刀剣遊戯

飼育係

文字の大きさ
上 下
3 / 21
1st game

A.M. 9:00

しおりを挟む
「さすが警視総監の一人娘。羽振りが違うなあ」

「言っとくけど、私がお金を使うのは刃物類だけよ? 車だって安物の国産車だし」


 安物と言っても今年発表されたばかりの新モデルだ。中古車すら高くて今は手が届かない隆二は小さく肩をすくめる。


「前から思ってたけど、なんでそんなに刃物が好きなの?」

「おやおや、ここまでついて来ておいて、そんなことを言っちゃう?」


 無月は大きく腕を広げながら歌うように言う。


「隆二くんもきっと好きになるはずよ。だってそのためのお祭りなんだもの」


 無月の言うことはあながち間違ってはいないかも、と隆二自身も思わないわけではない。
 こうして大通りにずらりと並ぶ出店を前にすると、刃物好きでなくとも心躍るものがあるからだ。

 世界有数の刃物生産地にして刃物愛好家たちの聖地。そこで年に一度、二日間だけ行われる大祭――そのメイン会場に隆二たちは到着していた。

 まだ朝も早いというのに祭りは大盛況だった。
 市を挙げてのお祭りということで物珍しさから県外からも様々な客が来ているのだろう。もしかしたらテレビで報道されているかもしれない。客層もマニアな刃物好きだけではなく、隆二のような一般客も数多く来場しているようだ。


「出店で刃物を売るなんて、いつ流血沙汰が起きてもおかしくないよなあ」

「警備はしっかりしてるから大丈夫よ」


 物珍しげに周囲を見渡す隆二に無月が買ってきたからあげを渡す。
 ここの祭りに来たらまず最初にからあげを食べるのが礼儀らしい。


「全部の店を見て回るから大変よ。心してかかりなさい」


 ――これだけの数、全部か。
 はりきる無月を横目に、隆二はそっと眉をひそめた。


 黄色い屋根に製造業者の名前の書かれた出店を無月と一緒に順番に見て回る。
 一般客も来る祭りだからか、隆二の予想とは違い、包丁や果物ナイフといったまともな日用品を売る店が多かった。
 ――これならそこまでおかしな品物を買わされることはないだろう。
 隆二はひとまず安心する。


「逆に聞きたいんだけど、隆二はどうしてそんなに刃物が嫌いなの?」


 特売品と書かれたひげ剃りを憂鬱な顔で眺めている隆二に無月が訊く。
 どうやらさっきの意趣返しらしい。隆二は抑揚のない声で答える。


「小学校の調理実習の時に包丁で指を怪我したから」

「ええーっ、それだけぇ?」


 そう、本当にただそれだけである。
 たわいないことだと思うかもしれないが、刃物が非常に危険で恐ろしいものであるという認識を持つには、幼かった頃の隆二には十分すぎたのだ。


「別にいいだろ。嫌いって言っても見るのも嫌ってほどじゃない。今では包丁だって普通に持てる。料理はしないけど」

「料理をしないなんて人生の半分は損してるわね。私なんて調理師免許まで持ってるのに」


 料理好きなのは知ってたがそれは初耳だ。


「もしかして料理人になりたいとか思ってる?」

「将来の進路はまだ決めてないけど、それもいいかもしれないわね。もしそうなったら隆二に手料理をごちそうしてあげるわ」


 だったら俺のために毎日みそ汁を作ってくれないか――と、人生で一度ぐらいは言ってみたいものだ。


「だったら今日、好きになっていってね。年に一度の刃物の祭典。きっと人生観が変わる体験が出来ると思うわ」

「だといいんだけどね」


 ――所詮は指に怪我をした程度でついたトラウマだ。
 いい機会だからここで払拭するよう努めるのもいいかもしれない。
 そうは思いながらも、売店の携帯ナイフを見る隆二の顔が晴れることはなかった。

 無月につきあってしばらく出店を見て回っていると、芸者の格好をしたスタッフから入場料無料で日本刀を公開しているので是非見に来て欲しいと誘われた。


「関と言ったらやっぱり刀祖元重から現代まで伝わる刀鍛冶よね。さっそく見に行きましょう」


 特に断る理由もないので誘われるままに無月について展示会場へと入った。
 場内は思いの外狭くて窮屈だった。聞けば江戸時代より残る伝統ある建築物らしく、昔の日本の長屋などだいたいがこんな感じなのだろうと納得する。


「これは正弘の刀ね。江戸時代前期の刀匠で、沸出来にえできの目乱刃みだればを得意とし、あの長曽祢虎徹にも影響を与えたと言われているわ」


 展示された日本刀について無月が丁寧に説明してくれる。しかし焼き入れがどうこう言われても素人の隆二にはちんぷんかんぷんである。
 とりあえず、昔の偉い人が打った凄い刀だと覚えておくことにする。


「まあ細かい蘊蓄は不要よね。刀剣を好きになれば自然と覚えたくなるだろうし。日本刀と言えば焼刃の形状――刃文を楽しむのが基本。刀身をじっくり見れば、その美しさが理解できると思うわ」


 言われるがままに隆二は日本刀の刃の部分に注目する。
 確かに美しい。
 しかし見入れば見入るほどに腰が浮き上がり鳥肌が立ち、腹の底から沸き上がるある種の感情が抑えきれなくなる。
 それが刃に対する憎悪にも似た恐怖であると気付き、隆二は自分の病状は予想より深刻なのだと思い知ることになった。


