刀剣遊戯

飼育係

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 友重の勝利を宣言すると隆一は黒服に命じて車を手配した。


「怪我の治療が先決でショう。細かイ手続きはまた後日に」

「ではお言葉に甘えさせてもらおう。さすがにもうへとへとだ」


 運動場にベンツが到着すると、友重はふらつく足取りでそれに乗り込もうとする。さしもの彼も相当に疲れているようで、普段の精強さは見る影もなかった。
 隆一はすっかり年相応になった友重を認めると、懐から静かに短刀を取り出し、その無防備な背中に何の躊躇もなく突き立てた。


「何をする!?」


 慌てて振り向こうとした友重だが、先ほど剣で突かれたばかりの足が上手く動かず、もつれて転んでしまう。
 その様子を隆一は、まるで虫でも見るかのような冷ややかな眼差しで見下ろした。


「今からコクホウさんに残念なお知らせがありマす」


 倒れた友重の腹を踵で踏みつけ、隆一は無感情に言う。


「実はこのゲーム、まだ終わってイません」


 しかしその双眸は、夜空に浮かぶ月よりも眩しい狂気の光で爛々と煌めいていた。


「冗談はよせ。もう競う相手がいない」

「目の前にいるジャないですか。僭越ながラ、ここから先はこの私があなたのお相手を務めさせてイタだきマす」

「君はジャッジだろ。ゲームへの参加権はない!」

「ところがそれがあるんデスよ。ココをご確認くだサい」


 言って隆一は自身の胸元を指さす。
 黒のスーツの胸ポケットには、鮮血で紅に染まった二輪の造花が挿してあった。


「この造花はゆびきりさんのものです。彼女の死後、私がゲームを引き継ぎました」

「無茶苦茶だ。そんなことが出来るとは聞いていない!」

「言ってマせんからね。私が不利にナるのであえて伝えなかったのデスが」


 隆一は立ち上がろうともがく友重を腹部への蹴り一発で黙らせる。


「今のゲームの勝利であなたが二勝。私も二勝。事前にお伝えシた通り、主催者である私から最後のゲームを提案させていただきマす」


 隆一は胸元の造花を引き抜くと、それを地に這い蹲った友重の眼前に叩きつけた。


「刀剣遊戯の最後を締めくくるラストゲーム――その名は <復讐> (リベンジ)! あなたに殺さレたゆびきりさんの仇、ここでとらせていただきマす!」


 全身に漆黒の殺意を漲らせ、死神の道化師はとうとうその鎌を仲間にも向けたのだ。友重は恐怖で全身を戦慄かせる。


「待て! 無月くんと君は恋人でも何でもないと言ってたじゃないか!」

「はイそうです。私自身はゆびきりさんのことを何とも思っていマせん。
 ですが私を生んだ隆二くんにとって彼女は、とてもとてもとてもトても大切な方だったのデスよ。あなたにもワカり易く説明するなら、親の仇は子の仇ということデス。これでも私、任侠を重んずる極道でシてね」

 それはかつて隆二が、無月と一緒に名古屋のあるラブホテルに入った時のことだった。
 有らん限りの勇気を振り絞ってホテルに誘い、生まれたままの姿で抱き合い性交寸前まで至ったにも関わらず、結局隆二は無月を抱くことなくホテルを出ることになった。
 キスを躊躇する無月の態度から、無月に隆一という想い人がいる事実に気付いてしまったからだ。
 初めては好きな人のために取っておいたほうがいいと聖人君子のようなことを口にする隆二のことを、彼の内にいた隆一は大いに笑ったが、同時にその義理堅さにある種の感動も覚えていた。
 もっとも隆二の義理堅さはこの件に限った話ではない。だからこそ隆一は隆二のことを親と認め、彼のために働いたし、彼の自由を完全に奪おうとはしなかったのだ。
 友重は親の大切な女性を殺した。それは子の隆一にとって復讐の対象にするにはこれ以上ない動機だった。


