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セシルの思惑
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情事の最中、気を失ってしまったセシルが目覚めたのは翌早朝のことだった。
見慣れない景色に一瞬戸惑いながらも、すぐにここはフレデリックの部屋だったと思い出す。
(フレデリックは……)
部屋を見回してみたがフレデリックの姿はどこにもなかった。
(使用人達が来る前に部屋に戻ってお風呂に入りたいわね)
そう思って起き上がるも、体の節々が痛んで思わず「うっ」と呻いてうずくまる。
それもそのはず、昨夜のフレデリックの激しさはこれまでの比ではなかったように思う。
(どうなってるの?)
セシルは昨夜敢えて好意的に接し、積極的に情事に応じてみたのだ。
酔ったフレデリックとの約束でもあったけれど、いつもと違う行動を示したら、フレデリックがどんな反応をするのか興味があったからだ。
フレデリックはそんなセシルの様子にはじめ面食らっていたようで、何を考えているのか透けて見えそうなほど隙だらけになっていた。
そんな彼の珍しい姿を見るのは非常に痛快だったのだが――
「もう……何回やったのよ……」
痛む腰を摩りながら、セシルはぎゅっと眉間に皺を寄せる。
その後の結果は予想の遥か斜め上だった。
セシルが自ら口付けた瞬間、明らかにフレデリックの目の色が変わり、凶暴さが増して大変なことになったのだ。
なんというかいつもの嫌味なほどの余裕がなくなり、まるで理性を失った獣そのものだった。
体も……見える範囲だけでも歯形と鬱血痕だらけでとんでもないことになっている。特に乳房がひどい。
せっかく治りかけていたのに……
ガッカリしながら大きな溜め息をつき、セシルは床に落ちているガウンを拾い上げて羽織った。
そして体力的にとても部屋まで戻ることはできないと諦め、ここの浴室を借りることにした。
ひとまずお湯を溜めなければと、よろめきながら浴槽へと向かい扉を開く。
「え……」
しかし、なんとそこにはフレデリックがいたのだ。
バスダブから腕をだらしなく投げ出し湯に浸かっているのだが、そこはかとなく漂う色香におかしなことを口走りそうになり、セシルは慌てて口を手で塞いだ。
「ご、ごめんなさい、あなたがいるって知らなかったの、本当よ」
「……来いよ」
フレデリックはゆっくりと目を開き、流し目にセシルを見た。その眼差しが妙に艶めいて見え、不覚にもドキリとする。
「風呂、入りに来たんだろ」
「そうだけど……」
「今更恥ずかしがることでもないだろ、洗ってやるよ」
「なっ……自分でするから結構よ」
「セシル」
踵を返しかけたセシルに向かい、フレデリックが手を差し伸べる。
「使用人に見られたくないんだろ?」
痛いところをつかれたセシルはぐっと言葉に詰まり、はあっと諦めの溜め息を漏らした。
「……そもそもあなたが元凶じゃない……どいて譲ってくれればいいのに」
「俺は生憎長風呂なんだ」
「……知りたくもない情報をありがとう」
嫌味なほどの淑女スマイルを浮かべながら、セシルは躊躇いもせずガウンを脱いでバスダブに足を入れた。
「ちょっと、空けてよ」
「必要ないだろ」
そうしれっと告げるなりフレデリックはセシルの手首を掴んでぐいっと強引に引いた。
「あっ!」
重心が狂ったセシルは、フレデリックの体の上に折り重なるように倒れ込む。
「ちょっ……危ないじゃない」
ムッとしながら顔を上げると、鼻先が触れそうなほどの距離で視線が絡み合う。
(うわ……ちょっと何よこの色気……)
流石のセシルも思わずまじまじと見入ってしまうほど、フレデリックのアンニュイな眼差しはゾクゾクするほど色っぽかった。
「……なんだよ」
「……別に」
ぷいっと顔を背けて内心の動揺を誤魔化す。
そして体を反転させてフレデリックに背を向けた。
すると背後からフレデリックの泡を纏った手が伸びてきて、乳房や腹部を弄りはじめる。
「や、もう無理、できないから」
「馬鹿か、洗ってやるって言っただろ」
耳元で低く囁きながら、フレデリックの指先が凝りを揉みほぐすようにセシルの体を這い回る。
(あれ? 気持ちいい……かも?)