「やあ、無月ちゃん。そろそろ来るんじゃないかと思っていたよ」


 隆二が頭を抱えていると後ろから無月を呼ぶ声。
 振り返るとすでに還暦を超えているであろう袴を穿いた老人がにこにこ笑いながら立っていた。


「紹介するわ。彼は藤原友重ふじわらともしげさん。この土地で最初に刀鍛冶を始めた刀祖元重の子孫を自称している刀匠よ」

「自称はしてないんだけどね。家系図にそれっぽい人物がいるという理由で、みんなが勝手にそう思っているというだけで」

「ちなみにさっき百徳ナイフを買った店に飾ってあった刀を打ったのはこの人よ」


 隆二はポンと手を叩く。どこかで見知った名前だと思っていたがようやく思い出した。
 現代でも刀鍛冶を続けているとは、もしかしたらとんでもない偉人なのかもしれない。
 それにしても――隆二は無月を一瞥する。


 年輩のご老人相手に彼女の口調がやけにフランクなのがどうにも気になる。隆二の記憶では、口は悪くとも最低限の礼儀ぐらいはわきまえていたはずなのに。
 どうしてそんなに気安いのかそれとなく訊いてみると、


「彼とは友達だから」と返ってきた。


 どうも無月にとって友達に年齢は関係ないらしい。


「もっとも人格的にも敬語を使おうと思えるほど尊敬できる人物じゃないわね。何しろ『るろうに剣心』の真似して頬に傷をつけようと画策したことがあるぐらいだし」

「またまた、そんな冗談を真に受けて……」

「冗談かどうかは彼の顔をよぉく見てみてから判断しても遅くないわよ」


 まさかと思いながらも友重の皺だらけの顔に注目して、隆二は目を疑った。
 なんと頬のところにうっすら、刀傷のようなものがあるではないか。


「いやはやお恥ずかしい。若気の至りですわ」

「若気って……確か三年ほど前の話じゃなかったっけ?」


 どうやらなかなかに面白い御仁のようだ。


「まあ、それはともかくとして……今日はぞんぶんに日本刀の美しさを楽しんでいってください。年に一度のお祭りということで入場料は無料ですから」


 これ以上話を続けられてはたまらないといった感じで友重は話をそらす。隆二からすれば刀を見ずに済んでありがたかったのだが。


「言われなくても存分に楽しんでるわよ。なかなかいい刀のチョイスしてるしね」

「そうでしょう。全国から選りすぐりの日本刀を集めましたから」

「あなたの刀が置いてないっていうのが実にいいわ」


 ――なんでそう一言多いかなあ。
 無月の毒舌に隆二はそっと眉をひそめる。


「言ってくれるね。これでも日本有数の刀匠だと自負しているのだがね」

「だってあなたの刀、ぜんぶ直刃すぐは鎬造しのぎづくりじゃない。はっきり言ってつまらないのよ。前から言ってるでしょ、他の刀を打ったら買ってあげるって」

「そもそも面白いつまらないで刀を語るほうがおかしいでしょう。直刃の良さがわからない人に売る刀はもとよりないよ」


 隆二からすればくだらないとしか言えない話で二人は延々と口論を始める。
 最初はどうしていいかわからず静観していた隆二だが、次第に他の観光客からも注目を集め始めたので仕方なく間に割って入った。


「無月と藤原さんって会う度にいつもこんな会話をしてるの?」

「いつもとは言わないけど、だいたいこんな感じね」


 本当に友達なのかと疑いたくなる事実だ。


「友重さん、最近奥さんを亡くして寂しくしてるらしいから、優しい私がこうして構ってあげてるのよ」

「気持ちは嬉しいですが、余計なお世話です」


 ――そりゃそうだ。
 隆二は心中で頷いた。


「それと勘違いしてもらっては困るけど、刀鍛冶としてのあなたの腕自体は認めてるのよ。だからこそ私好みの刀を打ってもらおうと常々こうして……」

「僕は僕好みの刀しか打たないよ。そんなに自分好みの刀が欲しければ自分で打てばいい」


 投げやりに放たれた友重の言葉。しかし無月は何かを閃いたらしく、ポンと手をひとつ叩いた。


「それはいいアイディアね。それじゃあ私好みの刀を隆二に打ってもらいましょう」


 ――え?


「あの、無月。言葉の意味がよく……」

「友重さん、今年も刀鍛冶の実演やるんでしょう? 彼にちょっと刀の打ち方を教えてあげてくださいよ」

「ええええええええええっ!」


 隆二は大いに焦った。
 昔から後輩への無茶ぶりの多かった無月だが、今回はさすがに度が過ぎる。


「残念だけど、素人に刀を打たせるわけにはいかないよ」


 狼狽する隆二の様子を見かねた友重はすぐに助け船を出すが、


「彼、子供の頃から刃物が嫌いなんです。それを治してあげようと思ってこの祭りに誘ったんですけど、自分で一から刃物を作ってみれば、もしかしたら愛着を持ってくれるかもしれません」

「刃物が嫌い? それはいかんな。そのような重病、是が非でも治療せねば。昼から実演の予定なのでその時、僕の代わりに打ってもらおう」


 あっさりと無月に丸めこまれて、隆二の顔を青ざめさせた。


「無理無理! 俺はただ無月に刃物をプレゼントするために来ただけですから!」

「私の誕生日プレゼントはたった今、隆二の打った刀に決まりました。私との約束、もちろん破らないわよね?」


 上目遣いでそう言われては、男としては首を縦に振るしかない。
 隆二は無月がこれほどの美人でありながら、今まで男とまともにつきあったことがないという理由が、なんとなく理解できた気がした。
しおりを挟む