刀剣遊戯

飼育係

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2nd game

P.M. 18:00

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 祭りを楽しみ帰路につく観光客に混じり、隆一と天漢を乗せたベンツは市内の某高級ホテルへと向かっていた。


「俺みたいな暑苦しいデブじゃなくてゆびきりと組めば良かったのに」
「今回はあなたのお題デスからね。ジャッジメントは公平じゃないといけませんヨ」


 第一のゲームにて無月の勝利が告げられた後、隆一はすぐに第二のゲームを発表した。
 天漢提案の第二のゲーム――その名は <狩猟ハンティング> 。
 銃刀法規制の緩和を巡って楽車星空と敵対する保守派議員、上杉鉄心うえすぎてっしんの生命を一番早く奪ったものが勝利という至ってシンプルなルールだ。



「刃物というのは元来、狩猟のために用いられるもの。今回は皆にその原点に戻ってもらおうと考えて企画させてもらったぜ」

「またまた~そンなこと言っちゃって、単にあなたのお父様の政敵を潰シたいだけでしょう?」

「仮にそうだとして、なんか問題ある?」


 紙袋から取り出したリンゴをかじりながら天漢は何食わぬ顔で言う。隆二はくすくすと笑いながら、


「いーえ、ぜんぜんまったく問題ございません。ていうカ、これ以上刃物に関わる法律を厳しくされてもサイト管理者としては困っちゃうンで、いい機会だからここでぶっ殺しちゃいマしょう」


 ――オーマイガッ。
 天漢は指で眉間を抑えて大きく天を仰ぐ。


「倫理もへったくれもあったもんじゃない。隆二くんにも言ったけど、やっぱ俺ってこの中じゃ一番の常識人だよね」

「いやいやいやイや、今さら自分だけ正常ぶらないデください。お互い刃物好きの仲間なんですから一緒に狂いまシょうよオ」


 堅い絆で結ばれた仲間もいるもんだと天漢はゲラゲラ笑う。つられるように隆一も大きな声をあげて笑う。その様子をベンツの運転手は眉をひそめて聞いていた。


「それにしても隆ちゃん」

「今は刀剣遊戯開催期間中ですのでマスクドピエロ……いえ、ヘルバトラーリュウとお呼びくださイ」

「わかったよ隆ちゃん。それにしても、隆ちゃんの彼女のゆびきり――本名は無月ちゃんだっけ? あんな超絶可愛い美女とよくお近づきになれたもんだね」

「うちの組は警察とも懇意にしてますからねエ。パーティの時に七面鳥をナイフでめった刺しにしてた姿を偶々目撃したもので、もしやと思い声をかけてみたら案の定、我々の同類でシた。それ以来すっかり意気投合してしまい現在に至るわけデス。
 隆二くんは大学のサークルで初めて出会ったと思い込んでいマすが、実はあれも私の仕込みなんデスよねえ」


「女っ気のまったくない俺にはうらやましい話だなあ。で、もうヤっちゃったの?」

「ヤっちゃった、と言いますと?」


 天漢はいやらしい含み笑いを浮かべながら、右手で輪を作ってそこに左の人差し指を激しく抜き差しする。
 それですべてを察した隆一は、恐れ多いと言わんばかりに何度も大きく首を横に振った。


「マジかよぉ。おまえそれでも男かあ?」

「しょーがないでショ。私、そっち方面は不能なんデスから」


 天漢は驚き次のリンゴを取り出そうとする手を止める。


「その歳でインポかい。男として終わってるわ」

「私は隆二くんの極度の刃物嫌いを治療するために生まれた人格デスからね。刃物絡み以外のことに興奮を覚えることのデきないかわいそうな生き物なんですヨ」


 隆一という人格が生まれたのは隆二が小学生の頃だった。
 家庭科実習でのトラウマにより極度の刃物アレルギーに陥り、この世から刃物を撲滅してやりたいと心の底から願っていた隆二にとって、それが不可能であるという現実は他人にはおよそ想像もつかないほどとてつもないストレスだった。
 極度のストレスにより精神崩壊寸前まで追い込まれた隆二が、地獄の苦しみの果てに導き出した折衷案は、この世でもっとも忌み嫌う刃物との和解であった。