まったく他人への思いやりの欠片もない男なのに、マッサージが得意とは知らなかった。
思わずうっとりと目を閉じて、フレデリックの胸に背を預ける。
香りのいいシャボンで髪や体を思いのほか丁寧に洗われ、セシルは気持ちよさについウトウトしてしまう。
やがてフレデリックの手がセシルの乳房を大きく掴んで揉みしだき、先をピンと指で弾かれた瞬間ピクッと体が跳ねて我に返った。
「んっ……そんなヤラシイ触れ方、しなっ……やっ!」
首筋を甘く噛みながら、フレデリックはセシルの性感帯を攻めはじめる。
触れるか触れないかの絶妙なラインで乳首を撫で擦り、下肢に伸びた指が繊細なタッチでヌルヌルと秘芽を弄る。
「あっ、や、やめっ、て……お願っ……あぁっ!」
ビクビクっと痙攣しながらセシルはあっさりイかされてしまった。
フレデリックにもたれてぐったりと脱力し、息を荒げながらセシルはなんとか声を絞り出す。
「……普通に、洗えないわけ?」
「普通に洗ってるつもりなんだが……お前の身体がヤラシイだけだろ」
もはや体力も気力も奪われたセシルに口答えをする余裕などない。
もう好きにしろと言わんばかりにフレデリックに全体重を傾け、瞼を閉じる。
「ねえフレデリック」
「なんだよ」
「あなた、実は私の体好きでしょ」
そこでフレデリックは一瞬動きを止め、背後から包むようにセシルを抱きしめた。
「……忌々しいが認めてやる」
「素直に好きって言えないの? ホント面倒くさい人ね」
「お互い様だろ」
「まあ……ひとつだけでも好きになれるところが見つかって良かったわね」
「……なんだよそれ」
これは昨夜酔ったフレデリックが言った言葉だが、やはり今の彼は覚えていないようだ。
またフレデリックを酔わせれば、あの彼が見られるのだろうか。
「ねえ、今も私と結婚する意思に変わりはないの?」
「ない」
迷いのない即答を意外に思いつつ、セシルは首だけ振り返ってフレデリックを見上げた。
「もし私が同意すると言っても?」
「……どういう心境の変化か知らないが、どうせ何か魂胆があるんだろ」
「ええ、もちろん。結婚をするのなら、私は完璧な妻を演じてみせるわ。その代わりチェスター家の権威を存分に利用させてほしいの」
「へえ……」
フレデリックはセシルの顎を掴み、クイッと上向かせた。
「お前がそんなものを欲しがるとは意外だな」
セシルはニッと口角を上げる。
「あなたが翻意したから、私も方向転換せざるを得ないのよ。でも決してチェスター家に仇なすことはしないと誓うわ。既に返しきれないほどの恩があるもの」
「ゾフィー・チェスターに、だろ」
皮肉たっぷりなフレデリックの声音を怪訝に思いながら、セシルはつと眉根を寄せた。
「恩を返す対象にはあなただって当然含まれてる。だから婚姻するにせよ別れるにせよ、私はあなたの意思を尊重するつもりよ」
「恩返しという割にはちゃっかり見返りも求めるんだな」
「フレデリック、私達は水と油で相入れない存在よ。それでも結婚するというのなら、取り引きにしたほうがしっくりくるの。あなたは? この結婚で私に求めるものはないの?」
淡々と事務的に話を進めるセシルが気に障ったのか、フレデリックは不快げに眉根を寄せた。
「……決して俺を拒むな」
「それは……どういう意味で?」
「唯一好きになれそうなお前の体を求めた時だ」
「……分かった……でもフレデリック、私は結婚してもあなたに貞節を求めたりしないし、これまでのように好きにして構わないわ」
「……それはお前も好きにするという意味か?」
フレデリックの言葉に、セシルは心外だとばかりに唇を尖らせる。
