召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

文字の大きさ
18 / 59
第三章 二度目の討伐の不幸

02.副団長の苦悩2

しおりを挟む
「しょうがないですよ、団長は貴族なんだから」

 そう、ローデシアンは貴族の子弟だ。長男でなかったからと幼い頃から騎士に志願し、剣士で名高い人物に師事した経歴を持っている。だからこそ団長などという仕事や貴族との折衝、さらには王族とのやりとりもそつなくこなせるのだ。
 これがアーフェンではままならないだろう。

「あー、俺ももっと勉強しておけば良かったよ」

 そうしたらローデシアンが苦労していることの、半分とまではいかないが三分の一くらいは肩代わりできたかもしれない。
 孤児院で剣ばかり振るっていた昔の自分を殴りたくなるが、机に座ってじっとするのも性には合わない。
 左から剣が飛んできて同じように打ち返すが、今度は相手も予想していたのかアーフェンの剣を避けすぐさま剣を振るってくる。木刀で受け止め腰を僅かに落とし、本格的に相手をする体勢に入る。

 やはりこうやって身体を使う方が自分には合っている。
 とてもではないがじっとしているのは寝ているときだけで充分だ。
 久々に若手と剣を交えるが、以前行った手合わせよりも格段に上達していて、アーフェンは楽しくなった。
 右から左からやってくる剣を払い、避け、次々と相手の身体に剣を打ち込んでいく。
 その様を真柴がずっと見ているとも知らずに。

「ほら、転がってないで立て。そうしている間に魔獣に襲われるぞ。痛くてもすぐに立つんだ」

 痛みで地面に転がっている間にすぐに襲ってくるのが魔獣だ。なにせ相手は常に集団で行動している。痛みに呻いている間に別の個体が背後から喉元を噛み切ろうと狙ってくるだろう。
 だから意地でも立ってなければいけないのだ、剣を構えて。
 人間にも属性があれば対抗できただろうが、残念ながら神はそこまでの祝福を与えてはくれなかった。

「次行くのはルメシア領だ。あそこは水属性の魔獣が多いからすぐに溺死するぞ。ほらほら、水を避けながら切り込むのを頭に浮かべろ。水属性の魔獣はどうしても足を取られやすいからな、転がらないように踏ん張れ」

 次から次へと指示を出せば、若手たちの動きが鈍っていく。その隙を突いて腹に剣を突き込んでいった。
 あっという間に一刻が過ぎ、一度休憩に入る。
 事務仕事でなまった身体は汗だくになり、良い具合に解れている。背伸びなんかよりもずっといいと渡された手ぬぐいで汗を拭けば、じっとこちらを見る存在があった。

(……なんでいるんだよ、ここに)

 清々しい気持ちが一気に翳る。

「なんで部外者がここに入っているんだ」
「すみません、体力作りのために散歩をしていて……そこで騎士団の皆さんの訓練があまりにも凄くて見入ってしまいました」

 いつもの作り笑いを貼り付けて言い訳を並べる真柴をギッと睨めつける。

「あれくらいで驚かれちゃ困る。ここにいるのは新人と若手だ」
「いえ、ベルマンさんが凄く強くて。一度も剣が当たりませんでしたね、あんなに皆さんが一斉に襲いかかっているのに」

 それがどうしたって言うんだ。
 副団長ならできて当たり前だと言おうとして、けれどキラキラした目を向けてくる真柴の側にひっついている少年の存在に気付いて言葉を飲み込んだ。
 ドゴと名乗った少年はまだ年若いが、アーフェンと似た境遇で今は神殿の使い走りをしていると知ってからは、この子の前では格好いい自分でありたいと欲が出る。

「ゴホン。それは……まあ。体力作りなら俺たちと一緒に訓練すればいい」
「いやいや、無理ですよ。聖者様はあまり体力ありませんから、皆さんと一緒に訓練したらベッドから起き上がれなくなります」

 確かにな。
 細い真柴なら筋肉痛で寝込むことは避けられないだろう。

「それは済まなかった。だが体力を付けるのは良いことだ」
「ありがとうございます。次の討伐ではご迷惑をおかけしないように頑張ります」

 随分と殊勝な物言いに、あんなにドゴの前でいい格好をしたかったのに、つい眉間に皺が寄ってしまう。たったひと月の間で随分と迷惑をかけてくれたと怒鳴りたい、本当は。だが世話になったのも確かで、ぐっと堪えた。

