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2006: めぐりあい、新しい居場所
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「近間行人って、おまえ?」
明くる日、休み時間に大教室で友達とダベっていると、声をかけられた。
長身に広い肩幅、彫りの深い顔立ちには大学生らしからぬ迫力がある。大教室で何度か見かけたことがある同級生。
名前、なんだっけ。
「そう、だけど」
行人は曖昧に答えた。
目立つ分、悪い噂も多い生徒だった。父親が暴力団だとか、女遊びが派手だとか。
そんな男に声をかけられる覚えはない。
男の登場に、友人は顔色を変えて「俺、飲み物買ってくるわ」とそそくさと去っていく。裏切り者め。
「あー、そんな怖がんなって」
男は行人の隣に座ると、ポケットを漁った。
「これ、忘れもん」
差し出された濃紺の定期入れは、確かに行人のものだ。
「これ、俺の」
なんで君が。
「俺、藤森誠二。一哉の、あんたが昨日会った男の弟。兄貴がこれ見つけて、俺と同じ大学だろうから探して来いって頼まれた」
兄弟。
「全然似てない」
思わず口走ると、誠二は苦笑した。
「キャラ違うからな。ガキの頃はそっくりだったんだけど」
言われて、行人は誠二の顔を見つめた。
確かに、髪型や服装を除いて純粋に顔だけ見れば、目の形や口元が似ているかもしれない。
口元。
昨日、この唇とよく似た唇と、キスをした。
行人は思わず自分の唇に触れた。
「どした? なんか顔赤いぞ」
「…なんでもない。定期入れ、ありがとう。助かった」
「どういたしまして。兄貴の奴、上智の2年としか言わないから、探すの時間かかったわ。学生何人いると思ってんだ」
誠二はぶつぶつと不平を漏らした後、行人に向き直った。
「でさ、おまえ、今夜時間ある?」
誠二からの誘いは、懐古堂で3人でメシを食おうと(一哉が言っている)というもので、その夜は3人でカレー鍋をつついて盛り上がった。
大学と寮とバイト先の往復だった行人の生活は、それ以来一変した。
大学帰りに懐古堂の通販業務を手伝い、藤森家で夕食をご馳走になり。行人は一哉と、そして意外なことに誠二とも妙に気が合い、休日に3人で出かけることさえあった。
一目惚れだという一哉の優しくも情熱的な求愛に行人はすぐに絆され、行人の方も一哉を愛するようになり、藤森家の店舗兼住宅の一室に間借りするようになるまで、一月もかからなかった。
木製の古い階段はひんやりと冷たく、踏む度にぎっと古風な音がする。
古い家屋が奏でる軋みに、行人は金沢の実家を思い出す。居心地の悪い街の、居心地の良い家。
2階の台所に降りると、味噌汁の匂いが鼻孔をくすぐった。
「おはよう」
気配に気づいたのか、コンロの前に立つ一哉が振り向いた。
「はよ」
行人は流しの蛇口を捻り、眼鏡を外して、冷たい水で顔を洗う。
「洗面台あるのに」
「同じ水だろ」
呆れる一哉にそう返した。付き合い始めてから、敬語はやめた。
「チカ、案外行儀悪いね」
一哉が戸棚からフェイスタオルを取り出して渡してくれる。行人がいつも流しで洗顔するので、藤森家の台所にはタオルが常備してある。
「ありがと」
一哉は濡れて張り付いた行人の髪を撫で、声を潜めた。
「身体、平気?」
いつもより激しかった昨夜の情事を思い出し、冷えた顔が瞬時に熱くなる。
「……そういうこと、聞かないでよ」
「ごめんごめん。誠二が泊まりっていうから、つい調子乗っちゃった」
一哉はへらりと笑う。
眉を下げて笑ったその顔が、好きだ。
明くる日、休み時間に大教室で友達とダベっていると、声をかけられた。
長身に広い肩幅、彫りの深い顔立ちには大学生らしからぬ迫力がある。大教室で何度か見かけたことがある同級生。
名前、なんだっけ。
「そう、だけど」
行人は曖昧に答えた。
目立つ分、悪い噂も多い生徒だった。父親が暴力団だとか、女遊びが派手だとか。
そんな男に声をかけられる覚えはない。
男の登場に、友人は顔色を変えて「俺、飲み物買ってくるわ」とそそくさと去っていく。裏切り者め。
「あー、そんな怖がんなって」
男は行人の隣に座ると、ポケットを漁った。
「これ、忘れもん」
差し出された濃紺の定期入れは、確かに行人のものだ。
「これ、俺の」
なんで君が。
「俺、藤森誠二。一哉の、あんたが昨日会った男の弟。兄貴がこれ見つけて、俺と同じ大学だろうから探して来いって頼まれた」
兄弟。
「全然似てない」
思わず口走ると、誠二は苦笑した。
「キャラ違うからな。ガキの頃はそっくりだったんだけど」
言われて、行人は誠二の顔を見つめた。
確かに、髪型や服装を除いて純粋に顔だけ見れば、目の形や口元が似ているかもしれない。
口元。
昨日、この唇とよく似た唇と、キスをした。
行人は思わず自分の唇に触れた。
「どした? なんか顔赤いぞ」
「…なんでもない。定期入れ、ありがとう。助かった」
「どういたしまして。兄貴の奴、上智の2年としか言わないから、探すの時間かかったわ。学生何人いると思ってんだ」
誠二はぶつぶつと不平を漏らした後、行人に向き直った。
「でさ、おまえ、今夜時間ある?」
誠二からの誘いは、懐古堂で3人でメシを食おうと(一哉が言っている)というもので、その夜は3人でカレー鍋をつついて盛り上がった。
大学と寮とバイト先の往復だった行人の生活は、それ以来一変した。
大学帰りに懐古堂の通販業務を手伝い、藤森家で夕食をご馳走になり。行人は一哉と、そして意外なことに誠二とも妙に気が合い、休日に3人で出かけることさえあった。
一目惚れだという一哉の優しくも情熱的な求愛に行人はすぐに絆され、行人の方も一哉を愛するようになり、藤森家の店舗兼住宅の一室に間借りするようになるまで、一月もかからなかった。
木製の古い階段はひんやりと冷たく、踏む度にぎっと古風な音がする。
古い家屋が奏でる軋みに、行人は金沢の実家を思い出す。居心地の悪い街の、居心地の良い家。
2階の台所に降りると、味噌汁の匂いが鼻孔をくすぐった。
「おはよう」
気配に気づいたのか、コンロの前に立つ一哉が振り向いた。
「はよ」
行人は流しの蛇口を捻り、眼鏡を外して、冷たい水で顔を洗う。
「洗面台あるのに」
「同じ水だろ」
呆れる一哉にそう返した。付き合い始めてから、敬語はやめた。
「チカ、案外行儀悪いね」
一哉が戸棚からフェイスタオルを取り出して渡してくれる。行人がいつも流しで洗顔するので、藤森家の台所にはタオルが常備してある。
「ありがと」
一哉は濡れて張り付いた行人の髪を撫で、声を潜めた。
「身体、平気?」
いつもより激しかった昨夜の情事を思い出し、冷えた顔が瞬時に熱くなる。
「……そういうこと、聞かないでよ」
「ごめんごめん。誠二が泊まりっていうから、つい調子乗っちゃった」
一哉はへらりと笑う。
眉を下げて笑ったその顔が、好きだ。
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