2 / 10
2
しおりを挟む「婚約が決まった。侯爵家のアルサルイス・ラカトゥシュだ。サヴァスティンカ、今度、挨拶に来られるから、そのつもりでいなさい」
「……」
「どうした?」
娘が、すぐに返事をしないことに父が不思議そうに娘を見た。サヴァスティンカが、それに答える前に割って入ってきたのは……。
「サヴァスティンカ!? 待ってください。婚約したのは、セザリナでは?」
「は? なぜ、セザリナが婚約するんだ?」
メテリア伯爵は心底わからない顔をした。それに後妻は、えっ?という顔をして怯んだ。どうやら、色々とまずいことをしたのは自覚していたようだ。
「なぜって、それは……」
「セザリナの婚約に関しては、義父が請け負うと言っていた。私は、関与しない」
「あ、あら、父が、そんなことを?」
「あぁ、お前に知らせたと言っていたが? まさか、知らないのか?」
「っ、!?」
それを聞いて、義母は目を泳がせた。義母は実家との仲がいまいちだったりする。特に彼女の実父は厳しい方で、実の孫のセザリナよりも、なぜかサヴァスティンカの方を可愛がってくれているような方だ。
何をしても、しなくとも、義母と義妹は叱られてばかりいる。まぁ、叱られるようなことをしているからなのだが、叱られるようなことをしている自覚がないようだ。そんな厳しい環境で生活してきたはずなのにこうなったのだ。サヴァスティンカは不思議でならなかった。
だが、一番はこの義母の実父だろう。孫もそっくりになっていることに何を言っても無駄なことがあることを知ったとサヴァスティンカに言ったことがある。
その時の疲れ切った顔とそれでも、血の繋がらないが理想の義理の孫ができたことを喜んでいた。義祖父は、妻に先立たれていて、サヴァスティンカの父と同じく苦労して娘を育てたことはサヴァスティンカも知っていた。
そんな義祖父は、サヴァスティンカの亡くなった母を実の娘のように可愛がっていたそうだ。母も、血の繋がりがないのに懐いていたらしく、サヴァスティンカを見て懐かしそうにしながら、寂しそうによくしていた。
義母は、その間に何かを思い出したかというとそうは見えなかったが、こう言っていた。たぶん、知らせが来ているのを放置していたのだろう。差出人を見て、手紙を開けないのは前からだ。それを知ってるはずなのに手紙にしたのだ。そういうことだろう。
「そ、そう言えば、そうでしたわ」
「ちょっ、お母様!?」
義妹は、ただですら会うたび、怒られてばかりいるため、祖父を嫌っていた。そんな人が、婚約者を決めるのは、嫌だと言いたいはずだが、義母はここで騒がれたら困るとばかりに部屋から出て行った。これ以上、色々聞かれたりしても、答えにつまるだけだと思ったようだ。
それを父は見ていて眉を顰めた。それだけでは、何があったかがわからなかったのだろう。
「サヴァスティンカ。何があった?」
「いつもの勘違いです。どこぞで、何か言われて来たようです」
「またか。出かけると色々言われるだけだから、出なくていいと言っているというのに。そもそも呼んでいるのは、馬鹿にしている連中だと言うのに未だに気づかないままのようだな」
「……」
呼ばれているのは、自分だと思っているのだから仕方がない。
お茶会で、婚約の話を聞いたのか。もしくは、面白がって婚約の話をふられたのだろう。それを自分の娘の方だと勘違いしたに違いない。あちらは、誰とは言わずに勘違いするのを楽しんでいるのだから、たちが悪いでは済まされないが、父が止めきれないということは、爵位が上の方がしているのだろう。
お茶会への出席を控えるように言っても、この家の女主人は自分だとばかりに出て行くのだから困ってしまう。しかも、あの格好で、笑いのネタを提供しに行っているようなものだが、本人はファションリーダーと思っているようだ。
そんな人たちのことよりも、サヴァスティンカは父に確認するため話を戻すことにした。
「それより、ご挨拶に伺うのではないのですね」
「あぁ、婿入りするから、こちらに来るそうだ」
