初恋エチュードの先に

片瀬ゆめじ。

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中学2年生

6月 大田くんと体育祭

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◤6月 下旬◢

「クソ暑い。」

本日は体育祭です。
こんなクソ暑いのに運動するなんて正気か?信じられん。冬も寒いから嫌だけど。

我々吹奏楽部(3年と2年)は始まりのファンファーレを吹くために早めに校庭に集合です。
朝から音出しやらグラウンド準備とかで朝練の時間よりも早く駆り出されて泣きそうだった~。
なんだかんだ言っても体育祭だし?髪型変えたら反応貰えるかなぁ~とか期待して、ハーフアップとか頑張っちゃったからやや寝不足。まぁ、あれから編み込みしても、センター分けにしても反応は無いので多分今日もないんだけど。

「広井ちゃん今回のファンファーレ、練習で完璧に吹けてたね。」
「はい、去年の体育祭で先輩たちの練習と本番の演奏聴いたので!1回覚えればなんとかなります!!」
「記憶力は良いのにねぇ…。」
「理解できれば覚えられます!でも理解できないことが多い世の中です…。」
「広井ちゃん、おバカだもんねぇ…。」
「やだ、そんな事実を…。照れます…///」
「「あははははは」」
ミユ先輩と私は笑った。

3年の島崎 美結先輩。
ユーフォニウムで同じ楽器担当の先輩。大人しめで美人で可愛い。でもオヤジギャグに弱く、1度ツボにはいいると呼吸困難になるまで笑うギャップ萌えな先輩。美人さんだからなのか、そのギャップがツボなのか、めっっちゃモテる。この1年彼氏が途切れたところをみたことがない。

去年知り合ったときの先輩は中2だったわけで。今の私と同じ年だったと考えると、その時から彼氏がいたの凄いなぁ。私はまだそういうのよく分からない。
小学校の時はクラスでかっこいいって言われてた男子に友達と一緒になんとなくバレンタインを渡したりはしてたけど、実際好きってなるとよく分からない。

好きな人かぁ。
なぜか頭の中に大田くんが「やぁ」と侵入してきた。
いやいやいやいやいや、いやいやいやいやいや。
あくまで推し。推しだから!!!!

「? 広井ちゃん。音出しするよ。」
「あ、はい。」

私が1人で悶々と考えている間に校庭の移動は終わったようで音出しの時間になる。音出しが始まれば校庭には様々な楽器の音が。とは言っても、ここは音楽室ではないから、音は響きにくい。これが外の醍醐味だと言われたらそれまでだが、普段よりどうしても物足りなさを感じてしまう。
指揮者がクルッと手を回し、皆が音を止める。
急に音が無くなったときの独特の雰囲気と緊張感が少し苦手。部員の全員が指揮者を見つめる。
指揮者が次に手を動かした瞬間、ファンファーレと体育祭のスタートです。


種目◎1年生のラジオ体操

「うわー、なっつ。去年うちらもやったね。」
「指先まで皆で揃えなきゃいけなくて地獄だった。」
ファンファーレと開会式が終わり、始まった体育祭。
楽器を音楽室に戻し、校庭に戻ると1年生の学年種目、ラジオ体操が始まっていた。
我が校は各学年ごとの種目があり
1年 ラジオ体操
2年 全員リレー
3年 ソーラン節
になっている。

なので私達も去年はラジオ体操をやった。
ラジオ体操は前見ても横から見てもズレずに同じ角度、動きになるように…みたいな統一がこの学校の伝統のようで正直地獄だった。
まぁ、今年は今年でクラス全員50メートル走る全員リレーだから地獄なんだけどね。

「あっちゃんは体育祭、何出るんだっけ?」
「騎馬戦」
「あっちゃん、女子にキャーキャー言われるやつじゃん。」
「だから選んだんだが?」
「oh」

あっちゃんはうちの中学で強豪のバスケ部2年。しかも選抜メンバー。ちょっと凛々しい雰囲気も相まって、女子人気も高い。そして本人も満更では無い。

今更だが我が校の文化祭はクラスごとの対抗戦だ。各学年1組から7組で競い合う。バトルロイヤル。その為クラスごとにハチマキの色も異なり、体育祭の数週間前に学年集会でくじ引きが行なわれた。我が3組は青!!

「朝は部活で教室にいなかったから見れなかったけど、大田くんは…」

クラスごとのブルーシートを探す。
「いた!!!!」
体操着に青ハチマキの大田くん!!!!
「なぜ、スマホの持ち込みが禁止なのだろうか。写真撮影できないではないか。」
「広みたいな危ないやつがいるからじゃない?」
あっちゃんに的確なことを言われる。

「ハチマキを頭じゃなくて、ちゃんとおでこに巻いてるところも萌えポイント高い。」
「ダサポイントが高いだろ。」
「…分かり合えないね、僕ら」
「それな。」
こんなにも可愛いのに。スマホが手元にあったら100枚は撮れますってくらいの可愛らしさなのに…!!

あっちゃんが騎馬戦の準備で集合門に向かった。
……あっちゃん以外友達がいないわけじゃないけれど、自分から行くのはちょっと苦手…。
せっかく声をかけるなら大田くんのところに…。
「大田くん、おはよー!ハチマキ似合っててめちゃんこかわいい!!」
「………可愛いない…」
あっちゃんにも大田くん本人にも微妙な顔をされてしまった。もしかして私の発言キモイ?

「大田くんは個人種目200m走だよね!!頑張って!!意味は無いかもしれないけど、陰ながら応援してる!!」
「…走るの得意じゃないから見ないでいい…。」
「大丈夫!私より走るの苦手な人類はこの世にはいない!!」
「………まぁ、そこそこで頑張る。」

大田くんは口には出さないけど、私の発言できっと全員リレーの練習を思い出したのだろう。
全員リレー、男女混合で1人50mを走り、バトンを繋げるのだが、私の次がなんと大田くんなのである。練習の際、バトンパスの前に私がヘロヘロ過ぎて、少し先を走る大田くんに追いつけないという多大なるご迷惑をかけていた。なのに何も指摘せず、次の練習の時はバトンゾーンから走らず、その場で立ち止まって待ってくれていた大田くんの優しさに泣きそうになったことはつい最近。

普通なら呆れ顔や文句の1つや2つあっていいのに、大田くんは顔色も変えず待っていてくれた。もうその人柄が素晴らしすぎて、やっぱり憧れの人だ!!!とあっちゃんに話したら「そこは好きな人だろ!!」と言われたけど、やっぱりピンとこない。

……走るの得意じゃないってことは、本当は少しでもバトンパスのとこで走る距離を減らしたいのに、私の為に走らず待っててくれてるんだよね。罪悪感で申し訳ないけど、ちょっと嬉しい気持ちもある。

「大田くん、あっちゃんの騎馬戦今からだから隣で見ていい?」
「…ご自由にどうぞ。」
「じゃあ失礼しまーす!」

拳一個分くらい距離を空けて隣に座る。
こんなに近くに座ったのは初めてで、鼻息とか聞こえたらどうしよう…と思った。


種目◎女子騎馬戦

正直、騎馬戦はあっちゃんの圧勝という言葉以外出てこない一方的な試合だった。女子の黄色い歓声も凄い。大盛り上がり。

「あっちゃん、やべー」
「ハチマキ取るのが早技過ぎて見えない…。」
「そうなの!あっちゃんは凄い早いんだよ!料理もテキパキするし、足も早いし、何もかも早い!」
思わず、あっちゃんのことを早口で喋ってしまう。自分の親友のことを自慢したかったのかもしれない。自慢なんか私がしなくとも、あっちゃんは凄い人なんだけれども。

「小学校一緒だったんだっけ。」
「…!!」大田くんから話を振ってくれた!!
「そう!あっちゃんとは小学校から一緒なの!!あっちゃんのお家の隣のアパートに住んでて、お隣さんなんだ。」
「………幼なじみが何でも出来るのって、なんか嫌というか…妬んだりってした?」
「…え?」
突然の問いかけに驚いて大田くんを見るけど、その大田くんはあっちゃんを見ていた。表情はいつもと変わらなすぎて何を考えてるか分からない。
「妬んだりは…しない、かな。」
「……どうして?」
「確かにあっちゃんは女の子に人気だから、たまーに私のあっちゃんなのに~って思っちゃうことはあるけど、でもあっちゃんが人気なのはあっちゃんが努力してるからって知ってるし。あっちゃんは夜に走り込みとか、近くの公園で自主練してるんだよ。凄いよね。私はそんなに何かに一生懸命になれないから、それを知っていたら妬むとかそんなことできないよ。」
「………そっか。」
「うん!……あ!あっちゃんラストー!!頑張れ~!!」

あっちゃんは大半の騎馬のハチマキを取って、勝った。

大田くんはあっちゃんが圧勝したときも、表情を変えずあっちゃんを見てた。なんでこんな質問したのかな。あっちゃんのこと、気になるのかな。考え始めたらなんだか心がざわっとした。






「よぉよぉ、広井さんよぉ!こっちが騎馬戦を頑張ってる時になんかイチャイチャしとったなぁ!?」
「あ、あっちゃんお疲れ様!騎馬戦、凄かったよ!!お茶飲む?」
「飲む!!!!」
騎馬戦終わりに女子の皆さんに囲まれ、かっこよかったです♡‬と黄色い歓声を浴びたあっちゃんは、口では文句を言いながらも満足そうな顔で帰ってきた。


「それで、大田とは何話したの?」
「あっちゃんの話。」

「は?」
「大田くんってあっちゃんのこと好きなのかなぁ」
「……はぁ?」

あっちゃんに渡したお茶の入った紙コップが潰れる。


かくかくしかじか…。
事の詳細をあっちゃんに話すと、あっちゃんは呆れた顔で言う。

「詳しくは大田じゃないから分からないけど、それって別に私がって話じゃなくて、妬んだりしないの?ってアンタに聞きたかっただけじゃん?」
「なんでわたしに?」
「そりゃあ、アイツが誰かそう思ってたり、思われてたりしてるんじゃない?それで似た立場にいる広に聞きたかったのよ。」
「………なるほど。」

大田くんが妬んだりするイメージは湧かないけれど。
私は大田くんのこと、まだまだ知らないこと多いからそういう面もあるのかな。

「大田にもしそういう姿があったら幻滅する?」
「え、しないしない!私が知らないだけなのに知ったら幻滅なんて可笑しいじゃん。」
「広はそうだよね。てか、大田に私の話しないでよ。恥ずいじゃん。」
「ごめん、ごめん。あ、次私の種目だ。嫌だけど行ってきマース。」
「行ってら~」

あっちゃんは手を振って送り出してくれた。
あっちゃんは凄いなぁ。大田くんのことよく分かってる。私なんかより。去年同じクラスであっちゃんの方が1年関わりが長いから当たり前…なのかな。

『妬んだりした……?』

大田くんの言葉を思い出す。
……妬んだりしてないよ。でもちょっと羨ましいとは思ってるかもしれない。





広を送り出した後、大田がいるブルーシートまで行って、広に誤解されたら嫌だし、というか隣に座りたくないし、立ったまま大田に話しかけた。

「広と話すならもっと楽しい話すれば?」
「…いつも話しかけてもらってるから正直何を話していいか分からない。」
……思春期の娘がいる父親か?
「それにしたって…。広、アンタが私のこと好きなんじゃないかって思ってたわよ。」
「!?」
すごい勢いで顔だけぎゅるんと私の方を向く。
「アンタ、そんな驚いた顔もできるのね。でもそりゃあそうよね。好きな女の子にそんな勘違いされたら嫌よね。お・お・た・くぅーん♡」
「………別に好きじゃない。」

ほんとどっちも素直じゃない。






種目◎台風の目

台風の目、わたくし広井は好きじゃありません。
ポールの周りを走るとき、すぽっと飛びそうになるから。ジャンプするとき隣の人とぶつかりそうになるから。ですが今回も泣き言を言いながらも何とか乗り越えました。

「広、お疲れ。なんとか皆の走りについていってたじゃん。」
「同じメンバーの皆の優しさのおかげです…。それに台風の目が終われば次は待ちに待った男子200m!!!」
「アンタの今日1番の楽しみだもんね。」
「はい!!ビデオ撮影できないのが悔やまれる程度には楽しみにしていました!!!!」
「撮影しようとするのやめな?それにアイツ、足速いわけじゃないから1番とかかっこいいのは無理だと思うけど?期待しすぎたら可哀想。」
「1番じゃなくていいんだよ!!頑張ってる姿みれるだけで私としては大満足。」
「あっちは父親、こっちはもはや母親の域だな…。」
「……?なんの話し?」
「あ、大田の200mはじまるよ。」

位置についてー、よーいドン
掛け声とスターターピストルの音で5人が一斉に走り出す。大田くんは最初から3位で、誰を抜くでも抜かれるわけでもなく最後まで3位だった。

「The・普通ね」
あっちゃんは言う。あっちゃんのそういうハッキリ言うところ私は好き。
「あっちゃん、見た?走ってる姿!!何がとは言えないけど走ってるだけで可愛い。普通に走ってるのに!!」
「ええ…わからん…。」
あっちゃんは困惑した。

大田くんは見なくていいと言っていたので、見ていたことは敢えて言わなかった。言われても嫌かもしれんし。
その後はお昼ご飯食べて、応援団のパフォーマンスや運動部の先輩方のパフォーマンスなんかもあり、体育祭は大盛り上がりだ。
6月とかクソ暑いし、日焼けするし、運動壊滅的だから体育祭は嫌い…。でもそれだと言葉が強いので、少し濁して、体育祭は苦手。だけど中盤まで乗り越えればまぁまぁ楽しく思える不思議。

まぁ全員リレーが普通に残っているので憂鬱ではあるんですけどね。だって全員リレーって、私個人が誰かに抜かされてもクラスの結果に繋がるのです。嫌だ…。
とりあえず練習のときはなんとか抜かされずにいたけど…。

頑張るしかねぇ!!!!

全員リレーの始まりじゃあ!!!!


他学年の部活の後輩や先輩に向けた声援とスターターピストルで始まった全員リレー。
特に義務付けられてはいないが、全員リレーの1番最初は盛り上がるようにそこそこ人気とか有名とか学校で知名度のあるお笑い枠やイケメンとかが選ばれる。中盤は私のようなモブで後半にあっちゃんのような運動神経抜群の運動部が連なっており、最後にまた盛り上がるのが流れである。

先程始まった全員リレー、今の順位は
1位 3組
2位 7組
3位 2組
4位 1組
5位 4組
6位 6組
7位 5組  となっております。

……え?
3組、1位!?!?練習の時は中盤良くて3位だったやんけ!!!え??体育祭マジック!?本番マジック!?青春マジック!?私にはそれ適用されてる感じしませんが???

そんなこと言ってるうちに、ドンドンと順番が近づいてきて、首位をキープしたまま次が私になっていた。えー、確かに1位だけど2位との差が少しずつ狭くなってる…。頭の中で自分が抜かれて2位になる最悪の想像をしてしまう。どうしよう、どうしよう…。


「ひろーーー!!!私が1位にしてやるから気にせず走れーーー!!!」
「……!!」

反対側のグラウンドからあっちゃんの声が聞こえる。
あっちゃん!!そうだよね。最悪の想像をしたってもうラインの上にいるんだから走るしかない。なら、もう後はなりふり構わず頑張って走るしかねぇー!!!

私の前を走る高槻くんからバトンを受け取り、自分の全速力で走る。足が遅い?うるせーうるせー!!そんなの私が一番知ってらぁ!

後ろから足音が近づいてくる。
追われてる~追われてる~迫ってくる~迫ってくる~。人生でこんなガチな鬼ごっこみたいな経験なくて恐怖。

次の人、大田くんまであと5m……
「あっ…」
くらいのところで、足音は後ろから横、そして先へと向かっていった。

つまり抜かれた。追い越された。

さっきまで後ろにいたはずの人の背中が見える。
もう周りの声も聞けない。頭真っ白で聞こえない。私のせいで…。

いつもそうだ。私は…私は…
ピアノの鍵盤と眩しいライト、歪んで読めない譜面、ぎゅっと結んだポニーテール。色んなものがフラッシュバックする。

そんな時、

「広井!!!!」

なんも聞こえなかったはずなのに

大田くんの声だけがハッキリ聞こえた。
初めて名前を呼ばれた。

「大丈夫!!」

大田くんは私の顔を見て頷いた。
私はその姿を見て、右手から左手にバトンを繋いだ。

走り終わって酸素が足りなくて苦しいことに気づいた。酸素が欲しくて息を沢山吸うけど、急に肺に息を沢山入れたもんだから、それすらも苦しい。
本当は今すぐしゃがんで楽になりたい。でも、地面を見つめて息を整えててはダメだ。グラウンドに垂れた自分の汗を見つめてるだけではダメだ。
真っ直ぐ立って、渡したバトンの行く先を見なくては。

大田くんは走った。

さっき走ってた時よりもずっと速かった。

でも苦しくて、辛そうだ。

少しずつ、少しずつ、

前との距離が近づいてる。

「…っぉ、大田くん、が、頑張って!!!!!!!」

気づいたら声を出していた。頑張ってるのは痛いほど分かるのに他の言葉が見つからなかった。


大田くんと1位の距離がまた近づいて…

隣に並んで…

がむしゃらに走って……

ついに

「1番だ…」

追い越した。
大田くんが1番になった。


そして1番のまま次にバトンを繋いだ。



その後もリレーは続いていく。

最後はあっちゃんや陸上部の力もあって、3組は見事1位でゴールした。皆が歓声を上げながらハイタッチやハグをして喜んでいた。


私は大田くんだけを見ていた。

肩で息をして、袖で汗を拭うキミ。
高槻くんが大田くんのところにやって来て、声をかけている。きっとリレーの話をしているんだろう。
私も早く声をかけたい。ありがとうって伝えたい。
でもリレーの競技中だから反対側にいる私は退場するまでは勝手な動きができない。

すっごく時間が経つのが長く感じる。
全員リレーの結果発表も終わり、クラスごとにブルーシートに戻る。

大田くんは?
ブルーシートには姿が見えない。
早く言いたいのに…。

「大田なら水道の方行ったよ。」
「あっちゃん!!」
リレー終わりでも余裕そうなあっちゃんが下駄箱近くを指さす。
「早く行っといでー。」
「ありがとう!!」

下駄箱近くまで行くと、確かに大田くんはいた。
特に何かをしてるわけでもなく、簀子のところに座って、汗を袖で拭いながら休憩してるようだった。

「大田くん、隣いい?」
「ご自由に。」
私は少し距離を取って、隣に座った。
……私、汗いっぱいかいたし。

校庭では3年生のソーラン節が始まっているようで、少しだけ音がこっちにも聴こえる。
皆、ソーラン節を見ているからか、下駄箱の周りに人は誰もいない。

お礼を言うなら今ほど丁度いい時はない。
「全員リレー、ありがとう。大田くんが声をかけてくれて嬉しかった。走ってる姿、すっごくかっこよかった。本当にほんとにありがとう。」

私が伝えると、大田くんは目を見開いて、驚いた顔をした。大田くんって驚いた顔とかできるんだ。
これがアニメだったら大田くんって表情差分少ないなぁとか思っててごめん。

なんで驚いてるの?と私が聞こうと思った瞬間、大田くんの口が開いた。

大田くんは「今回は可愛くなかった?」と無邪気な顔で意地悪に笑った。

その表情が眩しすぎて、語彙力というかなんか全てが消し飛んでしまった。だからなんて反応していいか分からず「それだけだから!!ありがとね!!!」と言い捨てて走って逃げた。

お前、まだ走れたんかって自分でも思った。なんか走れた。走りながらも太田くんの笑った顔が頭の中でフラッシュバックする。

笑ったーーー!!!!大田くんって笑うんだ????そら笑うか、人間だしな?でもちゃんと笑った顔初めて見た!!!!なんで笑ったのか理解できなかったけど、笑った顔めっっっっっちゃ可愛い。可愛すぎて語彙力無くなった。

心臓がバクバクと早く動いて苦しい。さっき走った時みたいに身体が熱い。

こんな認めるしかない。私の負けだ。







その後、体育祭は無事終了した。
優勝はなんと我が3組!!
優勝の曲も吹部で演奏をした。自分のクラスを自分で祝う。セルフでお祝い。
それからはあっという間だった。
楽器の片付けやグラウンドの片付けをテキパキ終わらせ、SHRに担任と体育祭実行委員のあっちゃん、高槻くんが一言ずつコメントをした。

別に体育祭で我がクラスが凄い盛り上がっていたかといえば、私のように運動が苦手な文化部員もそこそこいて大盛り上がりとはならなかった。しかし優勝となれば話は別だ。HRは皆どこかテンションが高めでホワホワとした楽しい雰囲気だった。



その日はどの部活も活動禁止でSHRが終わると帰宅だった。一斉下校で人が多いのが嫌で教室で少し待ってからあっちゃんと2人帰った。
さっきからなんだか照れくさくて話せない。
体育祭の一連の流れ自体が漫画の1ページみたいで恥ずかしい。私もなんだかんだで体育祭の雰囲気に飲まれ気分が高揚していたんだなと思う。
そんな中、「今日の大田は少女漫画のヒーローみたいだったね」とニヤリと笑いながら最初に切り出したのはあっちゃんだった。
「1位に返り咲くとかなんなの。てか本気で走ったらあんなに速いのかよ。馬鹿力ってやつなのかもだけど。」
「凄かったよね。私のせいでって思ってたから巻き返してくれて感謝しかない。」
「………それでも好きではない?」
「好きだよ。
私、大田くんが好き。」

認めるしかない。
私は大田くんが好きだったんだ。


あっちゃんは、そうだよねと笑った。

「どうして認める気…んーや、自覚できるようになったの?」
「んー、うまく説明できないや。でも、初めてちゃんと大田くんの笑った顔を見て、この人とこれからも一緒に過ごしてみたいって思ったんだ。笑った顔がこれからも見たい。他の表情も一緒に過ごす中で見てみたいって。その表情を自分させられたら凄く嬉しいって。あとはまぁ全員リレーカッコよかったよね!?うん、初めて男の子をカッコイイって思ったんだよね。そしたらもう好きだなーって無意識に思ってまして?」
「そか。」
「うん。」
「うまく説明できないって言った割にめっちゃ語って驚いてる。」
「恥ずかしいから、ヤメテ?」


夕方になっても今日はまだ暑い。
昼間のあつさを忘れらせないように。

体育祭。暑くて熱くて。きっとこの先も忘れることの無い1日になった。
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