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中学2年生
あっちゃんと広。初恋と失恋。
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私は上野葵。友達にはうえちーとか、あおとか、親友にはあっちゃんなんて呼ばれている。
中学2年生でバスケ部。好きなことはバスケ、身体を動かすこと。苦手なことは何もしないこと。
昔から身体も頭も動かすことが好きで、割とそこそこに何でもできた。できないことはできるまで練習だってした。練習すればできないことなんてないって小さい頃は思ってた。だから出来ないって泣いてる子を見るとそれは頑張ってないだけと思ってたし、そんな人にそんな考えの私が優しい言葉なんてかけるわけもなく。周りから人はドンドン居なくなった。
そんなときだった。広と出会ったのは。
隣のアパートに引っ越してきた女の子。家の窓から見ていたけれど、怖いものでもあるのかずっと俯いていた。ママは同い年の子がくるからお友達になれるかもって言ってたけどダメね。私はうじうじしてるの嫌いだもの。
あおいは1人でも平気。
あおいは間違ってないから。頑張れない子が悪いの。あおいは頑張ってるだけ。
最近始めたピアノ。同じ教室の子が発表会に出るはずだったけど、あおいが出ることになった。同じ教室の子は泣いて私に言った。
あなたが来なければーー…と。
そんなのあおいのせいじゃない。
私は鍵盤に触れた。
そのときだった。
「いや、いや!ピアノいや!ごめんなさい、ごめんなさい。お父さん。ごめんなさい。ごめんなさい。」と泣き叫ぶ女の子の声が聞こえた。
窓から外を見ると、引っ越してきたあの子だった。
うずくまって泣いている。
……ピアノが怖いの?
なにそれ、意味わからない。
そんなに泣かれたら練習しずらいじゃない。
今日はやーめた。
鍵盤蓋を閉じた。
次の日、隣の子がお母さんと挨拶に来た。
「ひろ…ぃ ……ぃいま す…」
なんて言ってるか聞き取れないくらい声は小さい。
「聞こえないんだけど。」
「こら、あおい。」
「だって聞こえなかったんだもん。」
「ごめんなさいね、この子ちょっと今元気が無くて。」
ひろいなんちゃらのお母さんはそう笑うと帰って行った。夜、お父さんとお母さんが2人で話してたけど、ひろいなんちゃらは離婚ってやつをしたらしい。ママは広ちゃんと仲良くしてあげなさいって言ってた。正直、小1のあおいには離婚ってよく分からないけど、ママとパパが別々に暮らすってことみたいだった。
だから元気ないってこと?
確かにあおいのパパとママが別々に暮らすってなるのは悲しい。ひろいなんちゃらも悲しいってことなのね。なら優しくしてあげるべきなのかもしれない。
仕方ない。私が一緒に遊んであげよう!