それを聞いて、サヴァスティンカはうきうきしているラカトゥシュ侯爵夫人の顔が思い浮かんだが、それは脇に追いやり別のことを口にした。
「……ラカトゥシュ侯爵家というとご兄弟が多かったですよね?」
「あぁ、そうらしいな。3男だ。他も聞いたが、あー、名前をど忘れした。5人兄弟とかで、すらすらと名前を言われて、ごちゃまぜになった」
「5人でしたか」
それを聞いて苦笑してしまった。婿入り先を探すのも一苦労だろうが、そう多くはないはずだ。そうなると養子にしてもらって家を継ぐとかになるか、余程出なければ難しいだろう。
「あちらは、女の子がほしかったようだ」
「……性別はともかく、それだけ大勢いると賑やかでしょうね」
「どうだろうな。我が家は、こんな感じで賑やかすぎると思うが」
「……」
父の言葉にサヴァスティンカは苦笑していた。
サヴァスティンカは、兄弟がそれなりにいることは知っていた。ラカトゥシュ侯爵夫人に会うたび、息子の嫁にとあれこれ言われるのだ。忘れられるわけがない。
義理の娘でも、娘ができるなら、サヴァスティンカのような令嬢がいいと思われていたようだ。ありがたいと思うところなのだろう。でも、そのしつこさにサヴァスティンカはちょっと腰が引けていた。婿入りしてもらうとはいえ、あの人と一生付き合っていくことが、現実になりそうになったのだ。前までは、そうなったら考えようと思っていたが、もっとよく考えなくてはならなくなったようだ。
何かとアポなしで、メテリア伯爵家に来そうな未来が訪れそうだ。サヴァスティンカは、それにげんなりしてしまったが、顔には出さなかった。父が気にしてしまう。
「ラカトゥシュ侯爵家の夫人は、お前のことをとにかく気に入っているらしくてな。長男が一番だが、婿入りさせるしかないなら仕方がないと3男にしたようだ」
「ラカトゥシュ侯爵夫人には会うたび、ご子息のことを教えてくださいます。一番上の方の話題が多いですが」
更に会ったことがある。あの方は、実母がどんな人かよくわかっていて、謝られたのだ。迷惑をかけていないわけがないという口振りで、サヴァスティンカは話すのがとても楽しかった。こういう兄がいたらと思うほどだった。
あの方がいれば、暴走も止めてくれるかも知れないが、サヴァスティンカは自分でとうにかしなければいけなくなることに浮かれてなどいられなかった。
そんな娘の心中など気づかずに父は……。
「自慢なのだろう。私も、お前のことをついつい自慢してしまうからな」
「……お父様。あまり他所ではなさらないで。あちらに聞かれたら、また大変です」
「ん? あぁ、そうか。そうだな」
「……」
あちらとは、父の再婚相手のその連れ子だ。何かとサヴァスティンカと張り合おうとして迷惑していた。張り合えるレベルではないことすら、義妹は気づいていない。義母もそうだ。そのため、この2人にわかりやすく話すのは忍耐力が試されるが、義母の実父が長年してきて駄目だったのだ。
今更、サヴァスティンカに何かできることがあるのかと思ってしまっているが、それでもはじめが肝心だと思って、色々やった。そこまで頑張っても、何一つ通じないくらい酷いのだ。
そんな人たちなのだが、父は再婚相手に選んだのだ。
「お父様。なぜ、再婚なさったの?」
「気になるか?」
父を見て、サヴァスティンカは視線を逸らした。いつも、はぐらかされるため、この日は……。
「お父様のお好みが、よくわからないわ」
「っ、いや、私の好みではないぞ。お前の母に頼まれたんだ」
「え? お母様に……?」
「あ、いや、うん。仕事があるから、部屋に戻る」
まさか、亡くなった母が父に頼んでいた事とは思わなかったので、サヴァスティンカは物凄く驚いてしまった。
全部を話して聞かせてくれる気はないようだ。サヴァスティンカは、新しい情報が手に入ったが益々混乱してしまった。
1,106
あなたにおすすめの小説
(完)イケメン侯爵嫡男様は、妹と間違えて私に告白したらしいー婚約解消ですか?嬉しいです!
