【オリジナルBL】僕らはその日を希望と呼ぶ(真面目青年×やんちゃ青年)

ラセル

文字の大きさ
3 / 6

第3話

しおりを挟む



 よく晴れた日曜日だった。バレーサークルの練習のために、弘毅こうきは片道百キロ近い道のりを車で駆ける。その途中、いつもならバイパスに上がる分岐路を、今日は旧国道のほうへと曲がっていく。
 通り慣れない道に少し迷いそうになりながら、十分ほどで目的のコンビニに辿り着くことができた。今日はここで龍矢たつやと待ち合わせをしている。約束の時間にはまだ早く、やっぱり彼の姿は見当たらなかった。
 弘毅は車を降りて、飲み物を買うついでにコンビニのトイレに入った。そこの手洗い場にあった鏡を見ながら、大して長くもない髪を整え、自分の顔におかしなところがないかをチェックしてから店を出る。
 自分の車に目を移したところで、その近くに見覚えのある金髪頭がいることに気がついた。龍矢だ。出てきた弘毅には気づいていないようで、手元のスマホばかりを注視している。

「龍矢くん」

 声をかけるのに、少しだけ緊張した。そんな自分に内心で苦笑しながら、弘毅は彼のそばに歩み寄る。

「ちわっす!」
「ちわ。この車だから乗ってよ。荷物は後ろの座席に置けるから」
「は~い」

 龍矢は言われたとおりにスポーツバッグを後部座席に置いて、遠慮がちに助手席に乗り込んでくる。すると車内に嗅ぎ慣れない独特の匂いが広がってきた。決して不快なものじゃなく、むしろ甘いような匂いだ。

「よろしくお願いします」
「こちらこそ。ここからだと二十分くらいで体育館に着くよ」
「了解です」

 ゆっくりとアクセルを踏み、駐車場を出て右折する。
 大会のときにも感じたように、やっぱり龍矢は人懐っこくてよく喋る。ポンポンと途切れることなく話題が飛び出してくるし、聞き手としても優秀で、とても話しやすかった。おかげで体育館に着くまでの二十分があっという間に感じられた。
 体育館に入ると、真申と寿の二人がすでに来ていて何やら話しているところだった。挨拶をして弘毅は奥側にいた寿の隣に荷物を置いたが、龍矢のほうは真申の隣で準備を始める。てっきり自分の隣に来てくれるものだと思っていただけに、なんとなくショックで拗ねたくなった。

「そういえばお前があいつ乗せて来ることになってたな」

 話し始めた龍矢と真申を横目で見ながら、寿がそう切り出してくる。

「で、あれからどうなったよ? なんか進展したか?」
「別に何もないよ。というか、大会終わってから会うの今日が初めてなんだけど……」
「なんだよ、つまんねえな。いや、それとも今日練習終わってからヤるつもりか?」
「だから違うって!」

 練習が終わったあとは、龍矢と食事をする約束をしている。けれどそれ以上のことは特に考えていない。もちろんしたくないわけじゃなかったけれど、龍矢が自分と同じように知り合って間もない相手でもすぐに身体を明け渡せるタイプかわからないし、そもそも龍矢が弘毅のことをそういった意味で“イケる”のかもわからない。
 それに弘毅の中で、やっぱりどの選択肢を選ぶかはまだ定まっていなかった。ここ二週間はずっとそのことばかりを考えていたけれど、結局答えは出せずに今日を迎えてしまった。
 ふと龍矢を見ると、真申と話しながら楽しそうに笑っている。胸がギュッと締め付けられるような感覚に襲われると同時に、苛立ちが波のように押し寄せてきた。真申に嫉妬しているのだと自分でわかって、慌てて視線を逸らす。
 弘毅はこんな自分が嫌だった。けれど嫌だと思ったところで気持ちを消すことなんかできないし、すべてを諦めることもできない。中途半端ではっきりとしない自分に自分で苛々しながら、バッグからシューズを取り出した。



「いや~、二対三はさすがにきつかったっすね~」
「そうだな~。まあ、うちは人数少ないからしょうがないよ。たぶんこれからもそういうことあると思う」

 帰りの車の中で龍矢とそんな話をする。
 今日は結局初めの四人に公伸が加わっただけで、五人での寂しい練習となった。最後のミニゲームは二対三に分かれ、弘毅と龍矢が二人チームのほうになって三人チームに挑んだ。結果は三勝三敗と、不利な状況にしてはまずまずの成績でゲームを終えることができた。