今思えば、なぜ遊んであげようなんて発想になったのかは不明だが、それでもそのときは私なりの優しさがこれだった。
「ひろいなんちゃら、遊んであげる!」
翌日、私はさっそく隣のアパートに押しかけていた。
母親は仕事のようで家にはいなかった。
「……遊ぶって何するの?」
「そうねぇ!鬼ごっことかだるまさんがころんだとかはどう?」
「運動は苦手…。」
「なんで?動くのは楽しいじゃない!!」
「運動は動きは理解できるけど、その動きを身体が取れないからうまくできない…。」
「? ふーん。よく分からないけどできないってことね!じゃあ練習したらいいんじゃない!?」
「………練習してどうなるの?」
「上手になるわ!」
「上手になってどうするの?」
「え?嬉しい…とか?」
「私は運動できても嬉しくないから、いい。」
それを聞いてそういう考え方もあるのか、と思った。
できるようになることは総じて嬉しい事だと私は思っていた。できることが増えるとママとパパは褒めてくれた。良いことだと思っていた。
「じゃあお家での遊びはどう?ゲームとか。あなたのお家にあるかしら?」
「…ない。アニメなら録画したのがあるけど…観る?」
「アニメ?ねこねこマンとか?」
「違う、魔法少女ゆめめ。」
「ま、魔法少女ゆめめ…!?」
魔法少女ゆめめ
社会人になり、理不尽な世の中で生きる胡蝶ゆめ。
ある日、魔法少女の使い魔と名乗る妖精が現れ、この世は悪の組織が作り出した理不尽な世の中。魔王を倒した魔法少女にはこの世界を魔法少女の願う理想の形にすると約束されて…。ゆめは魔法少女ゆめめとして戦う…という小学1年がみるには大分重そうなストーリー。
「……これ、好きなの?」
「うん!!レッスンが終わったあと、お母さんとこっそり観てたんだ。ゆめめは凄いんだよ。可愛くてかっこいいの。」
ひろいなんちゃらは笑った。
そのあとも魔法少女ゆめめを見続けた。まさか途中で魔王の正体が、1個前の魔王を倒し終えた魔法少女で無限ループしてるとは思わなかった。今思えばまじで子供向けではない。
でも、ひろいなんちゃらは目をキラキラさせて画面を見続けた。時には説明や解説をしたりと楽しそうだった。ひろいなんちゃらのあまりの熱量に何かを言うことも躊躇われた。これも一種の好きの形なんだとそのときに思った。
「ご、ごめんね。1人で盛り上がって。」
夕方までひたすら魔法少女ゆめめを観た後、ひろいなんちゃらはそう言った。
「別に。意外と面白かったからいい。でも次は私の家でゲームで勝負しなさい!」
「…!!いいよ!!」
それから私たちはお互いの好きなことで遊んだ。いつの間にか鬼ごっことか運動もしていた。勿論ひろいなんちゃらが好きなアニメも観た。
ひろいなんちゃらは私がキツい言い方をしてしまっても気にしてる様子はなかった。それどころかケロッとしていた。ひろいなんちゃらはアニメが好きで、魔法少女みたいな可愛い顔が好きで、自分では着ないけれど可愛い洋服も好き。甘いものを食べると幸せそうな顔をする。一緒にシロップいっぱいのパンケーキを食べた時は1口食べる事に「うわー、おいしい」と幸せで溶けそうな顔をしていて思わず笑ってしまった。
ひろいなんちゃらは今まで出会った子達とは全然違って一緒にいてイライラしないし、むしろ面白いくらいだった。ひろいなんちゃらも、最近は笑顔が増えたように思う。
「いつもピアノのお稽古だったから、お友達とこんなに毎日遊ぶのって初めて。」
ひろいなんちゃらは嬉しそうに笑う。
「ピアノ、嫌いだった?」
引っ越してきた日、蹲っていた姿を思い出す。
「好きだったよ。最初は。お父さんもお母さんも褒めてくれて。でもできるようになると次へ次へと難しくなる。」
それは私も分かる。1つできるとまた1つ壁ができる。でも私はそれを乗り越えるのが楽しかったし、だから練習も頑張れた。
