【完結・R15BL】最弱インキュバスは自家発電で成り上がる!

明和来青

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第31話 模擬戦

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「お前、なんだか楽しそうだな」

 いつもの調子で仕事を片付けていると、ナイジェルから声が掛かった。いつもの半個室でランチをしながら、小声で会話する。

「王太子殿下との面談で、何かあったのか」

「えっ、いや…」

 相変わらず何を考えているのか分からない、不気味な存在ではある。だけど成り行きでステータスが見られて、ちょっと安心しているのと、そして成り行きで白ストペロリ、からのHentai紳士仲間と判明したこと。どっちもナイジェルには言えないし、しかも結局どうやってメレディスを守ろうとしているのか、俺たちは何をすればいいのか、分からないままだけど。

うちノースロップからすれば、お前の家は鬼門だ。父上からはお前と必要以上に関わるなと念を押されてきたし、王太子殿下も底が知れぬお人だ。しかし俺がお前なら、やはり父上のために力をつけて隠したろうし、王太子殿下とも積極的に手を組むだろう」

 なんだか難しい顔をしながら、ぽつぽつと語りだす。いや、本当にそういうことじゃないから。

「———メイナード。俺を利用しろ」

「はい?!」

 急に何を言い出すかと思えば。つい大声が出ちゃったよ。

「乗り掛かった船だ。今更引き返す気もない。俺では力不足かも知れんが、出来る限りの協力は惜しまない」

「一体何を」

「俺はお前をつがいと決めた。番を守れないなど、男とは言えない」

「いやだから、その番判定ってどっから?!」

「俺はお前を諦めない。例え相手が王太子殿下だったとしても」

 一体何がどうしてこうなった。確かに俺は、大掃除して、たまたまBL本を読んだ夢を見た。だけど俺は男を掘る趣味も、掘られる趣味もない。———確かにベロチューはしたけど。白ストペロリもしちゃったけど。

 ナイジェルは、言いたいことだけ言ってさっさと席を立って行った。



 混乱している。整理しよう。ナイジェルは、俺にちょっかい出して魅了され、俺に惚れたと思っている。一応魅了は解いたものの、誤解は続いたままだ。そして今も、謎の誤解が増えつつある。

 ナイジェルは、一体俺をどうしたいんだろう。夜這いを掛けてくるということは、俺を掘りたいんだろうか。しかし俺は、掘られるのだけはごめんだ。掘る側は———うん。掘る側なら、何とかなるかもしれない。男の娘だと思えば、行けなくはない、かもしれない。

 いや、どうしてそうなる。なんでナイジェルとの縁談を真に受けているのか。俺はただ、実家に居られずに家を出て、何とかして生き延びるために人間界へ———その先のライフプランを考える間もなく、あれよあれよと流され続けて、今ここだ。

 そうだ。人生設計。俺に足りないのは、ヴィジョンだ。

 しかし、これからの人生をどうこうする前に、とりあえず差し当たってはメレディスの討伐を阻止しなければならない。そして討伐阻止のためには、一体何をすればいいのか。この間は白ストからの脳内ギャラリーで盛り上がって終わってしまったが、いずれにせよ王太子殿下に協力をせざるを得ないということか。ナイジェルの問題は、その後だ。

 考えたって、結局答えは何も分からないままだ。どうしてこうなった。



 土曜日。俺はまた呼び出しを受け、王宮の訓練場にやって来た。グラウンドには既にノースロップ侯爵とナイジェルがいて、それぞれ準備運動に勤しんでいる。

「来たか婿殿!」

「む、婿殿では…」

「はっはぁ、遠慮するな!さあグラウンド三十周からだ!」

「ええ…」

 有無を言わせない圧。もうやだ、俺このオッサン苦手。

 しかしこの日のメインイベントは、それじゃなかった。



 後からやって来たのは、メレディスとプレイステッド閣下。そして王太子殿下もご臨席。侯爵が話を付けたようだ。

「剣を持つのは、久しぶりだ」

 刃を潰した訓練用の剣の感触を確かめながら、メレディスが呟く。彼が剣を振るうのは、大物の討伐依頼が来た時だけらしい。

 ノースロップ侯は、爪術の使い手。プレイステッド閣下は、主に剣術。剣術の手合わせなら剣術同士の方がいいだろうということで、今回はこの二人の模擬戦が行われるらしい。

「一本でも二本でもいいぜ。来いよ」

 プレイステッド閣下は不敵な笑みを浮かべる。彼は現役最強の剣士の一人だ。剣術Maxソードマスターは世界に何名か存在するが、相対する二人を除いては、執務のために一線を退いた王太子殿下、剣術道場の師範たち、そして父上。身近にはそのくらいしかいない。そもそも一つのスキルを極めようと思ったら、レベル五十五相当のポイントが必要なわけで、生来生まれ持ったスキルも勘案すると、最低レベル百十はないとマスターにはなれない。そしてそれは、一握りのエリートのみに許された幸運だ。すなわち、貴族の子息として護衛を連れてレベルを上げるか。もしくは冒険者として運良く大成するか。騎士団に属していても、マスターまで上げ切る者は稀である。いわんや一般人が、付近の森に分け入って、弱い魔物を相手にしたところで、一生かかってもスキルレベルを最大値まで上げることはできない。