青空一夏
恋愛
私は学園でも女生徒に憧れられているアール・シュトン候爵嫡男様に告白されました。
図書館でいきなり『愛している』と言われた私ですが、妹と勘違いされたようです?
全5話。ゆるふわ。
デートリヒは白い結婚をする
ありがとうございました。さようなら
恋愛
デートリヒには婚約者がいる。
関係は最悪で「噂」によると恋人がいるらしい。
式が間近に迫ってくると、婚約者はデートリヒにこう言った。
「デートリヒ、お前とは白い結婚をする」
デートリヒは、微かな胸の痛みを見て見ぬふりをしてこう返した。
「望むところよ」
式当日、とんでもないことが起こった。
【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです
山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。
それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。
私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。
隣国の王子に求愛されているところへ実妹と自称婚約者が現れて茶番が始まりました
歌龍吟伶
恋愛
伯爵令嬢リアラは、国王主催のパーティーに参加していた。
招かれていた隣国の王子に求愛され戸惑っていると、実妹と侯爵令息が純白の衣装に身を包み現れ「リアラ!お前との婚約を破棄してルリナと結婚する!」「残念でしたわねお姉様!」と言い出したのだ。
国王含めて唖然とする会場で始まった茶番劇。
「…ええと、貴方と婚約した覚えがないのですが?」
幼馴染と夫の衝撃告白に号泣「僕たちは愛し合っている」王子兄弟の関係に私の入る隙間がない!
ぱんだ
恋愛
「僕たちは愛し合っているんだ!」
突然、夫に言われた。アメリアは第一子を出産したばかりなのに……。
アメリア公爵令嬢はレオナルド王太子と結婚して、アメリアは王太子妃になった。
アメリアの幼馴染のウィリアム。アメリアの夫はレオナルド。二人は兄弟王子。
二人は、仲が良い兄弟だと思っていたけど予想以上だった。二人の親密さに、私は入る隙間がなさそうだと思っていたら本当になかったなんて……。
番を辞めますさようなら
京佳
恋愛
番である婚約者に冷遇され続けた私は彼の裏切りを目撃した。心が壊れた私は彼の番で居続ける事を放棄した。私ではなく別の人と幸せになって下さい。さようなら…
愛されなかった番。後悔ざまぁ。すれ違いエンド。ゆるゆる設定。
※沢山のお気に入り&いいねをありがとうございます。感謝感謝♡
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
(完結)元お義姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれど・・・・・・(5話完結)
青空一夏
恋愛
私(エメリーン・リトラー侯爵令嬢)は義理のお姉様、マルガレータ様が大好きだった。彼女は4歳年上でお兄様とは同じ歳。二人はとても仲のいい夫婦だった。
けれどお兄様が病気であっけなく他界し、結婚期間わずか半年で子供もいなかったマルガレータ様は、実家ノット公爵家に戻られる。
マルガレータ様は実家に帰られる際、
「エメリーン、あなたを本当の妹のように思っているわ。この思いはずっと変わらない。あなたの幸せをずっと願っていましょう」と、おっしゃった。
信頼していたし、とても可愛がってくれた。私はマルガレータが本当に大好きだったの!!
でも、それは見事に裏切られて・・・・・・
ヒロインは、マルガレータ。シリアス。ざまぁはないかも。バッドエンド。バッドエンドはもやっとくる結末です。異世界ヨーロッパ風。現代的表現。ゆるふわ設定ご都合主義。時代考証ほとんどありません。
エメリーンの回も書いてダブルヒロインのはずでしたが、別作品として書いていきます。申し訳ありません。
元お姉様に麗しの王太子殿下を取られたけれどーエメリーン編に続きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる