刀剣遊戯

飼育係

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 友重の肉体が挽き肉と呼べる状態になった頃、彼はようやく短刀を振り下ろす手を止めた。


「隆一さま、そろそろご帰宅の時間です」


 先ほど銃を撃った顔に刀傷のある黒服の男は、彼の肩に触れると淡々とした口調でそう告げた。
 男の名前は菊月学きくづきまなぶ。隆一の腹心の部下であり、彼の複雑な事情のすべてを知る数少ない人物の一人である。


「まなぶうううゥ、まァた殺っちマったよぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉォ!」


 隆二はすでに隆一へと立ち戻っていた。
 常人なら悲鳴をあげかねないほどの壮絶な笑みを浮かべ、まるで呪詛のような言葉を吐きかけてくるが、学は無表情のまま静かにそれを聞く。


「いいぃッつもこうだぁ。俺の遊び相手はみーんな物言わぬ屍になっちマう。どおぉしてコうなっちまうかなア。やッぱり俺って死神ナのかねえぇ」

「……」


 隆一の問いかけに学は答えない。主のやることに口を挟む意志はなく、隆一もまた彼に回答を求めているわけではなかった。


「まっ、殺っちまったモンは仕方ないかァ。次の遊戯はもーチョっと頭使ッてやらネーといけねえナあ」


 学は桐崎組組長である桐崎虎鉄から桐崎隆二のお目付役として任命され、自分の後継者に相応しい男に育て上げるよう命じられた過去を持つ。
 当時は出来損ないの子供の世話を押しつけられたと嘆いていた学だが、隆二の中に隆一という別人格が宿っていることに気付いて以降、次第に考え方を改めていく。
 刃物を愛し、血と殺戮を好み、自らの手で築いた屍の山の上で独り微笑む。そんな悪の化身のような隆一に、いつしか学は惚れ込んでいたのだ。
 その後の学は、隆二を利用して組長の座を狙っていた頃が嘘のように隆一のために尽くした。彼は隆一に命じられるままに動き、時には親である虎鉄すら裏切り罠にはめた。その甲斐あって今の桐崎組は事実上隆一のものである。


「つーことでおまえ、ちょッと組抜けろヨ。天漢さんがイなくなっちマってちと人手が足りねえンだ。組の仕切りは親父にでもヤらせときゃいい」


 学は無言で頷いた。
 現在の学は若頭という立場で、半強制的に引退させられた虎鉄の代わりに桐崎組の運営の一切を任されている。かつては渇望した地位ではあるが、不思議と手放すことに何の惜しさも感じない。
 人には誰しも生まれた時より与えられし天命というものがある。学にとって隆一に仕えることがまさしくそれだった。生まれてすぐにそれに気付く者もいれば、気付かずに生涯を終える者もいる。気付くことのできた自分は幸福だと学は思う。


「シかしまあ、てめえでも呆れるほど派手に散らかしちまっタな。やれやれ、こりゃ後始末が大変ソウだ」

「片付けは早朝にいたしましょう。配備した部下を皆殺しにされてしまいましたので、人手が足りません」


 ――ああ、そうシてくれ。
 片手をひらひらと振りながら、隆一は興味なさげにそう命じた。


「次回の刀剣遊戯はドうするかナあ。国内開催は確定として、今度はモっと盛大にヤりたいねエ。こぉんな片田舎だけジゃなく、たとえばそう……日本全土を巻き込むような、どでかいドでかい祭りをサあ!」


 それには今よりもっと大きな力と綿密な計画が必要だ。ルールを定め、人をかき集め、政治家や警察機関を黙らせ、そして殺し合わせる。終わった後には骨すら残らぬほどの業火で、この国を焼き尽くすのだ。
 隆一は興奮を抑えきれずけたたましく笑い出した。不能なはずの下半身は勃起し、これ以上ないほどそり上がっていた。


「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだマだまだまだまだまだまだまだマダ殺りたりねェ! もっとだ! もっともっともっともっともっとモっともっともっともっともっともっと人の死をオれによこセぇえぇえぇえぇッ!」


 友重を惨殺したことで隆一の心に火がついた。今の彼は感情の赴くままに人を殺し続ける悪鬼そのものだった。
 一度外れた理性のタガはなかなか元には戻らない。友重をあっさり殺してしまったせいで欲求不満も甚だしい。このたぎりを抑えるためには更なる生け贄が必要だ。
 隆一は目を血走らせ、抜き身の短刀を握ったまま歩き出した。民家に闖入し惰眠を貪る一般人たちに血に彩られた永眠を提供するつもりだった。

 しかしそんな隆一を、彼の『親』は許さなかった。
 隆一の手から突如握力が失わた。短刀が力なくこぼれ落ちる。
 足も鉛のように動かなくなった。どれだけ力を篭めようとも痺れたように痙攣するだけだ。


「……無駄ナ抵抗を」


 隆一は怨めしそうに呟く。
 彼の内に潜む隆二の意志が、隆一の動きを封じていたのだ。このような事態は隆一が生まれて以来、初めてのことだった。


「生んでクれたことには感謝シないでもないデスが、今は大人しくシていてくだサい」


 しかし身体の優先権はまだ隆一のほうにある。巨大な悪意で隆二の脆弱な精神を無理矢理抑え込むと、口の両端を大きく釣り上げよこしまに笑う。


「ちょっとだけ手こずりマした。おかげで少し興が醒めちゃッたじゃないデスか」


 隆一は地面に唾を吐き捨て再び歩き出そうと足を前に出す。
 その時、自らが殺した友重の血でうっかり足を滑らせて転んでしまった。


「やれやれ、足にまだ痺れガ残ってマすねえ。一張羅が台無しデス」


 血で汚れたグラウンドに全身をしたたかに打ちつける。泥まみれになった隆一は愚痴りながらも腕に力を入れて立ち上がろうとした。
 が――そこで隆一は、自らの腹部に凄まじい激痛が走っている事実に気付く。
 転んだ程度でこれほど強い痛みを感じるものだろうか。隆一は上体を起こして恐る恐る自らの腹に視線を落とした。



「な、なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」



 それは単なる偶然か。はたまた禁忌を犯した狂人への神罰か。先ほど落とした短刀が転んだ拍子に隆一の腹に突き刺さっていたのだ。


 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!


 不測の事態。燃えるような熱さを伴った激痛。何より自らの生々しい血の色に恐れおののき、隆一はパニックに陥った。
 半狂乱で短刀を引き抜き自らから遠ざけるように投げ捨て、両手で腹を押さえながら子供のように泣き叫び、何度も学に助けを懇願し、隆一の意識はいつしか混濁の海へと沈んでいった。
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