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東京ナイトスパロウ・17
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体がだるい。瞼が重い。
どうやってここまで歩いてきたのか、よく分からない。気付けば俺は、独りぼっちであても無く、夜の街を漂っていた。日付は既に変わっている。
「………」
街のイルミネーションが眩しいほどに光り輝いている。いつしか、目の前に広がる夜の街並みが見覚えのあるものになっていた。
「……あ」
ボーイズ・メイト・クラブ──BMC。
懐かしいビルの外看板が目に留まり、俺は吸い寄せられるようにしてその中へ入って行った。
「桃陽!」
「桃陽くん! 久し振り!」
黒服のスタッフ達。かつてのボーイ仲間達。驚きながらも、みんな嬉しそうに俺を見て笑っている。受け入れてもらえてるんだと分かり、心の中が温かくなった。
「た、ただいま。ちょっと暇だったから顔出しにきた」
「いいよいいよ、大歓迎。奥の席空いてるからゆっくりしてってよ。もちろんお代は結構」
俺は鼻を啜って、人目につきにくい奥のテーブル席へ腰を下ろした。
ボーイ達が、忙しそうにあちこち動き回っている。俺を見て手を振ってくれる子、軽く会釈してくれる子、まるっきり無視の子――新人のボーイだ。
「どうした、桃陽? 久し振りだな。元気だったか?」
「店長」
相変わらずのキザな外見。肩まで伸びた髪をかきあげ、店長が俺に冷たいブルーソーダを出してくれた。
「ありがとう、これ飲むのも久し振りだ」
グラスに口を寄せ、変わらない懐かしい味に安堵する。
「あっちの仕事はどうだ?」
「……結構難しい。まだ少ししかやってないけど、俺……」
「お前の自己紹介ムービー見たぞ。スタッフ全員でわざわざ金払ってダウンロードして、ついでに客にも宣伝しといた。結構売上大きかったんじゃねえの?」
からかうような口調で店長が言った。一番初めに撮影した、俺のオナニー動画。みんながあれを見たんだ。
「見られちゃったか。恥ずかしいな……」
前の俺なら、きっとそれだけでドキドキして興奮していた。けど、今はもう……。
「あのさ、最近はどう? 売上の具合」
空気を変えるために、俺はわざと明るく言った。
「そうだな……」
店長が煙草に火を点け、俺から僅かに視線を逸らす。
「先月よりも好調だ。今は光太がナンバーワンで、本人もかなり頑張ってくれてる」
「そうなんだ。光太が……かっこいいもんね」
俺をよく飲みに誘ってくれた同い年の後輩だ。結局シフトが合わなくて、一~二度くらいしか飲みに行けなかったけど。
「前の、俺の常連さん達は? 他店に移ったりしてない?」
「……ん。全員他店には移ってないな。光太や他のボーイの常連になってくれてるよ」
「へぇ……」
──桃陽が辞めたら、俺もこの店通うの辞めるよ。
涙ながらに俺に言っていた、可愛くて優しい俺の常連客達。彼らはもう、俺のことなんて忘れて他のお気に入りを見つけたのか。
「まぁ、光太もまだピーク時の桃陽には敵わねえけどな」
「光太に言っといてよ。俺なんてすぐに抜かせる。全盛期の俺なんて、通過点でしかないって」
「……ん。なんだ、ずいぶん謙虚になっちまったな」
店長の目の動きで分かる。きっともう、光太は全盛期の俺を軽く越えてるんだろう。だから店長はプライドの高い俺を傷付けないように、バレバレではあるけど真実を隠してくれている。
……俺はなんて馬鹿なんだ。
あわよくばまたこの店で働かせてもらおうなんて、ほんの数分前まで本気で考えていた。ナンバーワンだった俺なら、店長も喜んで迎え入れてくれるだろうって。復帰したらすぐにまたナンバーワンになれるだろうって。
そんな甘いことを考えていた。
「で、桃陽はそっちの仲間達と上手くいってるのか?」
「あ……」
だけどもう、ここに俺の居場所はない──。
「……う、うん。仕事は難しいけどみんな優しいし、バリバリ働いてるよ。俺、見込みあるって評判なんだ。もっと頑張らないと」
「そうか。安心したわ、お前なら大丈夫だ。うちの元ナンバーワンだからな」
元……。果てしなく遠い昔のことみたいだ。
「じゃあ、そろそろ帰る。明日も仕事だから……」
「夜道、気を付けろよ。送迎車で送ってやりてえが、今日はボーイの出入りが忙しくてな」
「大丈夫。また遊びにくるから」
ビルを出て、再び街をさまよう。寒くて仕方なくて、俺はかじかんだ両手をコートのポケットに入れて強く握りしめた。
赤くなった頬と鼻先が痛い。それと同時に、頭も。目の前がぼんやりしてきた。大通りに出てタクシーを拾い、シートに身を倒した途端、意識が遠のいてゆく感覚に陥った。
カラフルなイルミネーションの光が溶け合い、混ざってゆく。
楽しそうに笑う人達。これから行く場所も、人生にも目的があって、それに向かって進んでいる。笑い声。温かい料理。パーティー、会話、愛情。友達、恋人、家族。
「………」
俺、何も無い……。
どうやってここまで歩いてきたのか、よく分からない。気付けば俺は、独りぼっちであても無く、夜の街を漂っていた。日付は既に変わっている。
「………」
街のイルミネーションが眩しいほどに光り輝いている。いつしか、目の前に広がる夜の街並みが見覚えのあるものになっていた。
「……あ」
ボーイズ・メイト・クラブ──BMC。
懐かしいビルの外看板が目に留まり、俺は吸い寄せられるようにしてその中へ入って行った。
「桃陽!」
「桃陽くん! 久し振り!」
黒服のスタッフ達。かつてのボーイ仲間達。驚きながらも、みんな嬉しそうに俺を見て笑っている。受け入れてもらえてるんだと分かり、心の中が温かくなった。
「た、ただいま。ちょっと暇だったから顔出しにきた」
「いいよいいよ、大歓迎。奥の席空いてるからゆっくりしてってよ。もちろんお代は結構」
俺は鼻を啜って、人目につきにくい奥のテーブル席へ腰を下ろした。
ボーイ達が、忙しそうにあちこち動き回っている。俺を見て手を振ってくれる子、軽く会釈してくれる子、まるっきり無視の子――新人のボーイだ。
「どうした、桃陽? 久し振りだな。元気だったか?」
「店長」
相変わらずのキザな外見。肩まで伸びた髪をかきあげ、店長が俺に冷たいブルーソーダを出してくれた。
「ありがとう、これ飲むのも久し振りだ」
グラスに口を寄せ、変わらない懐かしい味に安堵する。
「あっちの仕事はどうだ?」
「……結構難しい。まだ少ししかやってないけど、俺……」
「お前の自己紹介ムービー見たぞ。スタッフ全員でわざわざ金払ってダウンロードして、ついでに客にも宣伝しといた。結構売上大きかったんじゃねえの?」
からかうような口調で店長が言った。一番初めに撮影した、俺のオナニー動画。みんながあれを見たんだ。
「見られちゃったか。恥ずかしいな……」
前の俺なら、きっとそれだけでドキドキして興奮していた。けど、今はもう……。
「あのさ、最近はどう? 売上の具合」
空気を変えるために、俺はわざと明るく言った。
「そうだな……」
店長が煙草に火を点け、俺から僅かに視線を逸らす。
「先月よりも好調だ。今は光太がナンバーワンで、本人もかなり頑張ってくれてる」
「そうなんだ。光太が……かっこいいもんね」
俺をよく飲みに誘ってくれた同い年の後輩だ。結局シフトが合わなくて、一~二度くらいしか飲みに行けなかったけど。
「前の、俺の常連さん達は? 他店に移ったりしてない?」
「……ん。全員他店には移ってないな。光太や他のボーイの常連になってくれてるよ」
「へぇ……」
──桃陽が辞めたら、俺もこの店通うの辞めるよ。
涙ながらに俺に言っていた、可愛くて優しい俺の常連客達。彼らはもう、俺のことなんて忘れて他のお気に入りを見つけたのか。
「まぁ、光太もまだピーク時の桃陽には敵わねえけどな」
「光太に言っといてよ。俺なんてすぐに抜かせる。全盛期の俺なんて、通過点でしかないって」
「……ん。なんだ、ずいぶん謙虚になっちまったな」
店長の目の動きで分かる。きっともう、光太は全盛期の俺を軽く越えてるんだろう。だから店長はプライドの高い俺を傷付けないように、バレバレではあるけど真実を隠してくれている。
……俺はなんて馬鹿なんだ。
あわよくばまたこの店で働かせてもらおうなんて、ほんの数分前まで本気で考えていた。ナンバーワンだった俺なら、店長も喜んで迎え入れてくれるだろうって。復帰したらすぐにまたナンバーワンになれるだろうって。
そんな甘いことを考えていた。
「で、桃陽はそっちの仲間達と上手くいってるのか?」
「あ……」
だけどもう、ここに俺の居場所はない──。
「……う、うん。仕事は難しいけどみんな優しいし、バリバリ働いてるよ。俺、見込みあるって評判なんだ。もっと頑張らないと」
「そうか。安心したわ、お前なら大丈夫だ。うちの元ナンバーワンだからな」
元……。果てしなく遠い昔のことみたいだ。
「じゃあ、そろそろ帰る。明日も仕事だから……」
「夜道、気を付けろよ。送迎車で送ってやりてえが、今日はボーイの出入りが忙しくてな」
「大丈夫。また遊びにくるから」
ビルを出て、再び街をさまよう。寒くて仕方なくて、俺はかじかんだ両手をコートのポケットに入れて強く握りしめた。
赤くなった頬と鼻先が痛い。それと同時に、頭も。目の前がぼんやりしてきた。大通りに出てタクシーを拾い、シートに身を倒した途端、意識が遠のいてゆく感覚に陥った。
カラフルなイルミネーションの光が溶け合い、混ざってゆく。
楽しそうに笑う人達。これから行く場所も、人生にも目的があって、それに向かって進んでいる。笑い声。温かい料理。パーティー、会話、愛情。友達、恋人、家族。
「………」
俺、何も無い……。
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