「ルールは簡単。今から一時間、この私から逃げ切ってくだサい。逃げ切れたラあなたの優勝。景品ハあなたの生命。要するに見逃してあげマす」


 隆一は友重をサッカーボールのように蹴り飛ばし、それをゲーム開始の合図とした。
 友重は突かれた足の痛みをこらえて死に物狂いで立ち上がると、這々の体で隆一から逃げ出した。


「この身体で、今から一時間も君から逃げ続けられるわけないだろ! ルールの変更を要求する!」


 友重の文句を無視して、隆一は血塗れの短刀を片手にゆっくりと歩き出す。
 名目上はゲームだが、これは事実上の処刑である。クレームなど聞き入れられるはずもない。
 全身から放たれる燃えるよう痛みに耐えながら友重は必死に隆一から逃げる。
 疲れと痛みから足はふらつき、半分だけになった視界は血と汗で歪む。どれだけ足を動かしても隆一との距離がなかなか離れない。


「冗談じゃない。たいして悪くもないこの僕が、どうして殺されなきゃならんのか!」


 友重は刀で人を斬る面白さに目覚めてから今日に至るまで数え切れないほどの数の人間を斬り殺してきたが、そこまで悪いことをしているという自覚はなかった。
 魚を捌いて悲しむ主婦がいないように、名前も知らぬ有象無象を何人殺したところで心は何一つ痛むことはない。妻は自分を通報しようとしたのだから自業自得だし、雄太は忙しい最中弟子にして駄賃までくれてやった。無月やギヨームの殺害はゲーム上での合法であり、責められるいわれは何一つとしてない。
 的外れな思いやりの精神を持ち、それ故に罪悪感が薄く、自分より悪い奴などこの腐りきった社会にはごまんといるという認識で今日まで生きてきた友重にとって、今の状況はまさに理不尽の極みだった。
 怒りと憎しみで顔をまっ赤にしながら、友重は自らが生き残る方法を懸命に考える。

 ――この身体で逃げ切るのは不可能。ならば殺られる前に殺るしかない!
 友重は今までの人生でこれ以上はないと思えるほど必死に走った。そしてギヨームの亡骸までたどり着くと、彼に突き立てた刀を引き抜き今度は隆一に向ける。


「ルールも守れんクソガキが。社会人の心得を教えてやる!!」


 すでに満身創痍ではあるが、それでも何の訓練も積んでいない若造になら勝てると友重は判断したのだ。
 高をくくったというよりも、それ以外に選択の余地がなかったというのが正しい。
 しかしそんな友重の一縷の望みは、一発の弾丸で粉々に砕け散ることになる。
 銃を撃ったのは隆一の部下だった。
 月明かりを頼りに大口径から放たれたマグナム弾は、深夜にも関わらず刀を持った友重の腕に正確に命中する。
 腕は跡形もなく吹き飛び、刀は弧を描いて紅く染まった大地に突き刺さった。


「こっ、これは反則だろォ!!」

「知らネえよ」


 隆一は足を止めない。すでに形ばかりの敬語を使うことすらやめていた。
 叢雲が月を隠す。その顔は暗闇に覆われ、心中にどのような感情が渦巻いているか伺い知ることはできない。
 友重は死に物狂いで逃げた。死の恐怖に怯え、体力や怪我などを気にしている余裕はなかった。
 しかしそれらは現実として確かに存在しており、疲労困憊と出血多量により友重の足は次第に動かなくなっていった。
 そして終わりの瞬間が訪れた。
 すべての力を使い果たし、友重は音もなく地に突っ伏す。もはや指一本動かすこともできない。
 朦朧とした意識の中で、友重は自らを冷たく見下ろす死神の気配を感じていた。


「君は、師を殺す気なのか……?」


 その問いには応えずに、彼は抜き身の短刀を静かに振り上げた。
 雲間から差し込んだ一筋の月光が隆一の顔を照らし出す。


「さようなら、友重さん」


 茫漠の涙で頬を濡らした隆二は、友重に最後の別れを告げると、その短刀を勢いよく振り下ろした。
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