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第6章 健吾side
第三話
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治療も三ヶ月目に入ると、尚の表情も明らかに明るくなった。
定期的な診察の後、いつものカフェで会った時の彼は、以前とは別人のように輝いて見えた。
「実は、職場の人に告白された」
ある日、尚が恥ずかしそうに打ち明けた。
コーヒーカップを両手で包み込みながら、頬を薄く染めている。
「へえ、そうなんだ。どんな人?」
以前なら、尚が他の人に興味を持つことに複雑な気持ちを抱いただろう。
胸の奥で嫉妬や所有欲のようなものが蠢いて、素直に喜べなかったかもしれない。
でも今は、純粋に友人として尚の幸せを願っている。
その変化を、健吾自身も不思議に思った。
「同じ部署のシステムエンジニアで、すごく優しくて頭が良くて」
尚は話しながら、自然と笑みがこぼれる。
「いい人そうだね。付き合うの?」
「いや、まだそこまでは……」
尚は首を振ったが、その表情には迷いよりも照れが勝っている。
「でも、久しぶりにそうやって誰かを意識している気がする。胸がドキドキするっていうか、その人のことを考えると嬉しくなるっていうか」
尚の表情には、七年ぶりに見る本当の恋する人の輝きがあった。
目を伏せて微笑む様子は、高校生の頃の彼を思い出させる。
あの頃の尚は、こんな風に素直に感情を表現していた。
「付き合っちゃえばいいのに」
「でも……」
尚の表情が少し曇る。
「まだ健吾への気持ちが完全になくなったわけじゃないから、その人に申し訳なくて」
その言葉に、健吾は複雑な気持ちになった。
罪悪感のようなものが胸をよぎる。
七年間、尚を束縛し続けていた自分への後悔。
「それは、俺もわかる。ただ、治療が完了すれば、きっと整理がつくよ」
健吾は尚を励ました。
「それに、俺はもう尚の人生を縛りたくない。尚が幸せになることが、俺にとって一番大切だ。俺のことは本当に気にしなくていい」
「ありがとう、健吾」
尚の瞳に涙が滲む。
「本当に、ありがとう。健吾がそう言ってくれると、すごく楽になる」
健吾は尚の言葉を聞きながら、同時に自分自身のことも考えていた。
尚が新しい恋を見つけたように、自分にも——。
その時、ふと蛍の笑顔が脳裏に浮かんだ。
夏休み中の映画館での、嬉しそうな表情。
スクリーンの光に照らされた横顔。
「また誘ってもいい?」と言った時の、少し照れたような頬の赤み。
研究室配属が決まった時の、緊張と喜びが入り混じった瞳。
胸の奥で、何かが静かに形を成していく。
温かく、切なく、そして確かな想いが。
「尚が幸せそうで、俺も嬉しい」
健吾は心からそう言った。
そして続けた。
「俺も、尚みたいに素直に自分の気持ちと向き合えたらいいんだけど」
「健吾にも気になる人がいるの?」
尚が興味深そうに身を乗り出す。
その瞳には、友人としての純粋な好奇心が宿っている。
「まあ、そんなところかな」
「どんな人?」
健吾は少し迷った。
蛍のことを話すべきかどうか。
でも、尚が自分の気持ちを打ち明けてくれたのだから、自分も正直に話すべきかもしれない。
「昔からの知り合いで。優しくて、聡明で、一緒にいると心が安らぐ」
「素敵な人じゃない」
尚が微笑む。
「でも、『昔からの知り合い』って?」
「幼馴染なんだ。ずっと疎遠だったけれど、今は後輩として大学にいる」
「へえ、運命的だね」
尚の表情が一段と明るくなる。
「どんな子なの?」
「映画が好きで、研究熱心で……」
健吾は蛍について語りながら、自分の声が自然と柔らかくなっていることに気づく。
「この前一緒に映画を見に行ったんだけど、感想を聞いていると、すごく感性が豊かで。普通の人が気づかないような細かいところまで見ている」
「健吾、顔が緩んでるよ」
尚が楽しそうに指摘する。
「そんなに好きなら、なんで告白しないの?」
健吾は苦笑した。
「好きっていうか……。番の問題があるからね。まだ治療中だし」
尚が真剣な表情になった。
「健吾、僕たちみたいに、時間を無駄にしちゃだめだよ」
その言葉に重みがある。
七年という歳月を、お互いに愛し合うことなく過ごした二人だからこそ言える言葉。
「本当に大切な人なら、早く伝えた方がいい。僕たちが学んだのは、時間は有限だってこと」
その言葉が、健吾の心に深く響いた。
七年間、責任という名の檻に閉じ込められていた二人。
だからこそ、尚の言葉には説得力がある。
「そんな素敵な人なら、早く捕まえないと。他の人に取られちゃうよ」
尚が茶化すように言うが、その目は真剣だ。
「いや、まだそんなんじゃないから」
健吾は慌てて手を振るが、心の奥では尚の言葉が響いている。
他の誰かに蛍を取られる可能性——桜庭といた蛍の姿が脳裏をよぎる。
考えただけで胸が締め付けられる。
カフェを出て別れ際、尚が振り返った。
「健吾、僕たち、ようやく自由になれるんだね」
夕日が尚の横顔を柔らかく照らしている。
その表情には、長い間背負っていた重荷から解放される安堵が宿っていた。
「本当の関係を築けるようになる」
「そうだね」
健吾は頷いた。
「お互い、新しい人生を歩もうね」
「うん。尚も、その人と幸せになってくれ」
「まあ、その人とかはわからないけれどね。健吾も頑張って」
尚の後ろ姿が人波に消えていくのを見送りながら、健吾は自分の心と向き合っていた。
定期的な診察の後、いつものカフェで会った時の彼は、以前とは別人のように輝いて見えた。
「実は、職場の人に告白された」
ある日、尚が恥ずかしそうに打ち明けた。
コーヒーカップを両手で包み込みながら、頬を薄く染めている。
「へえ、そうなんだ。どんな人?」
以前なら、尚が他の人に興味を持つことに複雑な気持ちを抱いただろう。
胸の奥で嫉妬や所有欲のようなものが蠢いて、素直に喜べなかったかもしれない。
でも今は、純粋に友人として尚の幸せを願っている。
その変化を、健吾自身も不思議に思った。
「同じ部署のシステムエンジニアで、すごく優しくて頭が良くて」
尚は話しながら、自然と笑みがこぼれる。
「いい人そうだね。付き合うの?」
「いや、まだそこまでは……」
尚は首を振ったが、その表情には迷いよりも照れが勝っている。
「でも、久しぶりにそうやって誰かを意識している気がする。胸がドキドキするっていうか、その人のことを考えると嬉しくなるっていうか」
尚の表情には、七年ぶりに見る本当の恋する人の輝きがあった。
目を伏せて微笑む様子は、高校生の頃の彼を思い出させる。
あの頃の尚は、こんな風に素直に感情を表現していた。
「付き合っちゃえばいいのに」
「でも……」
尚の表情が少し曇る。
「まだ健吾への気持ちが完全になくなったわけじゃないから、その人に申し訳なくて」
その言葉に、健吾は複雑な気持ちになった。
罪悪感のようなものが胸をよぎる。
七年間、尚を束縛し続けていた自分への後悔。
「それは、俺もわかる。ただ、治療が完了すれば、きっと整理がつくよ」
健吾は尚を励ました。
「それに、俺はもう尚の人生を縛りたくない。尚が幸せになることが、俺にとって一番大切だ。俺のことは本当に気にしなくていい」
「ありがとう、健吾」
尚の瞳に涙が滲む。
「本当に、ありがとう。健吾がそう言ってくれると、すごく楽になる」
健吾は尚の言葉を聞きながら、同時に自分自身のことも考えていた。
尚が新しい恋を見つけたように、自分にも——。
その時、ふと蛍の笑顔が脳裏に浮かんだ。
夏休み中の映画館での、嬉しそうな表情。
スクリーンの光に照らされた横顔。
「また誘ってもいい?」と言った時の、少し照れたような頬の赤み。
研究室配属が決まった時の、緊張と喜びが入り混じった瞳。
胸の奥で、何かが静かに形を成していく。
温かく、切なく、そして確かな想いが。
「尚が幸せそうで、俺も嬉しい」
健吾は心からそう言った。
そして続けた。
「俺も、尚みたいに素直に自分の気持ちと向き合えたらいいんだけど」
「健吾にも気になる人がいるの?」
尚が興味深そうに身を乗り出す。
その瞳には、友人としての純粋な好奇心が宿っている。
「まあ、そんなところかな」
「どんな人?」
健吾は少し迷った。
蛍のことを話すべきかどうか。
でも、尚が自分の気持ちを打ち明けてくれたのだから、自分も正直に話すべきかもしれない。
「昔からの知り合いで。優しくて、聡明で、一緒にいると心が安らぐ」
「素敵な人じゃない」
尚が微笑む。
「でも、『昔からの知り合い』って?」
「幼馴染なんだ。ずっと疎遠だったけれど、今は後輩として大学にいる」
「へえ、運命的だね」
尚の表情が一段と明るくなる。
「どんな子なの?」
「映画が好きで、研究熱心で……」
健吾は蛍について語りながら、自分の声が自然と柔らかくなっていることに気づく。
「この前一緒に映画を見に行ったんだけど、感想を聞いていると、すごく感性が豊かで。普通の人が気づかないような細かいところまで見ている」
「健吾、顔が緩んでるよ」
尚が楽しそうに指摘する。
「そんなに好きなら、なんで告白しないの?」
健吾は苦笑した。
「好きっていうか……。番の問題があるからね。まだ治療中だし」
尚が真剣な表情になった。
「健吾、僕たちみたいに、時間を無駄にしちゃだめだよ」
その言葉に重みがある。
七年という歳月を、お互いに愛し合うことなく過ごした二人だからこそ言える言葉。
「本当に大切な人なら、早く伝えた方がいい。僕たちが学んだのは、時間は有限だってこと」
その言葉が、健吾の心に深く響いた。
七年間、責任という名の檻に閉じ込められていた二人。
だからこそ、尚の言葉には説得力がある。
「そんな素敵な人なら、早く捕まえないと。他の人に取られちゃうよ」
尚が茶化すように言うが、その目は真剣だ。
「いや、まだそんなんじゃないから」
健吾は慌てて手を振るが、心の奥では尚の言葉が響いている。
他の誰かに蛍を取られる可能性——桜庭といた蛍の姿が脳裏をよぎる。
考えただけで胸が締め付けられる。
カフェを出て別れ際、尚が振り返った。
「健吾、僕たち、ようやく自由になれるんだね」
夕日が尚の横顔を柔らかく照らしている。
その表情には、長い間背負っていた重荷から解放される安堵が宿っていた。
「本当の関係を築けるようになる」
「そうだね」
健吾は頷いた。
「お互い、新しい人生を歩もうね」
「うん。尚も、その人と幸せになってくれ」
「まあ、その人とかはわからないけれどね。健吾も頑張って」
尚の後ろ姿が人波に消えていくのを見送りながら、健吾は自分の心と向き合っていた。
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