召喚された世界でも役立たずな僕の恋の話

椎名サクラ

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第八章 神々の争い

05.神の暴走と二人の未来2

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 どさりとアーフェンの身体が崩れ、寝台に上体を乗せて倒れた。
 指先から徐々に力が抜けていくのが感じられる。今、ドゴが命を入れ替えているのだろう。死のうとしているのに、アーフェンは穏やかな気持ちですべてを委ねた。

 パァァァァァァァァァン!

 眩しいばかりの光が突如、硝子が割れたように弾けた。

「なっ……どういうことだ!」

 ずっとどこかに余裕を宿していたドゴが初めて荒い声を上げた。彼すらも予想していない状況が起きたのだ。
 ドンッと何かにぶつかる感覚にアーフェンはハッと目を覚ました。

「ぐっ……ぁ……」

 寝台の敷布を握り絞めて苦しさに悶える間に、新たな声が入ってきた。

「勝手なことをされては、困りますなぁ。ほっほっほっほ」
「その白々しい芝居、やめろよ。どうしてここが分かったんだ」
「移動のひずみをあれだけ作れば気付かない方がおかしいだろうに。のぉ、ブリアード」
「だからその白々しい喋り方も、へったくそな変装もやめろ。気色悪いんだよっ」

 ドゴが睨めつけた空間が歪み、のっそりと出てきたのは大司教だった。白いローブを羽織り、小さい上に背中を曲げた身体でヒョコヒョコと近づいてくるが、ドゴが光の矢を放つと軽々と飛んで避けた。

「これこれ、危ないではないか。そんなにカリカリしなさんな。まもなくお前から祝福を受けたこの聖者が死のうとも、な」

 大司教はまた、ほっほっほっほと笑い、それから開いているのか閉じているのか分からない目を光らせた。ドゴに向かって手を払えば、長い袖から炎の矢が放たれる。

「お前こそ危ないだろっ! なんで邪魔するんだよ」
「聖者には死んで貰わなければならないからのぉ……今までと同じように。全く勝手に消えおって……じゃがシャーリア王子に瘴気を浴びせ続けた甲斐があったわ。こうも簡単に聖者やってきて力を使ってくれるとはのぉ」
「……王子を苦しめたのは貴方だったのですかっ!」

 楽しそうに話す大司教にローデシアンの怒声が重なる。
 だが大司教は気にもせずいつものように「ほっほっほっ」と笑った。

「なにを怒る。過ちを犯したお前さんが活躍できるよう魔獣をたくさん送ってやったじゃろう。今、騎士団が強くなったのは、わしが聖者を召喚したおかげではないか。感謝せい、ほっほっほっほ」
「……やはりあのおかしな魔獣の出現は作為的だったのか……」

 何が起きているのか見えないアーフェンは、それでも不穏なやりとりに無理矢理に顔を起こした。

「聖者は死んでこそ人々の記憶に残るもの。生きていてはありがたみが薄れてしまうからのぉ。それでは信仰が集まらん。しかも仕事もしないで生きておるなど言語道断。これでは新たな聖者を呼び出せないではないか!」

 大司教が憤り、再び炎の矢を真柴に向かって放とうとする。
 違う、真柴はきっちりと使命を果たした。しすぎて倒れてしまうくらい誠実な聖者だ……なぜ神殿の頂点に立つ大司教が死なせようとするんだ。

「ま……しばを……しなせ、な……」
「うるさい人間じゃ。そんなに大事だというなら、一緒に死なせてやろう。そのほうが伝説となる」

 大司教のしゃがれた声が低くなり、ぐにゃりぐにゃりと変化して現れたのは、ドゴよりも大きな身体の……プドルイート大陸の民ならば知らぬものはいない姿へと変わっていった。

「……クリサジークし、ん…………」

 ローデシアンは驚き、恐怖をもってまじまじとその姿を見つめた。
 どの神殿にも置かれてある巨大な神の像そのままの姿である。だが彫刻で描かれたのとは違い、今は憤怒にその顔を歪めている。まるで悪魔のようだ。

(これが……信仰を捧げる神……邪神じゃねーか)

 こんな奴に真柴の存在を良いようにされるのか……。苛立ちは募り、一発でも殴ってやらなければ気が済まないが、身体が思うように動かない。
 怒りが込み上げ、ギュッと拳をきつく握る。

 まだ魂が身体に戻ったばかりで上手く合致しないのか、どこもかしこもが重く、瞼を開けるのすらやっとだ。
 二人の神が睨み合っている姿が視界に映る。

「相変わらず自己顕示欲と承認欲求の塊だな。奇跡とか運命とか、そんな言葉ばかり使って気を引くしか能がないから、お前は敬われないんだよ」
「黙れ。勝手にやってきてきた奴が、我が世界の秩序を荒らすな」
「はんっ、お前の世界なんか、他の世界からの救いを呼び寄せなければ、己で作り上げた魔獣すら倒せないくせに、偉そうに言うんじゃねーっ!」

 狭い部屋の中で散らされた火花はあちこちへと飛び散り、豪奢な家具を次から次へと弾け飛び、ついには燭台に乗っている蝋燭の火がたいまつのように燃え上がった。
 火は大きくなり、近くの布へと燃え移る。
 ゆっくりと火は広がり、部屋を包み込んでいこうとしているのに、二人の神は互いの隙を覗うように力を手に溜めていつでも放てるようにしたまま、目には見えぬ力でもって互いの気迫をぶつけている。

 何かが間にあればすぐにでも灰と化してしまう。そんな気迫があった。
 ローデシアンも声を上げることなく二人の神の行方を見守っている。
 部屋中に燃え広がっていく炎。
 それは確実に寝台へと近づいていた。

「ましば……、に……げろ」

 これほどの騒ぎが枕元で起こっているというのに、真柴は目を覚ます気配がない。穏やかな呼吸を繰り返してばかりだ。

(頼む、目を覚ましてくれ……神よ、彼だけを助けてくれ)

 今、目の前に神がいるが、あんな身勝手な奴じゃない人を慈しむ本当の神よ、真柴のことを守ってくれと願い続ける。
 この世界にそんな神がいるかなど知らない。
 けれど人が縋れるのはそれだけだ。そして人知を超えた力を求めてしまうのだ、本当に苦しいときには。

 アーフェンはただひたすら真柴の幸福だけを願い続けた。
 真っ直ぐに、一途に。

 パリィィィン。

 窓の硝子が弾け飛び、竜巻にも似た風が部屋の中を掻き混ぜた。

「なにものだっ!」
「邪魔すんじゃねー!」

 二人の神はすぐさま渦を巻く風に向けて力を放ったが、弾き飛ばされそのまま放ったものが己へと鋭く戻っていった。
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