
「まずは自己紹介と、くじ引きで席決めをしましょうか」
佐藤が司会を務め、桜庭が用意したくじを配る。
蛍は映研の先輩二人、スポーツサークルの佐藤と女子学生と同じテーブルになった。
真帆は少し離れ、智也と桜庭は同卓だ。
焼ける音と笑い声。
蛍は視線の端で桜庭を追う。
誰に対しても同じ温度、同じ距離。
真帆だけでなく、他の女子にも特別扱いはないように見えた。
「桜庭のことが気になる?」
佐藤が小さく声を落とす。
「あ、今、話してるの俺の親友で。初対面のはずなのに仲よさそうだなって」
「ああ、本当だな」
「佐藤さんは桜庭くんと仲いいんですか?」
「仲……。まあ、悪くはないかな。高校も一緒だし」
「そうなんですね。彼女いるかどうかって知ってます?」
「さあ、俺が知ってる限りいないと思うけど、あいつそういう話しないからな。本人に聞いてみるのが確実かな」
佐藤が困ったような顔で笑った。
日が傾き、片付けに入る。
「桜庭くんとあまり話せなかった」
真帆が肩を落とす。
「それは残念。でも、彼女はいないかもって佐藤さんが言ってた」
「え、そうなの? すごい、チャンス!」
そこに智也も混ざった。
「桜庭って、いいやつだな。今日初めて話したけど、話しやすかった」
「うん」
「真帆が好きって言ってたけど、倍率高そうだなぁ」
「だね」
「蛍も真帆も、難儀な奴を好きになるな」
蛍は苦笑しながら、胸のうちで別の名を反芻する――健吾。
おそらく、桜庭よりよほど厄介だ。
一年の秋が、静かに深まっていく。
窓の外では枯れ葉が風に踊り、夕方の光が斜めに差し込んでいた。
部長の田中が、いつものように机に肘をついて口を開いた。
「他のサークルとの交流イベントをやってみないか?」
「交流イベント?」
蛍が聞き返すと、田中は嬉しそうに続ける。
「映像研究会って、どうしても内向きになりがちだからさ。他のサークルと合同で何かやれば、新しい刺激があるかもしれない」
「でも、どこのサークルと?」
智也が問う。
「それなんだけど、誰か他のサークルに知り合いいる?」
蛍は真帆を思い浮かべた。
最近はスポーツサークルに通っているが、なかなか桜庭との距離を縮められずにいる。
その中で交流会が何かのきっかけになるかもしれないと考えた。
「友達がスポーツサークルにいます」
「おお、いいね。どんなサークル?」
「初心者でも楽しめるような色々な競技をやってるみたいです。たぶん、規模も近い気がします」
「体育会系と文化系の交流か。面白そうだな」
ちょうどそのとき、講義掲示板に〈次回ミニレポ:身近な共同作業や混合チームにおける役割分担を観察し、ジェンダー規範との関係を論じよ〉と通知が来た。
健吾の名前が末尾に添えられている。
以前の見学で見たコーフボールのことが、蛍の頭でかちりと噛み合った。
その日の夕方、蛍は真帆に相談した。
「でも私、まだ正式メンバーじゃないし……」
「桜庭くんに聞いてみたら?」
頬を少し染めて、真帆が頷く。
「そうだね。今度聞いてみる」
数日後、真帆が弾む声で報告した。
「桜庭くんが、興味を示してくれたの!」
「本当?」
「うん。面白そうだねって」
翌週、蛍と真帆はスポーツサークルの部室へ向かった。佐藤と桜庭が温かく迎える。
「あれ、相沢さんは映研側なの?」
「そういうわけじゃないですよ」
佐藤がからかって、真帆が困ったように笑って弁明する。
「で、何しようか。白石は何か希望ある?」
桜庭の声音は淡々としている。
いつの間にか敬語がなくなっていた。
「俺個人っていうか、映研で話したときは、バーベキューがいいんじゃないかって話になったよ」
「バーベキューか。佐藤さん、どうですか?」
「確かに交流しやすいかもな。でも、人数が多すぎると結局サークルごとに分かれたままになるかなぁ」
「じゃあ、何かミニゲームするとか?」
「シンプルにくじとかで席を混ぜるのもいいかも」
「ああ、それがいいかも」
やり取りを見守りながら、蛍はスマートフォンを親指で撫でた。
先程、健吾に送ったメッセージの返信はまだない。
「あ、映研は映像撮りたいとか、希望あるの?」
桜庭が思いついたように言う。
「そういう話は出てないから、大丈夫だと思う」
「そっか。春にバーベキューしたのってどこでやったんですか?」
蛍に確認したあと、桜庭は佐藤に尋ね、話はとんとん拍子に進む。
結局、春と同じ河川敷の会場を使うことに決まった。
部室を出ようとしたとき、桜庭に呼び止められる。佐藤と真帆は先に進んでいた。
「なあ、連絡先教えて。イベントのことで連絡取りたい」
「え、それなら真帆に……」
「相沢さんは映研じゃないだろ。白石に連絡したほうが早いじゃん」
そう言われれば断れない。
連絡先を交換することとなった。
桜庭とのやり取りは端的で、事務的だった。
ふっと、過剰に警戒した自分が恥ずかしくなる。
そして迎えた当日。
河川敷にバーベキューセットが並び、両サークルのメンバーが集まっていた。
「まずは自己紹介と、くじ引きで席決めをしましょうか」
佐藤が司会を務め、桜庭が用意したくじを配る。
蛍は映研の先輩二人、スポーツサークルの佐藤と女子学生と同じテーブルになった。
真帆は少し離れ、智也と桜庭は同卓だ。
焼ける音と笑い声。
蛍は視線の端で桜庭を追う。
誰に対しても同じ温度、同じ距離。
真帆だけでなく、他の女子にも特別扱いはないように見えた。
「桜庭のことが気になる?」
佐藤が小さく声を落とす。
「あ、今、話してるの俺の親友で。初対面のはずなのに仲よさそうだなって」
「ああ、本当だな」
「佐藤さんは桜庭くんと仲いいんですか?」
「仲……。まあ、悪くはないかな。高校も一緒だし」
「そうなんですね。彼女いるかどうかって知ってます?」
「さあ、俺が知ってる限りいないと思うけど、あいつそういう話しないからな。本人に聞いてみるのが確実かな」
佐藤が困ったような顔で笑った。
日が傾き、片付けに入る。
「桜庭くんとあまり話せなかった」
真帆が肩を落とす。
「それは残念。でも、彼女はいないかもって佐藤さんが言ってた」
「え、そうなの? すごい、チャンス!」
そこに智也も混ざった。
「桜庭って、いいやつだな。今日初めて話したけど、話しやすかった」
「うん」
「真帆が好きって言ってたけど、倍率高そうだなぁ」
「だね」
「蛍も真帆も、難儀な奴を好きになるな」
蛍は苦笑しながら、胸のうちで別の名を反芻する――健吾。
おそらく、桜庭よりよほど厄介だ。
一年の秋が、静かに深まっていく。
301
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした
鳥居之イチ
BL
————————————————————
受:久遠 酵汰《くおん こうた》
攻:金城 桜花《かねしろ おうか》
————————————————————
あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。
その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。
上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。
それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。
お呪いのルールはたったの二つ。
■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。
■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。
つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。
久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、
金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが…
————————————————————
この作品は他サイトでも投稿しております。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?
水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。
断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。
しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。
これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる