29 / 40
第二部
満月の代償 -2-
しおりを挟む
「先ほど眠られました。アーロ様はどうしてここに?」
「いえ、ただの確認ですよ。ちゃんと生きているかどうかのね」
仕方なさそうに肩を竦めながらアーロはベッドに眠るノアのそばによる。エレインはまるでおもちゃが壊れていないかを確認するような態度に不快感を露わにする。すると、それに気がついたアーロは笑みを深くした。
「そんなに警戒なさらなくても、私は手を出しませんよ。魔王様のお手つきに何かをするほど愚かではありませんので」
両手を胸の前で掲げて無害をアピールするが、それも胡散臭くて無条件で信用することはできなかった。
「警戒心が強いことはいいことですよ。特に、赤子のように弱い人間を庇護しているあなたには」
「…………何が言いたいのですか」
「あなたとノアを後方支援部隊に送ります」
アーロの言葉にエレインは思わず立ち上がって彼の胸元を掴み掛かる。彼はエレインの行動を予測していたようで、特に避けることもなければ顔色一つ変えることもなかった。
「何をさせるおつもりですか。返答によっては……」
「聖痕の力を借りたいのですよ。その力で傷ついた兵士たちを癒してもらいたい」
「ノア様の力は無条件で使えるものではありません。ご自身の命と痛みが代償になるのですよ!」
「わかっていますよ。ですが、使えるものなら使わない手はないでしょう?」
口角をわずかに上げ、相手を試すように笑う彼にエレインはカッと頭に血を上らせ、胸元を掴んでいた手に魔力を込める。瞳を見開き、怒りに突き動かされるまま魔法を放とうとした。だが、手に集まった力はアーロが触れることで制御を失い、霧散する。
エレインは消えていく魔法の残滓を見つめ、「……なんで」と小さく呟く。
「エルフは魔法の扱いに長けていると聞きます」
嘲るように笑う彼は、エレインの手を痛みが出るほど力強く握る。
「でも、魔法……いえ、魔力操作の技術は我々魔族の方が数段上なんですよ」
細められた氷のように冷めた視線に、エレインが本能的な恐怖を感じた瞬間、鋭い痛みとともに自分の腕が切られる映像が流れてくる。エレインは咄嗟に自分の手を引き抜き、今見えた未来を回避する。額に脂汗が滲み、呼吸は浅くなり、目の前にいるのが人ではなく魔の者だと改めて実感する。
「今、逃げたのは良い判断ですね。それも、あなたの目のおかげですか?」
エレインの喉が小さく鳴る。空気が凍る音がした。エレインはアーロの言葉で自身の能力がバレていることを悟る。口を閉ざして、返答を拒否しているとアーロから出ていた張り詰めるような空気が消え、彼はやれやれといったように首を横に振った。
「心配しなくても、何もしませんよ。あなたに何かあればそこの子供が悲しみますからね」
彼の浮かべる満面の笑顔は仮面のようで、その裏には毒を含んでいるみたいだった。エレインはノアを背中に庇いながら、アーロを睨み続ける。すると、彼はわざとらしく悲しそうに顔を歪めると、涙を流すふりをする。
「信用ならないのはわかっていますが、そのように警戒されては流石の私も悲しいですよ」
「……心にもないことを」
「……あは、そういうことは思っても言わない方がいいですよ」
エレインの呪詛のような声に、アーロはパッと明るい表情を見せる。
「さて、話を戻しますが、彼を戦地に送るのは私の独断になります」
「どうしてそこまでして、ノア様の力を欲するのですか」
「……私たち純粋な魔族は、傷の治りも早く、また頑丈です――ですが、魔王様は違います」
どういう意味かわからずエレインは首を小さく横に倒す。
「魔王様は、純粋な魔族ではありません。人と魔族の混血児なのですよ」
「そんなことが……!」
「普段であれば、魔族の血が強く表に出ているので、そこまで気にする必要はないのです。ですが、満月の日だけは魔族の血が弱まり、限りなく人に近くなります。傷を負った状態で人の体になれば、その身に刻まれた傷で最悪命を落とすことだって考えられます」
窓の外に視線をやりながら、遠く離れた場所で戦っている主君を思い浮かべる。
「いえ、ただの確認ですよ。ちゃんと生きているかどうかのね」
仕方なさそうに肩を竦めながらアーロはベッドに眠るノアのそばによる。エレインはまるでおもちゃが壊れていないかを確認するような態度に不快感を露わにする。すると、それに気がついたアーロは笑みを深くした。
「そんなに警戒なさらなくても、私は手を出しませんよ。魔王様のお手つきに何かをするほど愚かではありませんので」
