オメガバースは突然に

マカロン

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第ニ章

ファーストキス

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秋とのファーストキスをした昨晩

『綿あめ名人に俺はなる!』

と心に誓ったことを五條に宣言したタイミングでいつもように飯塚柚木が試作のコーヒーを持って来た。

「まるで 海賊王におれはなる!みたいな言い方だね」

と、クスクス笑いながら飯塚柚木が言った言葉の意味が理解出来ず、首を傾げる俺とついで五條も首をひねる。

「まさか2人ともONE PIECE知らないの?」

飯塚柚木のその言葉にすかさず五条が

「ワンピースは知ってる、上衣とスカートが一体となった洋服のことだろ」

と、明確な正解を述べたのだが

「ONE PIECEを洋服って言ってる時点でONE PIECEのルフィを知らないってことがよく分かった」

そう言ってクスクス笑い続けたままの飯塚柚木が

「今日は、カプチーノに挑戦してみたから飲んでみて」

と、言い残し去っていった。

「どういうことだ?」

向かえのソファに座る五條が飯塚柚木が放った言葉の意味がさっぱり分からないという表情を浮かべながら俺を凝視してくるが
俺もさっぱり分からない。

ワンピースが洋服じゃない?
ワンピースのルフィ?
昨日に続き、またしても難解なワードとの遭遇だが、トトロのおかげで免疫はついているから、きっとワンピースのルフィとやらも、俺たちが知らないだけで一般的に当たり前のように認知されているしろものなんだろうと推測は出来る。

ワンピースのルフィが気になるのか五条はスマホへと視線を落とす

「ルフィとは人間のようだ」

「なんだ、ただの人間か、、」

昨日の得体のしれない生き物を知ったあとでは、ルフィが人間というのはややインパクトに欠ける

「イヤ、ただの人間じゃない、ゴム人間らしい」

ゴム人間?
人間がゴム?
人間がゴムとは一体どういう状態なんだ?

「そのゴム人間がどうやら海賊王になるらしい」

ゴムの人間が海賊?・・・ディテールが全く想像できない。

前言撤回だ、やはりワンピースのルフィとやらも奥が深いようだ。

しかし今はゴム人間について深く追究することは現段階では必要ない。これがもし秋がゴム人間を好きだと云うならば深く知る必要があるが

「今は昨日初めて知ったトトロという生き物について学び始めたばかりで、俺はそっちで手一杯だ」

「ととろ?なんだそれは、食べ物か?」

トトロを食べ物だと言っている時点で、トトロを知らないことが明確だ。
ああ、そうか、先ほど飯塚柚木が言っていたこともこういう感じなんだな。世間一般的に、トトロやルフィを知らないということは、少し変わり者だと思われても仕方がないのだろうな。

そんな変わり者の俺に対して秋は『三ツ矢君らしいね』と笑って『今から一緒にトトロ観ない?』と言ってくれた彼の優しさに、今更ながら心が傾倒けいとうし、昨日会ったばかりなのに、もう今すぐにでも会いたくなる。

「トトロというのは、老若男女問わず沢山の人達に愛されているキャラクターの名前さ」

「キャラクター?つまり、漫画か何かの登場人物ってことか」

「そういうことだ。」

「そうか、それなら、三ツ矢も恋人の好きなキャラクターについては学ぶべきだな」

五條はすでにその道を通った人間であるから理解は早い。

「それで、昨日、恋人とは進展はあったのか?」

五條に秋との進展報告をするのは、もはや習慣化されている。
恋愛においては、俺よりも多くを知っている五條に報告相談することは俺も決してイヤではないし、俺の恋の行方を応援してくれているのは分かっているから、包み隠さず話している。

初めてのお宅訪問
初めての手料理
初めて観たトトロの映画

そして初めて知った彼の誕生日は

「11月10日が彼の誕生日だった」

「柚木と一ヶ月違いだったのか」

五條の基準は常に飯塚柚木であり。
確かに俺も昨日彼の誕生日を聞いたときに、ふっと飯塚柚木が10月10日だったな、と過ったことは確かだ。
何しろ高校時代、A4の奴らで必死に飯塚柚木の情報入手を手伝い。その時柚木の誕生日の情報を入手したのは俺だったからだ。
それなのに、一番肝心な時に俺は自分の恋人の誕生日の把握を怠ったことが余計悔やまれた。
五條はちゃんと飯塚柚木の誕生日を毎年祝っている。主にハチワレ猫の里芋ちゃんに関連したグッズを事前に用意し里芋ちゃんのイラストをあしらったデコレーションケーキを自ら作り飯塚柚木を喜ばせる五條の甲斐甲斐しい姿を傍目で見ていた。
にも関わらず俺は。

「おい、ちょっと待て、つまりお前の恋人の誕生日はすでに過ぎているってことじゃないか!?」

「ああ、そうだ」

「三ツ矢、お前、まさか、恋人の誕生日を知らなかったのか?!」

「ああ、そうだ」

「ああ、そうだじゃないだろ!完全なミステイクじゃないか!」

「ああ、そうだ」

五條は一つ溜息をつき
やれやれと言わんばかりに

「で、昨日、ちゃんと謝罪をしたのか?」

「…謝罪は一応したんだが、、、その前に、、、」

自分のミスを棚にあげ、秋にエプロンをプレゼントした友人達に嫉妬して
美容師に嫉妬して
兎に角、秋に関わる存在全てに俺は嫉妬してしまって

「キスをせがんでしまった」

俺がそう吐露すると五條は目を見開き唖然とした顔で

「・・・三ツ矢らしくないな」

そういってもう一度五條がため息を落とす。

俺らしくない。
トトロを知らない俺は俺らしいが
キスをせがむ俺は俺らしくない。

誰が決めた基準かは分からないが
自分でも思う

「確かに俺らしくなかった」

冷静沈着だった過去の自分を懐かしみながら
飯塚柚木の淹れてくれたカプチーノを飲み、傷心した身体に染み渡らせる。
うまい。

「しかし、ミスは挽回できる」

五條のその言葉がどれだけ自分の救いとなり励ましになっていることか、きっと五條は知る由もない。

「ああ、そうだな、ミスはこれから挽回する」

「それで、恋人とのファーストキスはどうだったんだ?」

五條は俺と同じようにカプチーノを一口飲み眇めながら興味深げにこちらを注視する。


秋とのファーストキス
唇に残る感触は、まだ鮮明で




◇◇◇◇◇◇◇◇◇

『秋は、誰かとキスしたことある?』

驚いた様子で
愛らしい瞳が必要以上の瞬きを繰り返し

彼が口元に手を添えながら視線を逃がしたからそれを追い、さらに彼に顔を近づける。

『っ...したこと、ない、』

小さな声で呟いた秋の言葉に胸がぎゅっとなる。
上目遣いにこちらを見つめる彼に、互いがファーストキスの相手だと伝えるように

『俺もない』と囁く


俺を見つめる彼の長い睫毛は涙袋に影を作り、艶めいている唇は奪いたくなるほどの魅力を放って
浮足立って

『キスしてもいい?』

迫る俺に
彼は戸惑いを見せながらも
微かに身を震わせながらそれでも意を決したように

『…うん』

と言ったから
その言葉に続くように
彼の唇と自分の唇を軽く触れ合わせた。

触れ合うだけの軽いキス。
唇を離し彼の顔
今にもこぼれ落ちそうな大きな瞳がこちらを縋るような眼差しで見つめてくるから、欲づいて

彼の顎を優しく持ち上げる

形の綺麗な唇に視線を落とし彼の柔らかな唇の表面を味を確めるかのようにレロっと舐めてから啄むように唇を食べる。
慌てて目を閉じる彼の仕草に拒絶はされていないと勝手に解釈し。
角度を変えてキスを繰り返し、わざとリップ音を響かせた。

『ッ..ンッ..』

下唇をちゅぅっと吸って薄く開いた口の中に俺の舌を忍び込ませる。彼の歯列をとろりとなぞり上顎を擦って咥内を丁寧にあざる。
濃厚なキスに動揺したのか身じろぐ彼の後頭部に優しく手を添え離さない。

逃げを打つ彼の舌を追いかけて俺の舌をぬるぬると絡ませ
濡れた厭らしい水音が響く

『ん、……ふ、ゥ…ッ、』

興奮に身が滾る。

交わされる濃厚なキスは舌先から付け根まで蕩けてしまいそうなほど気持ちよくて
夢中で堪能して

『ンッ_っ..っ..』

彼の舌をやさしく吸って
名残惜しく唇同士を離す

『んっ…ハッ、…ハッ』

整わない息を心臓の鼓動にあわせ吐き出しながら、

『誕生日、何もしてあげれなくて、ごめん』

と、後回しになってしまった言葉を述べる。

俺の謝罪に言葉なく羞恥の色を滲ませながら秋は頭を振る。
彼の誕生日を教えてもらっていなかった。だから祝うことが出来なかった。しかしそれは秋が悪い訳ではない。
今まで10年間、彼はただの一度も俺に接することなくただ俺のことを見つめ続けるだけだった。そんな控えめな彼が俺に自分の誕生日を伝えてくるはずがない。
だから俺が悪い。
誰かの誕生日というものに対して注意を払うことなく生きてきた俺の経験不足が招いた失態だ。
誕生日を祝われることも祝うことも興味がなったか自分の人生は振り返ってみると何とも味気ないものだ。

人に喜んでもらえる。秋と接するようになり、彼の喜ぶ姿を幾度となく目にして、それはとても気持ちのいいものだと体感してきた俺は、彼の誕生日を祝いたい。

『遅くなってしまったけど、俺にも秋の誕生日をお祝いさせてほしい。なにか欲しいものはない?』

値段に糸目はつけないし、なよ竹のかぐや姫のように無理難題を言われたとしても叶えてみせる。
そんな強い思いが自分の中から沸き起こる。
兎に角彼が欲しいものを何でもプレゼントしてあげたい。

夢中でしたキスの合間に突然持ちかけた問いに彼がじっとこちらを上目遣いで見つめる。

頬も。首も。美しく、赤い。

『..三ツ矢君』

潤んだ瞳が宝石のようにうつくしい
ああ、駄目だ。
かわいい。 

体の奥からじわじわと熱が高まっていき、このまま自分の感情に流されてしまおうかと、彼の顎に指をかけたときだった。

『……また綿あめが食べたい』

落とされた答えが、俺の中で沸き立っていた感情にふわりと布を被せた。柔らかく温かく、暴れ出しそうだった熱がそっと包み込まれていく。

綿あめ
そうだった。
彼にとって生まれて初めて食べた綿あめは俺と一緒のあの時だった。

目先のことに汲々きゅうきゅうとして嫉妬心を燃やし。其の実 彼が初めて食べた綿あめの思い出をすっかり忘れてしまっていた。

だから俺はここに宣言する。

「綿あめ名人に俺はなる!」と。
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