「あのね、私は修道女になってもいいとすら思うくらい恋愛に興味がないの。あなた一人で手一杯よ」
「はっ……」
そこで何故かフレデリックは笑い出し、セシルの肩口に額を押し当て背後から体を抱きしめた。
「……俺はお前と違って狭量だからな、お前が不貞をはたらいたら殺すかもしれないぞ?」
「構わないわ、あとで契約書を作りましょう。あ、ちゃんとあなたの自由恋愛は保証するから安心してね」
「それは残念だな、嫉妬に狂うお前が見られたらさぞ傑作だったろうに」
「私があなたに嫉妬? 笑えない冗談ね」
そこでそろそろのぼせそうな気配を感じたセシルは、フレデリックの腕から逃れて立ちあがろうとした。
しかしフレデリックはそれを阻止するよう更に深く抱きすくめる。
「フレデリック、離して。私そろそろ上がりたいの」
「……仕方ないな」
フレデリックは面倒くさそうに溜め息をつくと、セシルを抱いたまま立ち上がった。
「え!? ちょっと危ないじゃない、下ろしてよ」
「心配するな、ちゃんと体も髪も拭いてベッドまで運んでやるから」
「じ、冗談やめてよ」
「……いいから、じっとしてろ」
わざと吐息を吹き込むように耳元で囁かれ、ビクッと背筋が震えた。
「やっ、自分で出来るってば」
ジタバタと暴れるセシルをバスタオルで包み、フレデリックはわざとらしいくらいキラッキラの貴公子スマイルを浮かべる。
(なによこの顔……嫌な予感しかしないわ)
なんとか逃げ出したいのに、疲労やらのぼせやらで体に力が入らない。
「お願い下ろして、部屋に帰りたいわ」
セシルの懇願など華麗に無視し、フレデリックはベッドまでセシルを運んで横たえた。
そして逃すまいとするかのように上から両肩を押さえつけ、ぐっと顔を寄せる。
「……なによ」
「さっき……なんで俺を拒まなかった」
「え……」
セシルはすぐに何のことか思い当たり、少し後ろめたさを感じて目を伏せる。
「……別に、他意なんて……」
「あったんだろ? 言うまでここから出してやらないからな」
唇に嗜虐的な笑みを刻みながら、フレデリックはセシルの腿をゆっくりとなぞり上げた。
「んっやあっ……! 分かった、やめ……っ! 言うからやめてっ!」
セシルの涙混じりの懇願に、フレデリックは手の動きを止め、ジッとセシルの瞳を見下ろした。
「……私が積極的に応じてみたら、あなたがどんな反応をするかって……純粋な興味だったのよ」
「へえ……それで感想は?」
そこでセシルはぐっと眉間に皺を寄せ、恨めしげにフレデリックを見上げた。
「天邪鬼って言ってたくせに……あんなのは詐欺よ」
「萎えて背を向けるとでも思ったか?」
「そうよ……でも逆じゃない、とても立っていられなくて部屋まで戻れなかったんだから……いくら嫌いでももう少し手加減してよね……」
ぶつぶつ文句を零しながら、セシルはぶすっと不機嫌になる。
そんなセシルの膨れっ面を見て、フレデリックはくくっと笑い出した。
「……なにがおかしいの?」
「猫かぶってた時はそんな不細工な顔、絶対見せなかったくせに」
「不細工って……素の私はこんな女なの、ご愁傷様でした」
ぷいっと顔を背けると、首筋にちゅっと口付けられた。
「やっ待って、今日はホント無理……あっ!」
言ってる側からフレデリックは乳首に舌を絡め、れろれろと舐りながらちうっと吸った。
それだけで脳がじんと甘く痺れ、まるで条件反射のように腕がフレデリックの頭を抱きしめる。
「……拒むなら、ちゃんと拒めよ」
フレデリックはそんなセシルを見上げ、嘲笑いながら交互に乳首を舐めしゃぶった。
「あっ、はっ……」
悔しいけど気持ちいい。
疲労困憊しているはずなのに、まるで媚薬のようにじわじわと快楽が体を冒しはじめる。
「んんっ……拒んでも受け入れても、やめてくれないくせに……」
「お前の体だけは好きなんだから仕方ないよな」
乳首の根を甘噛みされ、同時に秘所を優しく擦り上げられ、ひくひくっと全身が震えた。
本当にフレデリックはセシルの体だけは好きらしい。
あんなに婚約破棄を望んでいたくせに翻意するくらいだ、相当だろう。
そこでふと、ラースが言っていた体の相性という言葉を思い出した。
相性がいいと離れられなくなる……フレデリックはまさにそんな状態なのかもしれない。
心は嫌っていても体だけは求めてしまう――なんて自分たちに相応しい歪な関係なのだろう。
その時不意に、酔ったフレデリックに感じた不可思議な感情の揺らぎを思い出し、きゅんと胸を疼かせる切なさがセシルを酷く惨めにさせた。
たとえセシルがどんな思いを抱こうが、フレデリックがセシルを嫌い憎んでいることに変わりはないというのに。
それが何故か無性に悔しい……悔しすぎて涙が込み上げる。
「いやっ……あなたなんて嫌い、大っ嫌いよ……っ!」
そう告げた刹那、強すぎる快感の波がセシルを飲み込み、意識ごと奪い去っていった――
見慣れない景色に一瞬戸惑いながらも、すぐにここはフレデリックの部屋だったと思い出す。
(フレデリックは……)
部屋を見回してみたがフレデリックの姿はどこにもなかった。
(使用人達が来る前に部屋に戻ってお風呂に入りたいわね)
そう思って起き上がるも、体の節々が痛んで思わず「うっ」と呻いてうずくまる。
それもそのはず、昨夜のフレデリックの激しさはこれまでの比ではなかったように思う。
(どうなってるの?)
セシルは昨夜敢えて好意的に接し、積極的に情事に応じてみたのだ。
酔ったフレデリックとの約束でもあったけれど、いつもと違う行動を示したら、フレデリックがどんな反応をするのか興味があったからだ。
フレデリックはそんなセシルの様子にはじめ面食らっていたようで、何を考えているのか透けて見えそうなほど隙だらけになっていた。
そんな彼の珍しい姿を見るのは非常に痛快だったのだが――
「もう……何回やったのよ……」
痛む腰を摩りながら、セシルはぎゅっと眉間に皺を寄せる。
その後の結果は予想の遥か斜め上だった。
セシルが自ら口付けた瞬間、明らかにフレデリックの目の色が変わり、凶暴さが増して大変なことになったのだ。
なんというかいつもの嫌味なほどの余裕がなくなり、まるで理性を失った獣そのものだった。
体も……見える範囲だけでも歯形と鬱血痕だらけでとんでもないことになっている。特に乳房がひどい。
せっかく治りかけていたのに……
ガッカリしながら大きな溜め息をつき、セシルは床に落ちているガウンを拾い上げて羽織った。
そして体力的にとても部屋まで戻ることはできないと諦め、ここの浴室を借りることにした。
ひとまずお湯を溜めなければと、よろめきながら浴槽へと向かい扉を開く。
「え……」
しかし、なんとそこにはフレデリックがいたのだ。
バスダブから腕をだらしなく投げ出し湯に浸かっているのだが、そこはかとなく漂う色香におかしなことを口走りそうになり、セシルは慌てて口を手で塞いだ。
「ご、ごめんなさい、あなたがいるって知らなかったの、本当よ」
「……来いよ」
フレデリックはゆっくりと目を開き、流し目にセシルを見た。その眼差しが妙に艶めいて見え、不覚にもドキリとする。
「風呂、入りに来たんだろ」
「そうだけど……」
「今更恥ずかしがることでもないだろ、洗ってやるよ」