 剣の感触を確かめていたメレディスは、やがて一本だけを手に取って構えた。彼が左利きだということを、俺はこの時初めて知った。プレイステッド閣下も彼に合わせて一刀を構える。訓練中の副団長が、彼らの間に立って、審判を務める。

「始め」

 合図が終わったかどうか。その瞬間、メレディスは閣下の喉元に剣を突きつけていた。

「ひゅっ…」

 沈黙が流れる訓練場に、閣下の息を呑む音が微かに聞こえる。やがて五秒くらいの時間が経過して、審判が震える声で「勝負あり」と宣言した。一体何が起こったのか、誰にも分からなかった。メレディスは一礼して、元の立ち位置に戻った。

 そこから閣下の顔色が変わった。彼らは無言でお互い二刀を構えると、まるで世界に彼ら以外に存在しないかのように静かに見つめ合っている。我に返った審判が「始め」と宣言すると、二人の足元が、じり、じり、と動き出した。

 一体どちらから仕掛け始めたのか。ほとんど同時に姿が掻き消えたかと思うと、キン、キンという鋭い音と、火花。彼らは恐ろしいスピードで、縦横無尽に打ち合っている。魔眼に力を集めなければ、彼らが一体何をしているのか、俺でも分からない。ほぼ全ての剣戟が、剣舞スキルのように美しく舞い踊るメレディス。彼は身体強化の代わりに、飛翔フライとウィンドカッターを巧みに身体にまとわせ、身体能力とスピードを増している。一方閣下は、格闘術と身体強化、そして天性のセンスと直感で、メレディスの猛攻に対応している。しなやかな肉体が躍動し、異国の舞踊を見ているようだ。そして驚くべきことに、そのどちらも、これだけの応酬を交わしながら、致命傷になるような攻撃を放っていない。彼らはの剣術は、俺の想定していたものと次元が違う。

 隣で王太子殿下がポツリと呟く。

「僕たちの代の剣術の主席は、メレディスだったんだ」

 彼は眩しいものを見るように、目を細める。

「あれでまだ、『権能』を使ってないんだよ。ズルいよね…」

 メレディスはヴァンパイアの頂点として、「真祖の権能」というスキルを持ち、生命力と引き換えに、かの災禍を引き起こした真祖の力の何割かを行使することができる。閣下も、神狼の能力を発現する神狼の遠吠えグレートハウリング というスキルを持っているが、今現在の力量差で見ると、恐らくメレディスに軍配が上がるだろう。

 ほとんどの者が、何が起こっているのかどんな試合が繰り広げられているのか、視覚で捉え切れないにも関わらず、凄惨な戦いに全員が魅了されていた。俺も二人の想像を絶する強さに、心臓が握り潰されそうだ。二人の舞をいつまでも見ていたかったが、やがて一瞬風の魔力の出力を上げたメレディスが、閣下の対応よりもわずかに早く首元を獲った。

「…参りました」

 審判が宣言するより早く、閣下が唸った。しかし二人の顔には、笑みが浮かんでいた。



「お見事でした、閣下」

 メレディスは丁寧に一礼する。

「久々に本気マジモンの本気出したけど、敵わなかったぜ」

「私は左利きで、対人戦に向いているだけです。閣下の力量には遠く及びません」

「謙遜すんなよ!へへっ、叔父貴って呼んでいいか?」

「オジキ…?」

 いつもの通り表情筋が仕事をしないメレディスに対し、閣下はすっかりマブダチモードだ。こないだは「たかが二本角」と侮っていたが、強い者へ素直に敬意を表するのは、力こそパワーな獣人ならでは。なお、閣下の義母が水竜人であり、メレディスの妻ミリアムとは腹違いの姉妹になるため、叔父といえば叔父ということになる。そして市井しせいのスラングに疎いメレディスは、全く意味を理解していない。何か用があるのか、「これにて」とグラウンドを去るメレディスに、閣下が「なぁなぁ、またやろうぜ」と子犬のようにまとわり付き、彼らは仲良く?ロッカーに去って行った。

 一方、置いて行かれた俺たちは、まるでお通夜だ。

「———あれとやんのかよ、殿下」

「さてね。僕としてはそれを避けたいところなんだけど、いざという時には頼りにしてるよ」

「ぞっとしねェな…」

 悪戯っぽく笑う殿下に、青褪める侯爵。ナイジェルに至っては無言だ。ヤバい、中途半端な力では、ものの役にも立たない。紳士同盟だなんて浮かれていた俺は、メレディスの途方もない強さに立ち尽くした。
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