【完結・R15BL】最弱インキュバスは自家発電で成り上がる!

明和来青

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第56話 葬送

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 俺と殿下、そして陛下と王妃様、メレディス。今日は五人で元楽園こと冥界にやって来た。

 二年の間、主に殿下が地下の研究施設ラボに詰め、およそ全てのログを集め、読み解き、この楽園のシステムは完全に停止している。今回は、その最後の仕上げ。棺に入ったままの族長を、彼らの仲間の元へ送る儀式だ。

 彼らがこの地に漂着して、もう幾千年。彼はたった一人のオリジナル。残りは人工生命体ホムンクルスだ。とはいえ彼らの技術は非常に高く、オリジナルと同じ記憶と人格、生殖能力すら備えている。聖龍に至っては、この世界の龍の卵を貰い受け、かつて太陽と呼ばれた男のスキルと人格が注入されている。彼らがヴァンパイアから取り上げた魂結いやエナジードレインを持つのと同様、殿下が堕天使にも関わらず世界ザ・ワールド審判ジャッジメントのスキルを持つのも同じ理屈だ。

 しかしどれだけ精巧でも、コピーを繰り返せば摩耗する。やがて半数ほどの天使族は復活しなくなり、メジャーと呼ばれた主要メンバーのうち、残るは皇帝・女教皇・法皇・太陽の四名。そして天使族の頂点として、只一人延命を繰り返して生き延びてきたオリジナルの皇帝かれも、もう随分と摩耗が進んでいる。

「小さい時は、とても恐ろしい人だと思っていたけれど」

 俺たちは彼を旧神殿に運び、祭壇の前に安置した。みんなやるせない顔をしている。彼のために、殿下は忌み子と蔑まれ、討伐兵器として壮絶な人生を送って来た。魔王陛下は王妃様と離れ離れに。そしてメレディスは、彼自身が長らく飢餓に耐えながらいつか正気を失って殺される運命を背負って来た。それだけじゃない、彼の両親は物心つかないうちに討伐され、そのまた先祖も。

「父のしてきたことは、許されることではありません。しかし彼の苦闘もこれで終わるでしょう。どうか神の御手に」

 王妃様。殿下とそっくりの、美しく気高い女性だ。生物学的には皇帝の娘に当たるのだろうが、彼女の瞳には強い意志が宿っている。

 冥神の使徒として、メレディスが黙祷して祈りを捧げる。すると棺はふわりと光に包まれ、そして粒となって虚空に溶けていった。まるで綿毛が飛ぶように、ふわふわと。

 一瞬、棺の周りを白い翼を備えた人々が取り囲んでいたのは幻だったのだろうか。しかし彼らもまた、光の粒となってふわふわと消えていった。

 ———これが俺たちの、楽園での最後の時間だった。



 その後の天使族は、憑き物が落ちたかのように従順になった。実際、彼らは族長の「皇帝」というスキルで無意識に絶対服従を刷り込まれて統率されていた。諜報に出ていた四名を含め、マイナーと呼ばれる三十四名は明らかに動揺し、魔人国の王妃として収まった女教皇オフィーリア様をリーダーとして付き従うこととなった。晴れて全員公務員。良かったね。

 様子が違うのが、竜人領に送られた聖龍と法皇だ。特に聖龍は、太陽と呼ばれた天使族の人格と記憶を持ち合わせていて、更生が一筋縄では行かない。たびたびオールドフィールド領から抜け出して、俺を目当てに飛んで来る。

「メイナード!今日こそ僕のお嫁さんになってもらうよ!」

「聖龍様!其奴そやつは余りにも危険です」

 法皇は相変わらず聖龍のお世話係を務めている。同格である女教皇オフィーリア様の傘下に入るのを良しとしないのか、それとも聖龍(太陽ザ・サン)のパシリが板についてしまったのか。しかし脱走を繰り返す聖龍は、竜人族の間でも持て余されつつある。法皇は何の抑止力にもなってない。そんな時は———

「おいチビ。何度言ったら分かるんだ。お前にくれてやる嫁なんかねェ」

 魔王陛下怒りの右ストレート。

「ぐへぁ!」

「ふふ。何度言えば分かるのかな?迷惑だって」

 オスカー殿下満面の笑みでアイアンクロー。

「んご…」



 竜族は獣人と同様、強い者に絶対服従だ。それは皇帝スキルでの支配ではなく、もっと本能的で魂に刻み込まれている。彼は竜人よりも上位の龍とはいえ、自分よりも遥かに強い二頭の竜に威嚇され、法皇に抱かれてプルプルしている。

「そ、そんなことを言ったって、メイナードだって前途有望な若者がいいに決まってる!」

 しかし竜族は獣人と同様、自らのつがいに並々ならぬ執着を見せる。一度や二度の撃退くらいではへこたれない。その根性は見上げたものだ。しかし。

「彼はそう言ってるけど、どう?」

「いや…俺、ショタ属性もないですし、中身がオッサンだと分かったら余計に萎えるっていうか」

「オッサンじゃない!太陽《ザ・サン》といえば天使族の王子様、みんなの愛されアイドルだよ?!」

 いや知らんし。そうこうしているうちに、オールドフィールドから迎えがやって来る。尖った耳に鮮やかな緑の髪、精悍な顔をした若者だ。

「お前は何度言っても学習しない。今度という今度は自力飛行で帰還だ」

 そう言って、白い小龍に首輪が付けられる。

「隷属の首輪!それでは幼い聖龍様にはあまりにも」

「うるさい、お前もだ」

「なな何ですと!」

 ガチャリ。

「あー、ご面倒お掛けします。転移でお送りしましょうか?」

 毎度毎度、遠方からご苦労なことだ。龍の育成は彼らの管轄とはいえ、ちょっと申し訳ない。

「いや、此奴こやつは以前「番が転移で送ってくれた」とはしゃいでいたからな。なあに、ここまで自力で飛んで来たんだ。どうということはない」

「やだっ!風龍について行けるわけないじゃないかぁ!!助けてメイナード!!旦那様がピンチだよ?!」

「誰が旦那様だ」

「さ、お帰りはあちらだよ」

 風龍はこくりと頷くと、ベランダから「ドンッ」という爆音と共に飛び出した。遅れて、首輪で繋がれた彼らが「ギャッ」と一声発したかと思うと、三人は一瞬で青空の下に消え去った。

 思い出す。オスカー殿下と一緒にメレディスに連れられ、楽園に飛び立った日のことを。あの時は死ぬかと思った。そして俺は悟った。風属性ってみんなスピード狂だ。

「あの調子じゃあ、また来るだろうな」

 魔王様がボヤいている。聖龍と法皇が自力で飛ぶ能力があるとしても、オールドフィールドからは休まず飛んで二日はかかる。その間、彼らは放っておかれたわけだ。基本的に「修行」といえば辺境に放置というスパルタ方式の竜人族(および龍族)とはいえ、彼らの脱走はすぐに感知出来るはず。

 竜にとって、つがいは狂おしいほどに離れがたく、何よりも重要なもの。彼らの脱走は、半ば黙認されているのだ。

「天使族とヴァンパイアとの因縁を断ち切ったメイナードに、恩知らずなことだね」

 そう。毎回風龍が回収に訪れるのは、俺に対する忖度そんたくに過ぎない。そうでなければ、有無を言わさず番を連れ帰り、監禁してひたすら愛でるということも辞さない。そして、あわよくば俺が聖龍の嫁として竜族に取り込むことができれば、というオールドフィールド公の思惑も見え隠れする。竜族は恐ろしいんである。
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