「難しくなって、それができないとお父さんは私の結んでる髪の毛を引っ張るの。なんでこんなこともできないんだーって。やっとできるようになったら、これくらいは当たり前だーって。そんなことがずーっと続いて、いつの間にかピアノの前に立てなくなっちゃった。楽譜も五線譜がゆらゆら揺れてよく見えない。見えても頭がリズムにしてくれない。だから、逃げちゃった。ピアノからもお父さんからも逃げちゃった。」
ひろいなんちゃらは笑った。無理に笑った。
できないことがあるならできるまで練習すればいい。できないと騒ぐだけなんて甘えてる。幼少期の私はそう思っていた。でも、私が練習できるのはパパとママの理解があって、そういう環境を用意してくれていたからだった。もしパパが私に対して髪の毛を引っ張ってなんで出来ないんだ!と怒ったら。そんなの怖いに決まってる。甘えじゃなくてもできないことがある。やらなくてもいい時があるとこの時知った。
そしてこの子は私のキツい言葉が気にならないんじゃなくて、キツい言葉が当たり前の場所にいたんだ。そんなのってない。
「逃げたっていいじゃん!気楽に気軽にやろうよ。ひろいなんちゃ…、広は今まで頑張ったんだからこれからは楽しく気楽に色々やればいい!!」
「あおいちゃん…。逃げていいのかな。ズルくないのかな。」
「は?鬼ごっこだって逃げ切れば勝ちだよ?逃げたら勝ちなことだっていっぱいあるでしょ。」
「…!!そっか、そうだよね。」
広は泣いた。めちゃくちゃ泣いた。きっと今まで泣けなかった分を泣いていたんだと思う。
私とも仲良くしてくれるこんな優しい子にはこれから先は楽しい気持ちで過ごして欲しい。
私はそう思った。
「ねぇ、あおいちゃん。」
「何?」
その日の帰り道、広は言った。
「私もあっちゃんって呼んでいい?」
「……仕方ないなぁ。いいよ。」
はじめてのニックネームだった。
。
それから月日は流れ、小学校から中学校へ。
広はこの数年でアホになったと思う。気軽に適当に、自由にやっている。変なところで真面目で責任感が強くて心配性な根っこの部分は残っているが。
私は広と過ごしていく中で少しだけ相手の気持ちを考えられるようになった。未だに言いたいことは言うけれど、それでも前よりは周りに人が集まるようになった。広のおかげだと思う。
クラスで言い方がキツくて浮いてしまったときも、広はクラスのみんなにフォローを入れてくれた。喧嘩をしてしまうこともあったけど、最後にはいつも隣にいてくれる。
中学に入って吹奏楽に入部した時には少し心配もしたが、この数年間で音楽の授業なりもあって、未だにピアノは弾けないし、弾く気もないようだが、楽譜や他の楽器はできるようになったらしい。
それにしても吹奏楽部に入部するきっかけを作った広のお母さんは心配しなかったのかと思ってしまうが。
広のお母さんは年々見る機会が減った。母子家庭だし仕事が忙しいことは知っている。でもそれでも年々広があのアパートで1人の時間が増えていることが気がかりだった。言い方が悪いけれど、広をあまりみていないような。勿論、広には毎日手作りとは言えないらしいがご飯も用意されて、衣食住は問題ない。それでも少し歪なように感じてしまうのは、私が子どもだからなのだろうか。
広は私を憧れると言うけれど、私は広に憧れる。
真面目でまっすぐで。人の気持ちを考えて行動できる優しい子だと知っているから。
そんな子が好きになる人は素敵であって欲しいと思う。本人は気づいてないけれど、少し男の人が苦手な節があるようだった。父親の影響なのかもしれない。
それでも中学2年になって、やっと好きな人ができたようだった。大田は悪いやつではない。むしろいいやつなんだと思う。中1年も同じクラスだったけど、文句も悪口も愚痴すらも言った姿を見たことがない。広が言うところの「文句や悪口を言わないのが当たり前の環境で生きてきた」のだろう。それが当たり前で人を不快にさせたり、嫌な思いをさせない世界に生きてきた正しい人間。でも、だからこそ当たり前しか分からない人間だとも思う。空気は読めるが、人の感情の動きに少し鈍感だ。
そんな大田という人間が、体育祭のあの日。
広の為に大きな声で大丈夫と伝え、1位になった。
広が大田に憧れていて、そしてきっと私と同じで大田も広に憧れていて、惹かれている。
私よりも広をかっこよくて支えていて…
「ずるいなぁ。勝てないよ。」
帰り道、広が大田を好きと言った時に痛いくらい気付かされてしまった。
早く楽になりたくて、好きなんでしょ?と言い続けたはずなのに、言われたら言われたで苦しくて胸が痛くて。
「失恋って思ったよりきっついなぁ。」
なぜか笑ってしまった。
中学2年生でバスケ部。好きなことはバスケ、身体を動かすこと。苦手なことは何もしないこと。
昔から身体も頭も動かすことが好きで、割とそこそこに何でもできた。できないことはできるまで練習だってした。練習すればできないことなんてないって小さい頃は思ってた。だから出来ないって泣いてる子を見るとそれは頑張ってないだけと思ってたし、そんな人にそんな考えの私が優しい言葉なんてかけるわけもなく。周りから人はドンドン居なくなった。
そんなときだった。広と出会ったのは。
隣のアパートに引っ越してきた女の子。家の窓から見ていたけれど、怖いものでもあるのかずっと俯いていた。ママは同い年の子がくるからお友達になれるかもって言ってたけどダメね。私はうじうじしてるの嫌いだもの。
あおいは1人でも平気。
あおいは間違ってないから。頑張れない子が悪いの。あおいは頑張ってるだけ。
最近始めたピアノ。同じ教室の子が発表会に出るはずだったけど、あおいが出ることになった。同じ教室の子は泣いて私に言った。
あなたが来なければーー…と。
そんなのあおいのせいじゃない。
私は鍵盤に触れた。
そのときだった。
「いや、いや!ピアノいや!ごめんなさい、ごめんなさい。お父さん。ごめんなさい。ごめんなさい。」と泣き叫ぶ女の子の声が聞こえた。
窓から外を見ると、引っ越してきたあの子だった。
うずくまって泣いている。
……ピアノが怖いの?
なにそれ、意味わからない。
そんなに泣かれたら練習しずらいじゃない。
今日はやーめた。
鍵盤蓋を閉じた。
次の日、隣の子がお母さんと挨拶に来た。
「ひろ…ぃ ……ぃいま す…」
なんて言ってるか聞き取れないくらい声は小さい。
「聞こえないんだけど。」
「こら、あおい。」
「だって聞こえなかったんだもん。」
「ごめんなさいね、この子ちょっと今元気が無くて。」
ひろいなんちゃらのお母さんはそう笑うと帰って行った。夜、お父さんとお母さんが2人で話してたけど、ひろいなんちゃらは離婚ってやつをしたらしい。ママは広ちゃんと仲良くしてあげなさいって言ってた。正直、小1のあおいには離婚ってよく分からないけど、ママとパパが別々に暮らすってことみたいだった。
だから元気ないってこと?
確かにあおいのパパとママが別々に暮らすってなるのは悲しい。ひろいなんちゃらも悲しいってことなのね。なら優しくしてあげるべきなのかもしれない。
仕方ない。私が一緒に遊んであげよう!
今思えば、なぜ遊んであげようなんて発想になったのかは不明だが、それでもそのときは私なりの優しさがこれだった。
「ひろいなんちゃら、遊んであげる!」
翌日、私はさっそく隣のアパートに押しかけていた。
母親は仕事のようで家にはいなかった。
「……遊ぶって何するの?」
「そうねぇ!鬼ごっことかだるまさんがころんだとかはどう?」
「運動は苦手…。」
「なんで?動くのは楽しいじゃない!!」
「運動は動きは理解できるけど、その動きを身体が取れないからうまくできない…。」
「? ふーん。よく分からないけどできないってことね!じゃあ練習したらいいんじゃない!?」
「………練習してどうなるの?」
「上手になるわ!」
「上手になってどうするの?」
「え?嬉しい…とか?」
「私は運動できても嬉しくないから、いい。」
それを聞いてそういう考え方もあるのか、と思った。
できるようになることは総じて嬉しい事だと私は思っていた。できることが増えるとママとパパは褒めてくれた。良いことだと思っていた。
「じゃあお家での遊びはどう?ゲームとか。あなたのお家にあるかしら?」
「…ない。アニメなら録画したのがあるけど…観る?」
「アニメ?ねこねこマンとか?」
「違う、魔法少女ゆめめ。」
「ま、魔法少女ゆめめ…!?」
魔法少女ゆめめ
社会人になり、理不尽な世の中で生きる胡蝶ゆめ。
ある日、魔法少女の使い魔と名乗る妖精が現れ、この世は悪の組織が作り出した理不尽な世の中。魔王を倒した魔法少女にはこの世界を魔法少女の願う理想の形にすると約束されて…。ゆめは魔法少女ゆめめとして戦う…という小学1年がみるには大分重そうなストーリー。
「……これ、好きなの?」
「うん!!レッスンが終わったあと、お母さんとこっそり観てたんだ。ゆめめは凄いんだよ。可愛くてかっこいいの。」
ひろいなんちゃらは笑った。
そのあとも魔法少女ゆめめを見続けた。まさか途中で魔王の正体が、1個前の魔王を倒し終えた魔法少女で無限ループしてるとは思わなかった。今思えばまじで子供向けではない。
でも、ひろいなんちゃらは目をキラキラさせて画面を見続けた。時には説明や解説をしたりと楽しそうだった。ひろいなんちゃらのあまりの熱量に何かを言うことも躊躇われた。これも一種の好きの形なんだとそのときに思った。
「ご、ごめんね。1人で盛り上がって。」
夕方までひたすら魔法少女ゆめめを観た後、ひろいなんちゃらはそう言った。
「別に。意外と面白かったからいい。でも次は私の家でゲームで勝負しなさい!」
「…!!いいよ!!」
それから私たちはお互いの好きなことで遊んだ。いつの間にか鬼ごっことか運動もしていた。勿論ひろいなんちゃらが好きなアニメも観た。
ひろいなんちゃらは私がキツい言い方をしてしまっても気にしてる様子はなかった。それどころかケロッとしていた。ひろいなんちゃらはアニメが好きで、魔法少女みたいな可愛い顔が好きで、自分では着ないけれど可愛い洋服も好き。甘いものを食べると幸せそうな顔をする。一緒にシロップいっぱいのパンケーキを食べた時は1口食べる事に「うわー、おいしい」と幸せで溶けそうな顔をしていて思わず笑ってしまった。
ひろいなんちゃらは今まで出会った子達とは全然違って一緒にいてイライラしないし、むしろ面白いくらいだった。ひろいなんちゃらも、最近は笑顔が増えたように思う。
「いつもピアノのお稽古だったから、お友達とこんなに毎日遊ぶのって初めて。」
ひろいなんちゃらは嬉しそうに笑う。
「ピアノ、嫌いだった?」
引っ越してきた日、蹲っていた姿を思い出す。
「好きだったよ。最初は。お父さんもお母さんも褒めてくれて。でもできるようになると次へ次へと難しくなる。」
それは私も分かる。1つできるとまた1つ壁ができる。でも私はそれを乗り越えるのが楽しかったし、だから練習も頑張れた。
「難しくなって、それができないとお父さんは私の結んでる髪の毛を引っ張るの。なんでこんなこともできないんだーって。やっとできるようになったら、これくらいは当たり前だーって。そんなことがずーっと続いて、いつの間にかピアノの前に立てなくなっちゃった。楽譜も五線譜がゆらゆら揺れてよく見えない。見えても頭がリズムにしてくれない。だから、逃げちゃった。ピアノからもお父さんからも逃げちゃった。」
ひろいなんちゃらは笑った。無理に笑った。
できないことがあるならできるまで練習すればいい。できないと騒ぐだけなんて甘えてる。幼少期の私はそう思っていた。でも、私が練習できるのはパパとママの理解があって、そういう環境を用意してくれていたからだった。もしパパが私に対して髪の毛を引っ張ってなんで出来ないんだ!と怒ったら。そんなの怖いに決まってる。甘えじゃなくてもできないことがある。やらなくてもいい時があるとこの時知った。
