なぜか側妃に就職しました。これは永久就職じゃございません。

たまとら

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16 後宮から逃げ出しました。

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今日もぐるぐる走り回っちゃった。
あの王子、なかなか受け取ってくれないし。

ジュノは脚を揉んで貰った。
これが仕事。
という侍従のプライドを傷付けない為に、お世話してもらっている。
マッサージやブラッシング。
ああ、極楽♡

そうしてお世話して貰ってから、お休みなさい。と、去っていった。
さあ、これからがお楽しみの時間だ。

お楽しみなんて、
ちょっと言い方がやらしいかも♡
ウキウキとベッド横のサイドテーブルから、ブロマイドを取り出す。


アッシュグレーの髪。
こっちを真っ直ぐ見詰める紺色の瞳。
左の口角近くのえくぼ……

素敵♡
でも実物の方がもっと素敵♡
いい匂いがするし、背も高いし、がっしりしてるし。
俺の頬を両手でガッと掴んだときの、あのアップときたら…
うっふぅ~♡



妄想の中に浸っていたジュノは、ドアの開閉音は意識の圏外だった。

「ほぉ。俺の後宮の中で他の男の写真とは。
いい度胸だなぁ……。」

地を這うような低音が、ぶつりと妄想を断ち切った。
はぅっ?と、幸せの国に彷徨っていたジュノがその上気した顔を向けた時、アドル王子は肩をピクリと揺らした。
アドルの眉を顰めた三白眼を認めて、ジュノは飛び上がる。

「アドル様!な、なんでここに⁉︎」

「ここは俺の後宮だ。
いつ来てもいいだろうが。」

不機嫌そうな顔ですツカツカと近寄ってくる。
咄嗟にジュノはブロマイドを胸に抱き込んだ。

「誰の写真でシてたんだ。」

「シてません‼︎」

そう、妄想だけだ。
愛する宰相閣下を汚すなんて‼︎

ふん。
と、アドルは鼻で笑った。

「可愛い子ぶったってもう遅いぜ。この淫乱。」

「い、淫乱…」

びっくりして飛び上がりそうな肩をぐっと片手で押して、抱えた写真を掴む。

「寄越せ。見てやる。」

「嫌です。止めて下さい。」

ぎゅっと抱き抱えても力が違う。
直ぐに手を押されて奪い取られた。

「やめて!返して下さい!」

手を伸ばすジュノをいなしてアドルはブロマイドを見る。
ーーー宰相!

「返してください!」

その手に飛び付いたジュノを払い除けた時、拳が右頬にクリーンヒットした。




ジュノの目の中で星が散った。

「あっ」と何処かで声がした。

浮遊感にのまれながら、ジュノは壁に激突していった。


多分、一瞬気を失っていたのだろう。
ずきんずきんとする熱さに、そっと目を開けると右の視界が小さい。
ゆるゆる動くと、背中がズキンとした。

「だ、大丈夫か?」

どこかで声がする。
あれ?誰の声だっけ?
俺、どうしたんだろう。
右の顔が、なんか分厚いみたいな…

ずるずると起き上がると、床の上にくちゃくちゃになった宰相閣下のブロマイドがあった。
ふるふると拾い上げる。

ああ、宰相閣下が。
宰相閣下の顔に縦線が。
宰相閣下の顔に汚れが。

………。

堰を切ったように、涙が湧いて来た。
熱い涙がぽろぽろ溢れる。
でも右からは出口が小さくて、なかなか流れていかない……。

「大丈夫か?」

再び声がした。
見上げるとアドル様がいた。
ちょっと見たことない顔している。
……でも。
…でも……


「お、俺だって、あんたのこと大っ嫌いだよっ‼︎    俺が嫌いだからって、こんな事しなくてもいいじゃないかっ!」

真っ直ぐ怒鳴ってやりたいのに、喉が震えて声が出ない。

「もう、お茶会はいい。もう、いい…。
……もう、知らない……」


よろよろと立ち上がる。
部屋から出ると、廊下で騒ぎを聞きつけた侍従達がオロオロしていた。

「ジュノ様……お顔が……」

「腫れ、て……」



「しばらく放っておいて。お願いします。」

それだけ言うと、ジュノは後宮から逃げ出していた。
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