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第33話 地道な訓練
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月曜日のランチ時。
「お前は馬鹿なのか」
俺が冒険者ギルドで薬草採取したってポロッとこぼしたところ、ナイジェルが呆れ返っていた。そう、貴族のレベル上げは、大体自領の魔物討伐だ。特に当主や後継は、精鋭を引き連れて大物を狩る。そして円卓クラスとなれば、若いうちから修行に出かけ、大陸中をひたすら強い魔物を求めて旅することとなる。
「長角ともなれば、その辺りの魔物で力量が上がるわけがないだろう」
おっしゃる通り。なお、騎士は時折遠征討伐に駆り出されてレベルアップする。俺の所属する内偵課も例外じゃないらしい。今はまだ就職して間もないが、いずれそのうちローテーションが回ってくるそうだ。
「しかも私服のまま丸腰など。一体お前は、これまでどこでどうやって修行を積んでいたんだ」
「そ、それは企業秘密で」
「ふん、まあいい。今度装備を整えるのに付き合ってやる。得物は剣でいいのか」
「はい、おなしゃす…」
俺は背中を丸め、小さくなってランチをカッ込んだ。ナイジェルの塩対応に、妙な安心感。やっぱり彼はこう、上から目線で嫌味な態度がよく似合う。
ランチの後は訓練場だ。ナイジェル曰く、「そんなに強くなりたいなら、まずは基本だ」とのこと。真面目か。
しかし、彼の言いたいことも分かる。訓練場で筋トレしたって模擬戦したって、レベルは上がらない。だけど、数値には表れないプレイヤースキルって大事だ。俺は薬草採取にかまけて殺人熊の接近に気付かず、熊を倒した者が恐ろしくて魔力を練ることもできなかった。あれが分家のヴァンパイアだったから良かったものの、そうでなければ命を落としていたかもしれない。鑑定だってそうだ。薬学を取っていたから薬草の鑑定が捗ったわけで、直接レベルアップにつながらないまでも、訓練や座学って侮れないのだ。
現に、先日殿下をペロリしてレベルが上がった剣術スキル。Lv4の回転撃をナイジェルに打ち込んでみたが、てんで相手にならなかった。スピード、正確さ、そして威力。ステータスは俺の方が大幅に上回っているのに、全然歯が立たない。軽く同じスキルをぶつけられて、手酷く撃ち返される。
もちろん、俺の強みはINTやDEXであって、典型的な後衛デバッファーだ。前衛職で勝負する必要はない。だけど土曜日のあのメレディスの強さを見てしまった以上、そんなことも言っていられなくなった。大体ボス戦では、大技を喰らった後衛から死んでいくもんだ。HPの底上げと守備力アップ。この辺は、魔導職の永遠の課題でもある。
「雑念だらけだ」
「ぐへっ」
気が付けば目の前にナイジェルがいて、横腹を痛打する。訓練用の剣は刃を潰してあり、サーコートにはある程度の守備力があるにせよ、普通に激痛だ。持ってて良かった治癒スキル。だけど治したそばからまた立ち会い、そしてフルボッコ。鬼教官め。
くたくたになってベッドに倒れ込むと、部屋の隅が音もなく光る。そこには俺と同じく就寝の身支度を済ませたメレディスの姿があった。
「———昨日、お前が領内で薬草を摘んでいたとモリスが」
「うぇっ?あ、ええ…」
「お前は口付けだけで私の渇きを癒し、そしてこの家の鍵を渡して次の日にはこの部屋にいた。一昨日は訓練場にいたのに、昨日は領にいて、殺人熊とモリス共々邸まで連れ帰った」
ギシリ、とベッドの端に腰を下ろし、メレディスが唐突に切り出す。
「オスカーから聞いた。私のために力を偽装していたのだと」
おっと殿下。俺が白ストとベロチューでレベルが上がっちゃったのを伏せてくれたんだ。
「えっと父上のことは、俺にとっても無関係じゃないので…」
俺は慌てて、距離を置いた返事をした。するとメレディスの表情はほとんど変わらないのに、ものっすごくしょげているのが伝わる。見えない耳と尻尾がへにょへにょと萎れている。どうやら選択肢を間違えたようだ。
「あのっ、俺も微力ながら、メレディスのことを守るから」
偽装を解いて、頬に手を添えて唇を重ねる。彼は一瞬目を見開いて、その後は従順に睫毛を伏せ、俺と唾液を分け合った。なんだかおかしなことになっちゃったな。こないだナイジェルに迫られたかと思ったら、今のところ一番恋人っぽいムーブなのが父親なんだもの。しかしまあ、これは大厄災を防ぐための給餌なので、仕方ないといえば仕方ない。