 人間とはとかく慣れる生き物である。
 最初は不味いと感じたビールでも飲み続ければ美味いと思えてくる。
 新婚の時はアツアツの夫婦も年月が経てばやがて倦怠期が訪れる。
 だから自身の刃物に対する恐怖も慣れが解決してくれると踏んだのだ。

 しかし、当然ながら自らの意志でそれを決行する勇気などあるはずもない。
 そんなものがあるのであれば、そもそもここまで追いつめられてはいない。
 だから隆二は生み出したのだ。無意識下に、自らの内に、もう一つの人格を。恐怖も良心の呵責もいっさい持たない『桐崎隆一』という名の死神の道化師を。


「ご存じノ通り、私は男以前に人として終わッている外道です。生まれが生まれですから、そのように育つのは必然デス。当然ながらそんな私は周囲から孤立していマした。私のおかげで刃物アレルギーを克服して、普通でまともな友達をたクさん作れた隆二くんとは違ってネ。
 だから私は探し続けたんですヨ。私と同じ悦びを共有できる仲間を。私と同じ、生まれつき人の道を踏み外していル、とびきりの狂人ドもを」


 おどけてはいるがどこか寂しげな隆一の語りを、天漢は空気を吸うのと同じぐらいに大切なカロリーを摂取する手を止めて聞いていた。


「すまねえ。悪ぃこと聞いちゃったかな」

「真面目に聞き入っていただきありがとうござイます。さすがは私の一番の親友です。ですがしんみりする必要など全然ありませんヨ。なぜなら私は、そんな狂った私のことが大好きデスから」


 隆一は胸の前で大きく手を叩き大声を張り上げる。


「刃物で刺すことが私の悦び! 同志がいることが私の悦び! 四人で殺れば悦びも四倍、いや四百倍! そんな私の愛しい愛しい『刀剣遊戯』、張り切って仕切らせてもらいマス!」

「俺は競争が苦手だから、実はこういう遊戯があんまり好きじゃないんだけどな。まあ、おまえのためと思ってちょっくら頑張るかな」


 二人の狂人の常軌をを逸する会話に怖気を覚えながらも、ベンツの運転手は組長の命に従い無言で車を走らせ続けた。
 しばらくすると目的のホテルに到着した。運転手の男は車を停めてホッと一息つく。
 ヤクザの下っ端などをやってはいるが、男は後部座席の彼らとは違い正常な精神を持った至極まっとうな人間だった。そんな彼が長い時間、狂人二人と同じ空間を共有することは、虎の入った檻の中に放り込まれたに等しい。


「ああ、ようやくつきましたネ。祭りの帰宅ラッシュに巻き込まれちゃッたせいで少し遅くなっちゃいまシた。他の方々に先を越されてなければいいのデスが……」

「それはいいけどさ。俺たちの会話、ぜんぶそこの運転手に聞かれちゃってるけどいいのか? たぶんおまえの子分なんだろうけどさ」

「最近杯を受けたばかりの新人ですが、忠誠心のある方ですので大丈夫デスよ。
 でも良心の呵責に負けて裏切る可能性がなくはないノで、念のために殺ッときましょうか」


 言うが早いか隆一は懐に隠してあった短刀を素早く抜くと、背後から座席もろとも運転手の心臓を刺し貫いた。


「先ほどの話の続きですが、本来の意味で男として終わってるのは実は隆二くんのほうなんデスよ。彼、ゆびきりさんとラブホにまで行ったのに結局何もシないで帰ってきたんです。私と違ッてちゃんと勃つくせに。こんな甲斐性なしのヘタレ野郎、生まれて初めて見ましたヨ」

「マジかよ、それはとんだ狂人だな。俺たちなんざ足下にも及ばねえ」


 血の海に沈んだ運転手の後始末を携帯で部下に命じた後、隆一と天漢は朗らかな笑みを浮かべながら車を降りた。
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