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しおりを挟むその代わり、ラカトゥシュ侯爵は次男のオーレルにこう言った。
「何があっても、我が家を頼るな。頼る家はないと思え」
「頼ることなんてないですよ」
「「……」」
ラカトゥシュ侯爵夫妻は、オーレルがなぜふんぞり返っているのかがわからなかった。
「……ならいい。だが、きっちりそのことは書類にするからな」
「はぁ、そんなに息子が信じられませんか」
「全くな」
ラカトゥシュ侯爵は、言葉など当てにならないとして、書類にした。
オーレルは、こんな親を持って嘆かわしいとばかりにしていたが、それにイラッとしても何も言わなかった。ややこしくなるだけなのを知っているからだ。
更に3男のアルサルイスにも色々言っていたようだ。だが、他の家族はオーレルのことを前々から面倒なことしかしでかさないところがあり、何を考えているのかを追求するのも面倒に思っていた。
その辺はメテリア伯爵家のセザリナと非常によく似ていた。どちらがマシなのかは、まだわからない。
「はぁ、全く。上手くいかないものね。あの子が、義理の娘になるのを楽しみにしていたのに」
「は? 母さん、あんなのがいいの?」
「……あんなのですって?」
「っ、」
母に言ってはならないことを言ったとアルサルイスは瞬時に察したが、それがわかっても遅かった。気に入っている人を誰であろうとも馬鹿にされるのをラカトゥシュ侯爵夫人であり、この母はとにかく物凄く嫌うのだ。
そして、自分の知らないところで馬鹿にしたり、意地悪いことをしていることを知ると無性にやり返したくなって、同じように……いや、その何倍も馬鹿にしたくなるようだ。そんなこと頼んでもいなければ、してくれて喜ぶ者がいなくとも、やり返してすっきりしたがる性格をしていた。本人だけか、すっきりしているだけで、周りが巻き込まれてモヤモヤしているのは気にならないようだ。
「サヴァスティンカちゃんの何が気に入らなかったか知らないけれど、凄くいい子なのに」
思わずぼやいていたが、それを聞いてアルサルイスは首を傾げた。
「は? サヴァスティンカ?? 誰ですか、それ?」
「……」
アルサルイスが嘘をついているようには、どうしても見えない。ふと、母親は嫌な予感がした。
「……アルサルイス、メテリア伯爵家の誰に会ったの?」
「誰って、セザリナって常識ない令嬢ですけど?」
「……」
「思い出しただけでも、腹が立つ!」
母親は、信じられない顔をして息子を見た。それまで黙って聞いていた父親と長男のクリストフォルも、そうだ。この3男は、思いの外、びっくりするほど馬鹿だったようだ。
「お前、本当に信じられないくらい馬鹿だな」
「っ、なんだよ! 兄さんには、馬鹿に見えるかも知れないけど、あっちよりマシだろ!」
「いや、同じくらいだと思うぞ。お前が会ったのは、あの家の今の夫人の連れ子だ」
「え……?」
アルサルイスは、目を点にした。その話すら知らなかったようだ。クリストフォルは、これが婿入りしていたのかと思うと我が家の恥だったなと内心で思っていた。それは、父親も同じだった。
「サヴァスティンカ嬢は、私も会ったことがあるが、聡明な令嬢で、入学当初から特待生に入っているくらいだ。それに伯爵家の当主も、素晴らしい人だ。そこの婿入りになれたというのに本当に信じられないくらい馬鹿だな」
「っ!?」
アルサルイスは、自分がやらかしたことにようやく気づいたが、後の祭りだった。クリストフォルは、言葉にはしなかったが、こんなのが弟なのが恥ずかしくて仕方がなかった。オーレルのことでも頭が痛いのに3男もこれなのかと思うと他の弟たちが気がかりにもなっていた。
だが、そんなことをクリストフォルに思われているとも知らず、アルサルイスはそのことを知ってしばらく頭を抱えていたが、ふと気付いたように顔を上げた。
「あれ? でも、兄貴は跡取りになれるって言ってたけど……?」
「「「は?」」」
両親とクリストフォルは、アルサルイスの言葉に間抜けな声を出していた。
アルサルイスは、自分の聞き間違えかと首を傾げているが、聞き間違えたにしては、やたらと馬鹿にしていたから間違いではないかとブツブツと言っていた。
「アルサルイス」
「……何ですか?」
それまで、黙って聞いていた侯爵は、こう言った。
「その話は、ほっとけ」
「え? でも……」
「あいつは婚約する時に何があっても自分で、どうにかすると誓約している。思い通りの婚約をしたんだ。ほっとけ。お前が、考えることではない。お前たちもだ。この話は、しまいだ。いいな?」
「ですが」
「聞こえなかったか?」
「っ、いえ、わかりました」
ラカトゥシュ侯爵の言葉に妻である夫人は、震え上がった。もとはと言えば、このラカトゥシュ侯爵夫人がサヴァスティンカを義理の娘にしたいと頑張り、その義母と義妹を馬鹿にしていたせいでもある。ラカトゥシュ侯爵は、妻が爵位の低いところで開かれるお茶会にアレクサンドリーナを呼びつけさせて、笑いものにしていたのを知っていた。それもあり、こうして釘をさしているのだ。
それに気づいた夫人は、夫にこのことで激怒され、次に同じことをしたら離縁すると言われているのだ。そのため、顔色を悪くさせていたのを見て、クリストフォルだけが何があったかを察していた。
これで、母が大人しくなるなと思いつつ、サヴァスティンカのことが気になっていたが、自分が関わればさらに迷惑になるだろうと距離を置いたままにした。
アルサルイスは、父に言われるまま、深く考えることなくあっさりと考えるのをやめて、そして自分がやらかしたことを思い出して落ち込んでいた。
そんなアルサルイスを両親とクリストフォルは、ため息混じりに見て目配せしあったが、オーレルに勘違いしていると言うことはしなかった。
まぁ、そのうち気づくことになるだろうが、そうなっても何を言っても、もう元には戻らない。自分で、枷をつけたようなものだし、首を絞めているのも、オーレルとセザリナだ。2人が、それでどこまで納得しているかなんて、どうでもいい。迷惑な荷物がいらなくなるだけだ。
「そこまで、馬鹿だったとはな」
「そうですね。非常に残念ですね」
父がそんな話をするのを聞き、クリストフォルも残念な部分が、この母親から受け継がれているところも多々あるということは黙っていた。
この父のことだ。クリストフォルに言われずとも、気づいているはずだ。追い打ちはかけられなかった。
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