「そういえば龍矢くん、何か食べたいものある?」 
「う~ん……特にこれってのはないっすね。だからファミレスでいいんじゃないっすか?」
「じゃあそうしようか。寮の近くにファミレスってある?」 
「え、寮の近くまで送ってくれるんっすか?」 
「そのつもりだけど」
「そんな、申し訳ないっすよ。結構遠いし……」
「遠慮しなくていいよ。俺がそこまで送りたいんだから」 
「えへへ、じゃあお言葉に甘えて、よろしくお願いします」

 龍矢の住んでいる大学寮まで行くと、弘毅にとってはずいぶんな遠回りになるのだが、少しでも長く一緒にいたくて今日は最初からそこまで送って行くつもりでいた。  
 他愛もない話題で盛り上がる中で、弘毅はそろそろあのことを訊いてもいいだろうかと心の準備をする。行きの車ではきっかけが掴めなくて結局訊けないままだった。

「龍矢くんってどういうのがタイプなの?」 

 会話が途切れた一瞬の隙を見て、弘毅はその質問を投げかける。口にするのに少しだけ勇気が必要だった。答えを聞いてしまうと、自分は彼に対するすべてを諦めなければならなくなるかもしれなかったからだ。

「う~ん、そうっすね……俺は結構面食いなんで、超カッコイイ人とか超可愛い人が好きっすよ」

 返ってきた答えに、弘毅の心は一瞬にして冷たい湖の底へと沈んでいった。

「……そうなんだ。じゃあ俺は駄目だな~」

 弘毅の顔は決して悪くないとはいえ、特別いいとも言えない。男らしいと褒めてもらえたことはあるけれど、モテた記憶なんてほとんどないし、弘毅よりも顔のいい男なんてこの世に山ほどいるだろう。

「え、なんでっすか? 俺は弘毅さんのこと普通にカッコイイと思いますよ」

 けれど龍矢の次の言葉が、今度は弘毅の心を湖から引き揚げてくれた。

「男らしくてカッコイイけど、なんか可愛い感じもして俺は結構好きっすけど」
「え、俺可愛いの?」
「笑った顔とか、あと練習中にパン食ってたときの顔もなんか可愛かったっすよ」
「可愛くはないと思うけどな~……」

 年下に可愛いと言われるのはなんだか複雑だったが、嬉しいのは間違いなかった。もしかしたら脈があるのかもしれないと舞い上がるのを抑えられない。もちろん社交辞令という可能性もあるけれど、本当に無理ならそういうお世辞も出てこないだろう。

「俺も龍矢くんの顔可愛くて好きだよ。よく言われるだろう?」
「いや~、さっぱりっすよ。弘毅さんに言われるとなんだか照れちゃうな~。弘毅さんは、やっぱり付き合ってる人とかいるんっすか?」
「いないよ」
「意外っすね。弘毅さんこそモテそうなのに」
「いや、全然ですけど何か?」
「嘘だ~」

 そのあとは互いの恋愛話で盛り上がった。龍矢は見た目に反して恋愛経験が少なく、しかも誰かと交際したことはないと言う。セックスの経験はさすがに――弘毅にとっては残念ながら――あるようだったけれど、それが遊びの域を出ることはなかったらしい。
 話しているうちに目的のファミレスに着いて、食事をしながら恋愛話の続きをした。初恋の話からちょっと変わった出会いまで、知らなかった龍矢の深い部分が徐々にわかってくる。
 ファミレスは学生が多いのもあって、賑やかというよりもはや騒がしかった。だから食べ終わるとそそくさと退散することにして、車の中で再び話し込む。

「寮ってここからどれくらい?」
「すぐそこっすよ。車だとたぶん一分もかかんないっす」
「そうなんだ」

 話しながら弘毅は、身体の奥底から下心が湧き上がってくるのを自覚した。

「寮って部外者も入れるのか?」
「入れますよ。宅配とかも普通に部屋まで来るっす」
「へえ。じゃあちょっとお邪魔させてもらってもいい? どんな部屋か見てみたい」

 その言葉に含まれたやましい感情に、龍矢は気づくだろうか? もし気づいたとしても、彼は弘毅を部屋に上げることを断らない気がする。そしてその先のことも全部受け入れてくれる気がする。

「いいっすよ! ぜひ来てください!」

 ほら、と弘毅は内心で呟いた。これで自分の中から、龍矢に対するすべてを諦めるという選択肢は消えた。残る二つの選択肢を選ぶ権利を与えられたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...