「なっ……自分でするから結構よ」
「セシル」
踵を返しかけたセシルに向かい、フレデリックが手を差し伸べる。
「使用人に見られたくないんだろ?」
痛いところをつかれたセシルはぐっと言葉に詰まり、はあっと諦めの溜め息を漏らした。
「……そもそもあなたが元凶じゃない……どいて譲ってくれればいいのに」
「俺は生憎長風呂なんだ」
「……知りたくもない情報をありがとう」
嫌味なほどの淑女スマイルを浮かべながら、セシルは躊躇いもせずガウンを脱いでバスダブに足を入れた。
「ちょっと、空けてよ」
「必要ないだろ」
そうしれっと告げるなりフレデリックはセシルの手首を掴んでぐいっと強引に引いた。
「あっ!」
重心が狂ったセシルは、フレデリックの体の上に折り重なるように倒れ込む。
「ちょっ……危ないじゃない」
ムッとしながら顔を上げると、鼻先が触れそうなほどの距離で視線が絡み合う。
(うわ……ちょっと何よこの色気……)
流石のセシルも思わずまじまじと見入ってしまうほど、フレデリックのアンニュイな眼差しはゾクゾクするほど色っぽかった。
「……なんだよ」
「……別に」
ぷいっと顔を背けて内心の動揺を誤魔化す。
そして体を反転させてフレデリックに背を向けた。
すると背後からフレデリックの泡を纏った手が伸びてきて、乳房や腹部を弄りはじめる。
「や、もう無理、できないから」
「馬鹿か、洗ってやるって言っただろ」
耳元で低く囁きながら、フレデリックの指先が凝りを揉みほぐすようにセシルの体を這い回る。
(あれ? 気持ちいい……かも?)
まったく他人への思いやりの欠片もない男なのに、マッサージが得意とは知らなかった。
思わずうっとりと目を閉じて、フレデリックの胸に背を預ける。
香りのいいシャボンで髪や体を思いのほか丁寧に洗われ、セシルは気持ちよさについウトウトしてしまう。
やがてフレデリックの手がセシルの乳房を大きく掴んで揉みしだき、先をピンと指で弾かれた瞬間ピクッと体が跳ねて我に返った。
「んっ……そんなヤラシイ触れ方、しなっ……やっ!」
首筋を甘く噛みながら、フレデリックはセシルの性感帯を攻めはじめる。
触れるか触れないかの絶妙なラインで乳首を撫で擦り、下肢に伸びた指が繊細なタッチでヌルヌルと秘芽を弄る。
「あっ、や、やめっ、て……お願っ……あぁっ!」
ビクビクっと痙攣しながらセシルはあっさりイかされてしまった。
フレデリックにもたれてぐったりと脱力し、息を荒げながらセシルはなんとか声を絞り出す。
「……普通に、洗えないわけ?」
「普通に洗ってるつもりなんだが……お前の身体がヤラシイだけだろ」
もはや体力も気力も奪われたセシルに口答えをする余裕などない。
もう好きにしろと言わんばかりにフレデリックに全体重を傾け、瞼を閉じる。
「ねえフレデリック」
「なんだよ」
「あなた、実は私の体好きでしょ」
そこでフレデリックは一瞬動きを止め、背後から包むようにセシルを抱きしめた。
「……忌々しいが認めてやる」
「素直に好きって言えないの? ホント面倒くさい人ね」
「お互い様だろ」
「まあ……ひとつだけでも好きになれるところが見つかって良かったわね」
「……なんだよそれ」
これは昨夜酔ったフレデリックが言った言葉だが、やはり今の彼は覚えていないようだ。
またフレデリックを酔わせれば、あの彼が見られるのだろうか。
「ねえ、今も私と結婚する意思に変わりはないの?」
「ない」
迷いのない即答を意外に思いつつ、セシルは首だけ振り返ってフレデリックを見上げた。
「もし私が同意すると言っても?」
「……どういう心境の変化か知らないが、どうせ何か魂胆があるんだろ」
「ええ、もちろん。結婚をするのなら、私は完璧な妻を演じてみせるわ。その代わりチェスター家の権威を存分に利用させてほしいの」
「へえ……」
フレデリックはセシルの顎を掴み、クイッと上向かせた。
「お前がそんなものを欲しがるとは意外だな」
セシルはニッと口角を上げる。
「あなたが翻意したから、私も方向転換せざるを得ないのよ。でも決してチェスター家に仇なすことはしないと誓うわ。既に返しきれないほどの恩があるもの」
「ゾフィー・チェスターに、だろ」
皮肉たっぷりなフレデリックの声音を怪訝に思いながら、セシルはつと眉根を寄せた。
「恩を返す対象にはあなただって当然含まれてる。だから婚姻するにせよ別れるにせよ、私はあなたの意思を尊重するつもりよ」
「恩返しという割にはちゃっかり見返りも求めるんだな」
「フレデリック、私達は水と油で相入れない存在よ。それでも結婚するというのなら、取り引きにしたほうがしっくりくるの。あなたは? この結婚で私に求めるものはないの?」
淡々と事務的に話を進めるセシルが気に障ったのか、フレデリックは不快げに眉根を寄せた。
「……決して俺を拒むな」
「それは……どういう意味で?」
「唯一好きになれそうなお前の体を求めた時だ」
「……分かった……でもフレデリック、私は結婚してもあなたに貞節を求めたりしないし、これまでのように好きにして構わないわ」
「……それはお前も好きにするという意味か?」
フレデリックの言葉に、セシルは心外だとばかりに唇を尖らせる。
「あのね、私は修道女になってもいいとすら思うくらい恋愛に興味がないの。あなた一人で手一杯よ」
「はっ……」
そこで何故かフレデリックは笑い出し、セシルの肩口に額を押し当て背後から体を抱きしめた。
「……俺はお前と違って狭量だからな、お前が不貞をはたらいたら殺すかもしれないぞ?」
「構わないわ、あとで契約書を作りましょう。あ、ちゃんとあなたの自由恋愛は保証するから安心してね」
「それは残念だな、嫉妬に狂うお前が見られたらさぞ傑作だったろうに」
「私があなたに嫉妬? 笑えない冗談ね」
そこでそろそろのぼせそうな気配を感じたセシルは、フレデリックの腕から逃れて立ちあがろうとした。
しかしフレデリックはそれを阻止するよう更に深く抱きすくめる。
「フレデリック、離して。私そろそろ上がりたいの」
「……仕方ないな」
フレデリックは面倒くさそうに溜め息をつくと、セシルを抱いたまま立ち上がった。
「え!? ちょっと危ないじゃない、下ろしてよ」
「心配するな、ちゃんと体も髪も拭いてベッドまで運んでやるから」
「じ、冗談やめてよ」
「……いいから、じっとしてろ」
わざと吐息を吹き込むように耳元で囁かれ、ビクッと背筋が震えた。
「やっ、自分で出来るってば」
ジタバタと暴れるセシルをバスタオルで包み、フレデリックはわざとらしいくらいキラッキラの貴公子スマイルを浮かべる。
(なによこの顔……嫌な予感しかしないわ)
なんとか逃げ出したいのに、疲労やらのぼせやらで体に力が入らない。
「お願い下ろして、部屋に帰りたいわ」
セシルの懇願など華麗に無視し、フレデリックはベッドまでセシルを運んで横たえた。
そして逃すまいとするかのように上から両肩を押さえつけ、ぐっと顔を寄せる。
「……なによ」
「さっき……なんで俺を拒まなかった」
「え……」
セシルはすぐに何のことか思い当たり、少し後ろめたさを感じて目を伏せる。
「……別に、他意なんて……」
「あったんだろ? 言うまでここから出してやらないからな」
