滅びの夜に君の名前を呼ぶ -異世界で勇者になれなかった僕、魔王に拾われて溺愛されてます-

豆茶

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第二部

満月の代償 -2-

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「先ほど眠られました。アーロ様はどうしてここに?」
「いえ、ただの確認ですよ。ちゃんと生きているかどうかのね」

 仕方なさそうに肩を竦めながらアーロはベッドに眠るノアのそばによる。エレインはまるでおもちゃが壊れていないかを確認するような態度に不快感を露わにする。すると、それに気がついたアーロは笑みを深くした。

「そんなに警戒なさらなくても、私は手を出しませんよ。魔王様のお手つきに何かをするほど愚かではありませんので」

 両手を胸の前で掲げて無害をアピールするが、それも胡散臭くて無条件で信用することはできなかった。

「警戒心が強いことはいいことですよ。特に、赤子のように弱い人間を庇護しているあなたには」
「…………何が言いたいのですか」


「あなたとノアを後方支援部隊に送ります」


 アーロの言葉にエレインは思わず立ち上がって彼の胸元を掴み掛かる。彼はエレインの行動を予測していたようで、特に避けることもなければ顔色一つ変えることもなかった。


「何をさせるおつもりですか。返答によっては……」
「聖痕の力を借りたいのですよ。その力で傷ついた兵士たちを癒してもらいたい」
「ノア様の力は無条件で使えるものではありません。ご自身の命と痛みが代償になるのですよ!」
「わかっていますよ。ですが、使えるものなら使わない手はないでしょう?」


 口角をわずかに上げ、相手を試すように笑う彼にエレインはカッと頭に血を上らせ、胸元を掴んでいた手に魔力を込める。瞳を見開き、怒りに突き動かされるまま魔法を放とうとした。だが、手に集まった力はアーロが触れることで制御を失い、霧散する。


 エレインは消えていく魔法の残滓を見つめ、「……なんで」と小さく呟く。



「エルフは魔法の扱いに長けていると聞きます」



 嘲るように笑う彼は、エレインの手を痛みが出るほど力強く握る。


「でも、魔法……いえ、魔力操作の技術は我々魔族の方が数段上なんですよ」


 細められた氷のように冷めた視線に、エレインが本能的な恐怖を感じた瞬間、鋭い痛みとともに自分の腕が切られる映像が流れてくる。エレインは咄嗟に自分の手を引き抜き、今見えた未来を回避する。額に脂汗が滲み、呼吸は浅くなり、目の前にいるのが人ではなく魔の者だと改めて実感する。


「今、逃げたのは良い判断ですね。それも、あなたの目のおかげですか?」


 エレインの喉が小さく鳴る。空気が凍る音がした。エレインはアーロの言葉で自身の能力がバレていることを悟る。口を閉ざして、返答を拒否しているとアーロから出ていた張り詰めるような空気が消え、彼はやれやれといったように首を横に振った。

「心配しなくても、何もしませんよ。あなたに何かあればそこの子供が悲しみますからね」

 彼の浮かべる満面の笑顔は仮面のようで、その裏には毒を含んでいるみたいだった。エレインはノアを背中に庇いながら、アーロを睨み続ける。すると、彼はわざとらしく悲しそうに顔を歪めると、涙を流すふりをする。

「信用ならないのはわかっていますが、そのように警戒されては流石の私も悲しいですよ」
「……心にもないことを」
「……あは、そういうことは思っても言わない方がいいですよ」


 エレインの呪詛のような声に、アーロはパッと明るい表情を見せる。

「さて、話を戻しますが、彼を戦地に送るのは私の独断になります」
「どうしてそこまでして、ノア様の力を欲するのですか」

「……私たち純粋な魔族は、傷の治りも早く、また頑丈です――ですが、魔王様は違います」


 どういう意味かわからずエレインは首を小さく横に倒す。



「魔王様は、純粋な魔族ではありません。人と魔族の混血児なのですよ」



「そんなことが……!」

「普段であれば、魔族の血が強く表に出ているので、そこまで気にする必要はないのです。ですが、満月の日だけは魔族の血が弱まり、限りなく人に近くなります。傷を負った状態で人の体になれば、その身に刻まれた傷で最悪命を落とすことだって考えられます」


 窓の外に視線をやりながら、遠く離れた場所で戦っている主君を思い浮かべる。
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