「別に……」
「あのっ……もしご迷惑でなければ、ローシェンに餌をあげても良いですか? 前回の討伐でとても迷惑をかけてしまったので」

 ……俺は馬と同類だとでも言うのか。いや、馬以下か。むっとして厳つい顔になるが、真柴は気にしないのか、あの作った笑みを貼り付けたままだ。そして隣にいるドゴもキラキラした目を向けてくるままだ。
 二人の変わらない眼差しに、アーフェンはハッと思い切り息を吐き出して濡れた血のような赤い髪をくしゃくしゃに掻き回した。

「分かった、好きにしろ。だけど、絶対にバサルタマネギはやるなよ……あとトォムニンニクコロゥナボゥキャベツもだ!」
 馬が食べては死んでしまう食材を口にすればドゴがすぐさま手に持っていた袋を見せてくれた。中にはたっぷりのジャズレイトニンジンが入っている。これなら大丈夫だ……むしろローシェンの大好物である。

「これなら……」
「ありがとうございます、ベルマンさん」

 真柴が嬉しそうに笑った。あの作ったのとは全く違う自然な笑みに吸い込まれたように目が離せなくなった。
 胸の中で何かが湧きあがりそうになり、その正体が掴めないままモヤモヤとしてそっと目を反らした。
 きっとたいしたことはない。
 そう自分に言い聞かせて。

 なんせ相手は聖者だ。一度は騎士団の存続を脅かした存在。能力が属性の無効化と回復だけと分かり脅威ではなくなったが、それでも最初に植え付けられた感情を抜き取ることができない。
 真柴のおかげで先の討伐は大成功を収め、今や誰もが騎士団を無視できなくなったが、すぐに態度を変えることはできない。

 だというのに、視線を外すことができない。
 ふわりとした柔らかい表情は今まで見た何よりも温かさをもたらしてくる。

「ベルマン副団長!」

 遠くから新人の声が背中を殴った。

「あっ、ちょっと待ってろ。今行く!」

 ビクリと肩を跳ねさせ、すぐに返事をする。慌てて視線を真柴に戻せばドゴと楽しげに話している。あの作ったような笑みで。
 アーフェンはまた仏頂面に戻った。

「あまりここに来るな。皆の集中力が削がれる」
「すみません。ではまた討伐の時に」

 軽く頭を下げ、真柴はドゴと共に厩舎へと向かった。後ろ姿から僅かに見える顔は嬉しそうに綻んでいる。

(そんなにローシェンに会いたいのか……まああいつは良い馬《やつ》だからな)

 穏やかな気性でありながら、魔獣と遭遇しても臆さない上に体力もある。その上、一度でも良くしてくれた人間には攻撃しないというできた馬なのだ。
 好かれて当然だ。
 アーフェンでなくともローシェンの特徴を知れば誰もが欲しがるだろう。
 たまたま一番に見つけたのがアーフェンというだけで……。

(ん、どうしてだ? なぜ気持ちが沈む……ローシェンに何の感情を抱いたんだ、今)

 目を背けたはずなのにまた直視しそうになって慌てて反らした。
 真柴など騎士団の敵でしかないと心の中に唱え、仲間の元へと戻った。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。 ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。 これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。 ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!? ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19) 公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。

ガラスの靴を作ったのは俺ですが、執着されるなんて聞いてません!

或波夏
BL
「探せ!この靴を作った者を!」 *** 日々、大量注文に追われるガラス職人、リヨ。 疲労の末倒れた彼が目を開くと、そこには見知らぬ世界が広がっていた。 彼が転移した世界は《ガラス》がキーアイテムになる『シンデレラ』の世界! リヨは魔女から童話通りの結末に導くため、ガラスの靴を作ってくれと依頼される。 しかし、王子様はなぜかシンデレラではなく、リヨの作ったガラスの靴に夢中になってしまった?! さらにシンデレラも魔女も何やらリヨに特別な感情を抱いていているようで……? 執着系王子様+訳ありシンデレラ+謎だらけの魔女?×夢に真っ直ぐな職人 ガラス職人リヨによって、童話の歯車が狂い出すーー ※素人調べ、知識のためガラス細工描写は現実とは異なる場合があります。あたたかく見守って頂けると嬉しいです🙇‍♀️ ※受けと女性キャラのカップリングはありません。シンデレラも魔女もワケありです ※執着王子様攻めがメインですが、総受け、愛され要素多分に含みます 朝or夜(時間未定)1話更新予定です。 1話が長くなってしまった場合、分割して2話更新する場合もあります。 ♡、お気に入り、しおり、エールありがとうございます!とても励みになっております! 感想も頂けると泣いて喜びます! 第13回BL大賞にエントリーさせていただいています!もし良ければ投票していただけると大変嬉しいです!

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

処理中です...