唇に嗜虐的な笑みを刻みながら、フレデリックはセシルの腿をゆっくりとなぞり上げた。
「んっやあっ……! 分かった、やめ……っ! 言うからやめてっ!」
セシルの涙混じりの懇願に、フレデリックは手の動きを止め、ジッとセシルの瞳を見下ろした。
「……私が積極的に応じてみたら、あなたがどんな反応をするかって……純粋な興味だったのよ」
「へえ……それで感想は?」
そこでセシルはぐっと眉間に皺を寄せ、恨めしげにフレデリックを見上げた。
「天邪鬼って言ってたくせに……あんなのは詐欺よ」
「萎えて背を向けるとでも思ったか?」
「そうよ……でも逆じゃない、とても立っていられなくて部屋まで戻れなかったんだから……いくら嫌いでももう少し手加減してよね……」
ぶつぶつ文句を零しながら、セシルはぶすっと不機嫌になる。
そんなセシルの膨れっ面を見て、フレデリックはくくっと笑い出した。
「……なにがおかしいの?」
「猫かぶってた時はそんな不細工な顔、絶対見せなかったくせに」
「不細工って……素の私はこんな女なの、ご愁傷様でした」
ぷいっと顔を背けると、首筋にちゅっと口付けられた。
「やっ待って、今日はホント無理……あっ!」
言ってる側からフレデリックは乳首に舌を絡め、れろれろと舐りながらちうっと吸った。
それだけで脳がじんと甘く痺れ、まるで条件反射のように腕がフレデリックの頭を抱きしめる。
「……拒むなら、ちゃんと拒めよ」
フレデリックはそんなセシルを見上げ、嘲笑いながら交互に乳首を舐めしゃぶった。
「あっ、はっ……」
悔しいけど気持ちいい。
疲労困憊しているはずなのに、まるで媚薬のようにじわじわと快楽が体を冒しはじめる。
「んんっ……拒んでも受け入れても、やめてくれないくせに……」
「お前の体だけは好きなんだから仕方ないよな」
乳首の根を甘噛みされ、同時に秘所を優しく擦り上げられ、ひくひくっと全身が震えた。
本当にフレデリックはセシルの体だけは好きらしい。
あんなに婚約破棄を望んでいたくせに翻意するくらいだ、相当だろう。
そこでふと、ラースが言っていた体の相性という言葉を思い出した。
相性がいいと離れられなくなる……フレデリックはまさにそんな状態なのかもしれない。
心は嫌っていても体だけは求めてしまう――なんて自分たちに相応しい歪な関係なのだろう。
その時不意に、酔ったフレデリックに感じた不可思議な感情の揺らぎを思い出し、きゅんと胸を疼かせる切なさがセシルを酷く惨めにさせた。
たとえセシルがどんな思いを抱こうが、フレデリックがセシルを嫌い憎んでいることに変わりはないというのに。
それが何故か無性に悔しい……悔しすぎて涙が込み上げる。
「いやっ……あなたなんて嫌い、大っ嫌いよ……っ!」
そう告げた刹那、強すぎる快感の波がセシルを飲み込み、意識ごと奪い去っていった――
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王命と書かれた内容は、王太子の婚約者だった公爵令嬢を娶れといった内容だった。
書簡を届けた使者は、公爵令嬢がいかに非道だったかを語る。
一人の男爵令嬢に対して執拗な嫌がらせを続けていたらしい。
あまりにも品も知性もないと、王太子は婚約を解消したという。
辺境伯相手ならそんな悪女も好き勝手はできないだろう。
悪女と言われた令嬢の行き着く先がこの辺境。
悪党顔の悪魔とも言われる領主の元に追いやられた。
※初対面えろ
※番外を一つあげるかな?
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