【R18】定時過ぎたら下克上!〜イケメン新入社員はバリキャリ女子を溺愛したい〜

染野

文字の大きさ
1 / 54

1.営業とアシスタント

しおりを挟む
『わたし輝く、こころ輝く。』

 そんなキャッチコピーが書かれたポスターが壁に何枚も貼られているこのオフィスは、中里なかさと 明希あきが新卒で入社してから七年間働き続けている場所だ。
 高校生の頃からメイクに興味があった明希は、就職活動を始める前から化粧品業界を志望していた。そして、念願叶って入社したのがこの会社だった。
 名の知れた大手化粧品メーカーではないものの、明希はこの会社が好きだった。自分の勤める会社名がテレビCMで流れることは無くとも、自分の手がけた商品が店頭に並んでいるのを見るだけで心が躍る。そして、その化粧品をどこかの誰かが使ってくれていると思うだけで明希の意欲は無限に湧いてくるのだ。

「おい、中里ぉ! 話がある、会議室に来い!」
「はいっ、今行きまーす!」

 直属の上司に呼ばれ、書きかけの書類はそのままに急いで席を立つ。
 入社したての頃はこの口の悪い上司が恐ろしくて仕方なかったけれど、七年も経てば嫌でも慣れる。それに、この上司は口調こそきついが実は思慮深く、いざという時は誰よりも頼りになることを知っているから、今ではこの人の部下でよかったとすら思うようになっていた。
 まあ、新入社員には必ずと言っていいほど怖がられてしまうので、毎年そのフォローをさせられることだけはいささか不満だけれど。

「失礼します、中里です!」
「おう、とりあえず座れ。もう一人来てから説明する」
「え……もう一人って?」
「今年の新入社員だよ。研修期間が終わって、三課に配属になったんだ。喜べ、お前がずっと欲しがってた専属アシスタントだぞ」
「えっ! 本当ですか!」

 普段よりワントーン高い声で喜ぶ明希に、上司の岩村いわむらはふっと小さく笑みを漏らす。思わずはしゃいでしまったことに気付いた明希は、慌てて居住まいを正して岩村の次の言葉を待った。

「部長は渋ってたんだが、俺がごり押ししたんだ。中里を営業に集中させてやれば、必ずもっと良い成績を残すぞ、ってな。感謝しろよ」
「い、岩村さぁん……! ありがとうございますっ!」
「まあ、アシスタントって言ってもまだ何も知らない新入社員だけどな。自分の仕事だけじゃなくて、新人の面倒もちゃんと見てやるんだぞ。それで後々楽になるのはお前なんだからな」
「はいっ! もちろんです!」

 明希の所属する営業三課には、明希を含めて五人の営業職が在籍している。しかし、その補佐をする営業事務は正社員が二人と、短時間勤務のパート職員が一人の計三人しかいない。
 営業事務の負担を減らすため、五人の営業職のうち一番若手である明希は、事務作業もできるだけ自分自身で行うようにしていたのだが、選定会や工場視察などの予定が入るとどうしても事務作業は後回しになってしまっていた。
 その作業を片付けるために夜遅くまで残業をしたり家に仕事を持ち帰ったりと、明希なりに頑張ってはいたのだが、それでもやはり限界はある。そのため、事務作業を一手に引き受けてくれるアシスタントを付けてほしいと前々から岩村に訴え続けていたのだ。

「それで、どんな子ですか!?」
「焦るな焦るな。もう来ると思うが……」

 岩村がドアの方に目をやるのとほぼ同時に、コンコンと控えめなノックの音がした。「入っていいぞ」と岩村が返事をすると、静かに扉が開いて一人の若い男の子がおずおずと部屋に入ってくる。

「は、初めまして! これからお世話になります、立岡たつおか じゅんといいます!」

 はきはきと元気よく挨拶をした男の子は、真新しいスーツにシンプルな紺色のネクタイを締めた格好で、明希に向かって深々とお辞儀をした。
 その姿を呆然と見つめていた明希は、岩村に小突かれてからようやく「初めまして」と戸惑いながらも挨拶を返す。

「えっ……もしかして、アシスタントになる……?」
「はい! ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、精一杯頑張ります! よろしくお願いします!」
「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 立岡につられて同じくらい深々と頭を下げると、そのやり取りを見ていた岩村が豪快に笑う。

「中里ぉ! お前、女子社員が来ると思ってただろ!」
「えっ!? あ、えっと、はい、勝手に女の子だと思ってました……」
「まあ、うちの会社はただでさえ女子社員の方が多いしなぁ。アシスタント希望者も大体女子だし。でもな、立岡は自分からお前のアシスタントに立候補したんだぞ!」

 え、と小さく声を漏らすと、立岡は照れ臭そうに頭を掻いた。

「あの、僕、会社説明会に参加したとき、中里先輩のお話を聞いたんです。それがこの会社に入りたいなって思ったきっかけだったので、中里先輩のいる三課でアシスタントができるって聞いて、ぜひそこで働きたいと思いましてっ」

 たどたどしく経緯を説明してくれた立岡に、明希は目を丸くする。
 一年ほど前、明希は就活生向けの会社説明会で先輩社員の一人として話をした。確か、一日の業務の流れや仕事のやりがいなど、ごくありふれたことを喋った覚えはある。

「こんな熱い思いで仕事をしてるんだなあって、僕、感動したんです! またお会いできて嬉しいです!」
「え、そ、そうなんだ」
「はい! これからお世話になりますっ」

 また深々と頭を下げた立岡に、明希はぎこちない笑みを零す。
 明希の話に感動したという立岡だが、正直なところそこまで人の心に残るような良い話をした覚えは無かった。それどころか、人事でもないのに会社説明会に繰り出されることになって面倒だとすら思っていたのだ。
 でも、きらきらとした尊敬の眼差しでこちらを見つめる立岡に、まさかそんなことを言えるはずがない。明希は話を逸らすように立岡に向かって右手を差し出した。

「私もまだまだ半人前だけど、精一杯指導するから。よろしくね、立岡くん」
「は……はい! よろしくお願いします!」

 やる気に満ちあふれた様子の立岡は、差し出された明希の右手を両の手でぎゅうっと握りしめた。その力が思った以上に強くて、明希は苦笑いをこぼす。

「た、立岡くん? 張り切るのはいいんだけど、もうちょっと手加減してくれるかな」
「え? ……あっ、す、すみません! 痛かったですか!?」
「ちょっとね。取引先の人ともたまに握手することはあるから、その時はもう少し優しくしてね」

 やんわりと注意すると、立岡の頬がうっすらと朱に染まる。
 純度100パーセント、という言葉が彼にはしっくりくるような気がした。初々しさの塊のような男の子だ。
 とりあえずやる気は十分あるようなので、あとはどの程度仕事を任せられるようになるかが問題だ。課長に直談判してくれた岩村のためにも、すでに自分を「先輩」と慕ってくれている立岡のためにも、丁寧に指導して早く一人前の社員になってもらわなければならない。

「よし。それじゃあ早速、他のメンバーにも紹介するか。付いてこい」
「はいっ!」

 岩村の言葉に、明希と立岡は同時に返事をした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

独占欲強めな極上エリートに甘く抱き尽くされました

紡木さぼ
恋愛
旧題:婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話 平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。 サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。 恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで…… 元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる? 社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。 「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」 ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。 仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。 ざまぁ相手は紘人の元カノです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...