なお、これでまたあっさりとレベルが上がった。土曜日の訓練、日曜日の冒険者入門、今日の地獄の稽古。全てが馬鹿らしくなってしまう。なんだかなぁ。
「お前は馬鹿なのか」
俺が冒険者ギルドで薬草採取したってポロッとこぼしたところ、ナイジェルが呆れ返っていた。そう、貴族のレベル上げは、大体自領の魔物討伐だ。特に当主や後継は、精鋭を引き連れて大物を狩る。そして円卓クラスとなれば、若いうちから修行に出かけ、大陸中をひたすら強い魔物を求めて旅することとなる。
「長角ともなれば、その辺りの魔物で力量が上がるわけがないだろう」
おっしゃる通り。なお、騎士は時折遠征討伐に駆り出されてレベルアップする。俺の所属する内偵課も例外じゃないらしい。今はまだ就職して間もないが、いずれそのうちローテーションが回ってくるそうだ。
「しかも私服のまま丸腰など。一体お前は、これまでどこでどうやって修行を積んでいたんだ」
「そ、それは企業秘密で」
「ふん、まあいい。今度装備を整えるのに付き合ってやる。得物は剣でいいのか」
「はい、おなしゃす…」
俺は背中を丸め、小さくなってランチをカッ込んだ。ナイジェルの塩対応に、妙な安心感。やっぱり彼はこう、上から目線で嫌味な態度がよく似合う。
ランチの後は訓練場だ。ナイジェル曰く、「そんなに強くなりたいなら、まずは基本だ」とのこと。真面目か。
しかし、彼の言いたいことも分かる。訓練場で筋トレしたって模擬戦したって、レベルは上がらない。だけど、数値には表れないプレイヤースキルって大事だ。俺は薬草採取にかまけて殺人熊の接近に気付かず、熊を倒した者が恐ろしくて魔力を練ることもできなかった。あれが分家のヴァンパイアだったから良かったものの、そうでなければ命を落としていたかもしれない。鑑定だってそうだ。薬学を取っていたから薬草の鑑定が捗ったわけで、直接レベルアップにつながらないまでも、訓練や座学って侮れないのだ。
現に、先日殿下をペロリしてレベルが上がった剣術スキル。Lv4の回転撃をナイジェルに打ち込んでみたが、てんで相手にならなかった。スピード、正確さ、そして威力。ステータスは俺の方が大幅に上回っているのに、全然歯が立たない。軽く同じスキルをぶつけられて、手酷く撃ち返される。
もちろん、俺の強みはINTやDEXであって、典型的な後衛デバッファーだ。前衛職で勝負する必要はない。だけど土曜日のあのメレディスの強さを見てしまった以上、そんなことも言っていられなくなった。大体ボス戦では、大技を喰らった後衛から死んでいくもんだ。HPの底上げと守備力アップ。この辺は、魔導職の永遠の課題でもある。
「雑念だらけだ」
「ぐへっ」
気が付けば目の前にナイジェルがいて、横腹を痛打する。訓練用の剣は刃を潰してあり、サーコートにはある程度の守備力があるにせよ、普通に激痛だ。持ってて良かった治癒スキル。だけど治したそばからまた立ち会い、そしてフルボッコ。鬼教官め。
くたくたになってベッドに倒れ込むと、部屋の隅が音もなく光る。そこには俺と同じく就寝の身支度を済ませたメレディスの姿があった。
「———昨日、お前が領内で薬草を摘んでいたとモリスが」
「うぇっ?あ、ええ…」
「お前は口付けだけで私の渇きを癒し、そしてこの家の鍵を渡して次の日にはこの部屋にいた。一昨日は訓練場にいたのに、昨日は領にいて、殺人熊とモリス共々邸まで連れ帰った」
ギシリ、とベッドの端に腰を下ろし、メレディスが唐突に切り出す。
「オスカーから聞いた。私のために力を偽装していたのだと」
おっと殿下。俺が白ストとベロチューでレベルが上がっちゃったのを伏せてくれたんだ。
「えっと父上のことは、俺にとっても無関係じゃないので…」
俺は慌てて、距離を置いた返事をした。するとメレディスの表情はほとんど変わらないのに、ものっすごくしょげているのが伝わる。見えない耳と尻尾がへにょへにょと萎れている。どうやら選択肢を間違えたようだ。
「あのっ、俺も微力ながら、メレディスのことを守るから」
偽装を解いて、頬に手を添えて唇を重ねる。彼は一瞬目を見開いて、その後は従順に睫毛を伏せ、俺と唾液を分け合った。なんだかおかしなことになっちゃったな。こないだナイジェルに迫られたかと思ったら、今のところ一番恋人っぽいムーブなのが父親なんだもの。しかしまあ、これは大厄災を防ぐための給餌なので、仕方ないといえば仕方ない。
なお、これでまたあっさりとレベルが上がった。土曜日の訓練、日曜日の冒険者入門、今日の地獄の稽古。全てが馬鹿らしくなってしまう。なんだかなぁ。
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