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GWデート
記念日ほど仰々しくなくても
しおりを挟む旅のお楽しみと言えばもう一つあるよね。
ベッドに横たわると、当然のように琉冬が布団をまくって入って来た。シングルだぞ。狭いっての。
「琉冬、おまえのベッドはそっちだよ」
一応言ってみる。
触れたいんだろうなっていうのは、わかっていたことだから、まあ無駄な抵抗だ。
「頃合いを見て移動しますので」
「おまえそれ、朝になってから頃合いですねとか言うつもりだろ」
とはいえ今、彼が離れてしまったなら、俺のほうがくっついてっちゃいそうだけど。
それに、旅先でイチャつくのはひとつのロマンだよな。現実問題としては、満腹すぎて無理だけど。
宿側はイカガワシイ行為をされないように、限界まで客の胃袋を満たしておくのかもしれない。
なんてバカなことを考えているあいだに、琉冬の手が浴衣の隙間から侵入してきた。俺はちょっと苦労しながら体の向きを変えて、彼の瞳に熱がこもる前に、背中を軽く叩いて合図する。
今日はダメだよ。
「てか、おまえだって腹いっぱいだろうが」
「まあそうなんですけど、確かめたくて」
「俺の限界を?」
言ってて自分で笑ってしまった。
次の日は朝から貸切風呂を予約していた。
そこで盛り上がっちゃうなんてこともなく、おとなしく風呂を堪能する。
「そんなタイムアタックみたいなことするほど、飢えていませんよ」
肩まで湯につかった琉冬が、流し目をくれる。
表情とセリフが合っていない気もするけど、俺も「まあな」と答えておく。
多少ムラッと来てても、今すぐじゃなくても、琉冬は逃げないもんな。
でもなあ、ちょっとだけ。
俺はチラチラ琉冬を盗み見て、やっぱりこらえきれなくて均整のとれた体にのしかかった。
少しぬるっとした泉質のせいか、腕も、胸元も、すべすべとして気持ちがいい。
「桂聖?」
困ればいいのか喜べばいいのか迷ってるような顔を見て、俺は思わずニヤリとした。
そのまま逃げようとしたら、捕まって首筋にキスされた。ダメだ、のぼせる前に上がってしまおう。
胸に吸い付く琉冬の額をぺちぺちしてやると、彼はあからさまに口を尖らせた。
「そっちから誘ったくせに」
「時間ないのに乗るなよ」
琉冬の方も本気ではなかったらしく、気の抜けた笑いでイチャつきは軽やかに終了。
朝食は和食膳だった。バイキングもいいけど落ち着いて食べられるのもいいよな。
琉冬と暮らすようになってから、朝食はめっきり和食派になってしまった。袋入り食パン数枚だけだった日々にはもう戻れない。
琉冬が塩分過多を心配してて、それが妙におかしかった。
お土産は昨夜買ってあるし、あとはもうバスを待つばかりだ。早く着過ぎたのかバス停の前には誰もいない。
もう一度、はためく鯉のぼりを見られるかと思って、その辺をぶらついてみたけれど、どうやら今日は風が弱いらしい。鯉のぼりの群れは力なく垂れ下がっていた。
「昨日は、いいときに見て回れたんですね」
「そうだな」
「楽しかったですね……って、桂聖?」
楽しかった。確かにそうなんだけど。
ヤバい俺。旅の一番の思い出が、柏餅にうなだれる琉冬なんだけど。
短い坂の途中、先に降り始めていた琉冬がこちらを振り返る。
笑いを堪えてプルプルしてるとこ見られちゃった。
ダメだ、無理、吹き出しちゃう。
「なあ琉冬、帰りにべこ――じゃなくて柏餅買って帰ろうぜ」
「蒸し返す気ですか?」
「じゃなくて。俺も呼ぶからさ、あいつのこと柏餅って」
「笑われますよ」
琉冬は少し拗ねている。恥じ入る必要は――うん、どう考えてもない。
「笑わせねえよ。むしろ教えてやるんだ、歴史ってヤツを」
「昨日知ったばかりのくせに?」
「歴史ってのはそんなもんだろ。知らないことが降り積もる。で、興味のあることだけが記憶に残る」
俺の興味はやっぱり琉冬に関することだから、忘れちゃうより笑って話したい。
「記念日ってほど仰々しくしなくても、この時期なんとなく食べたくなっちゃうくらいには、いい思い出になりそうだなって思ってさ」
そりゃ嫌だって言うんなら、強制はしないけど。
笑いを含んだまま、「どう?」と俺は首を傾げた。
琉冬はぽかんとこちらを見たあと、きつく眉根を寄せた。でも、ぜんぜん目が怒ってない。むしろ潤んでいるように見える。間違いなく照れ隠しだ。
「いいですよ。食べましょう、柏餅」
ちょうどその時バスが来て、琉冬は俺に背を向けた。でもこっちを気にしてるのはバレバレだ。
「うん、そうしような」
狭いベッドで無理やり並んで寝たせいで、寝不足だった俺たちは、帰りは最後列に陣取ってぐっすり眠った。
二人で、もたれかかるようにして。
おしまい
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