そしてこの子は私のキツい言葉が気にならないんじゃなくて、キツい言葉が当たり前の場所にいたんだ。そんなのってない。
「逃げたっていいじゃん!気楽に気軽にやろうよ。ひろいなんちゃ…、広は今まで頑張ったんだからこれからは楽しく気楽に色々やればいい!!」
「あおいちゃん…。逃げていいのかな。ズルくないのかな。」
「は?鬼ごっこだって逃げ切れば勝ちだよ?逃げたら勝ちなことだっていっぱいあるでしょ。」
「…!!そっか、そうだよね。」
広は泣いた。めちゃくちゃ泣いた。きっと今まで泣けなかった分を泣いていたんだと思う。
私とも仲良くしてくれるこんな優しい子にはこれから先は楽しい気持ちで過ごして欲しい。
私はそう思った。
「ねぇ、あおいちゃん。」
「何?」
その日の帰り道、広は言った。
「私もあっちゃんって呼んでいい?」
「……仕方ないなぁ。いいよ。」
はじめてのニックネームだった。
。
それから月日は流れ、小学校から中学校へ。
広はこの数年でアホになったと思う。気軽に適当に、自由にやっている。変なところで真面目で責任感が強くて心配性な根っこの部分は残っているが。
私は広と過ごしていく中で少しだけ相手の気持ちを考えられるようになった。未だに言いたいことは言うけれど、それでも前よりは周りに人が集まるようになった。広のおかげだと思う。
クラスで言い方がキツくて浮いてしまったときも、広はクラスのみんなにフォローを入れてくれた。喧嘩をしてしまうこともあったけど、最後にはいつも隣にいてくれる。
中学に入って吹奏楽に入部した時には少し心配もしたが、この数年間で音楽の授業なりもあって、未だにピアノは弾けないし、弾く気もないようだが、楽譜や他の楽器はできるようになったらしい。
それにしても吹奏楽部に入部するきっかけを作った広のお母さんは心配しなかったのかと思ってしまうが。
広のお母さんは年々見る機会が減った。母子家庭だし仕事が忙しいことは知っている。でもそれでも年々広があのアパートで1人の時間が増えていることが気がかりだった。言い方が悪いけれど、広をあまりみていないような。勿論、広には毎日手作りとは言えないらしいがご飯も用意されて、衣食住は問題ない。それでも少し歪なように感じてしまうのは、私が子どもだからなのだろうか。
広は私を憧れると言うけれど、私は広に憧れる。
真面目でまっすぐで。人の気持ちを考えて行動できる優しい子だと知っているから。
そんな子が好きになる人は素敵であって欲しいと思う。本人は気づいてないけれど、少し男の人が苦手な節があるようだった。父親の影響なのかもしれない。
それでも中学2年になって、やっと好きな人ができたようだった。大田は悪いやつではない。むしろいいやつなんだと思う。中1年も同じクラスだったけど、文句も悪口も愚痴すらも言った姿を見たことがない。広が言うところの「文句や悪口を言わないのが当たり前の環境で生きてきた」のだろう。それが当たり前で人を不快にさせたり、嫌な思いをさせない世界に生きてきた正しい人間。でも、だからこそ当たり前しか分からない人間だとも思う。空気は読めるが、人の感情の動きに少し鈍感だ。
そんな大田という人間が、体育祭のあの日。
広の為に大きな声で大丈夫と伝え、1位になった。
広が大田に憧れていて、そしてきっと私と同じで大田も広に憧れていて、惹かれている。
私よりも広をかっこよくて支えていて…
「ずるいなぁ。勝てないよ。」
帰り道、広が大田を好きと言った時に痛いくらい気付かされてしまった。
早く楽になりたくて、好きなんでしょ?と言い続けたはずなのに、言われたら言われたで苦しくて胸が痛くて。
「失恋って思ったよりきっついなぁ。」
なぜか笑ってしまった。
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