両手を胸の前で掲げて無害をアピールするが、それも胡散臭くて無条件で信用することはできなかった。
「警戒心が強いことはいいことですよ。特に、赤子のように弱い人間を庇護しているあなたには」
「…………何が言いたいのですか」
「あなたとノアを後方支援部隊に送ります」
アーロの言葉にエレインは思わず立ち上がって彼の胸元を掴み掛かる。彼はエレインの行動を予測していたようで、特に避けることもなければ顔色一つ変えることもなかった。
「何をさせるおつもりですか。返答によっては……」
「聖痕の力を借りたいのですよ。その力で傷ついた兵士たちを癒してもらいたい」
「ノア様の力は無条件で使えるものではありません。ご自身の命と痛みが代償になるのですよ!」
「わかっていますよ。ですが、使えるものなら使わない手はないでしょう?」
口角をわずかに上げ、相手を試すように笑う彼にエレインはカッと頭に血を上らせ、胸元を掴んでいた手に魔力を込める。瞳を見開き、怒りに突き動かされるまま魔法を放とうとした。だが、手に集まった力はアーロが触れることで制御を失い、霧散する。
エレインは消えていく魔法の残滓を見つめ、「……なんで」と小さく呟く。
「エルフは魔法の扱いに長けていると聞きます」
嘲るように笑う彼は、エレインの手を痛みが出るほど力強く握る。
「でも、魔法……いえ、魔力操作の技術は我々魔族の方が数段上なんですよ」
細められた氷のように冷めた視線に、エレインが本能的な恐怖を感じた瞬間、鋭い痛みとともに自分の腕が切られる映像が流れてくる。エレインは咄嗟に自分の手を引き抜き、今見えた未来を回避する。額に脂汗が滲み、呼吸は浅くなり、目の前にいるのが人ではなく魔の者だと改めて実感する。
「今、逃げたのは良い判断ですね。それも、あなたの目のおかげですか?」
エレインの喉が小さく鳴る。空気が凍る音がした。エレインはアーロの言葉で自身の能力がバレていることを悟る。口を閉ざして、返答を拒否しているとアーロから出ていた張り詰めるような空気が消え、彼はやれやれといったように首を横に振った。
「心配しなくても、何もしませんよ。あなたに何かあればそこの子供が悲しみますからね」
彼の浮かべる満面の笑顔は仮面のようで、その裏には毒を含んでいるみたいだった。エレインはノアを背中に庇いながら、アーロを睨み続ける。すると、彼はわざとらしく悲しそうに顔を歪めると、涙を流すふりをする。
「信用ならないのはわかっていますが、そのように警戒されては流石の私も悲しいですよ」
「……心にもないことを」
「……あは、そういうことは思っても言わない方がいいですよ」
エレインの呪詛のような声に、アーロはパッと明るい表情を見せる。
「さて、話を戻しますが、彼を戦地に送るのは私の独断になります」
「どうしてそこまでして、ノア様の力を欲するのですか」
「……私たち純粋な魔族は、傷の治りも早く、また頑丈です――ですが、魔王様は違います」
どういう意味かわからずエレインは首を小さく横に倒す。
「魔王様は、純粋な魔族ではありません。人と魔族の混血児なのですよ」
「そんなことが……!」
「普段であれば、魔族の血が強く表に出ているので、そこまで気にする必要はないのです。ですが、満月の日だけは魔族の血が弱まり、限りなく人に近くなります。傷を負った状態で人の体になれば、その身に刻まれた傷で最悪命を落とすことだって考えられます」
窓の外に視線をやりながら、遠く離れた場所で戦っている主君を思い浮かべる。
10
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防
藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。
追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。
きっと追放されるのはオレだろう。
ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。
仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。
って、アレ?
なんか雲行きが怪しいんですけど……?
短編BLラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる