【R18】定時過ぎたら下克上!〜イケメン新入社員はバリキャリ女子を溺愛したい〜

染野

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14.パーティードレスと惑い①

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 失態を犯して岩村に叱責された後も、明希はいつもの調子を取り戻すことができずにいた。
 この前のような大きなミスとまではいかなくとも、ちょっとした忘れ物やメールの打ち間違えをしたり、さらには入社して初めて寝坊までしてしまった。幸い就業時刻ギリギリに出社できたものの、すっぴんで髪型も整っていない姿を見た三課の皆に「最近、大丈夫?」と声を掛けられる始末だ。
 しかし、どれだけ落ち込んでいようとも時間は止まってくれない。やらなければならない仕事は相変わらず山積みで、明希は魂の抜けたような状態で仕事に向かっていた。

「おーい、中里ちゃーん。そろそろ時間じゃない? 立岡くんと一緒に行くんでしょ、八千穂さんとこのレセプションパーティー」
「あっ、そうだった……! 急がないとっ」
「やだ、忘れてたの? 本当に最近どうしちゃったのよ、中里ちゃんらしくない」

 松原が心配そうに声をかけてきたが、明希も自分にそう問いたい気分だった。
 最近の自分は、なんだか変だ。いつまで経っても本調子を取り戻せない。少し前まではわくわくしながらやっていた仕事も、今ではただロボットのようにこなしているだけだった。
 そんな時に限って、デザイナーの八千穂が主催するレセプションパーティーに招かれてしまった。独立して作った会社の創立記念だとかで、三課を代表して明希と立岡が出席することになっているのだ。
 明希が慌てて散らばった机の上を片付けていると、それを見ていた松原がふうとため息をついて立ち上がる。

「中里ちゃん、もう行ってきなよ。後は私がやっておくし」
「えっ、でも……」
「大丈夫! それ、PDF化してる最中なんでしょ? それくらいならやっておいてあげる」
「で、でも、申し訳なくて」
「いいってば! たまには華やかなとこ行って楽しんでおいで! ほら、立岡くんも!」

 隣で作業をしていた立岡がぱっと顔を上げる。二人で顔を見合わせてから、すでに明希の手元から書類を抜き去っていった松原にぺこりと頭を下げる。

「すみません、松原さん……いってきます」
「うん、いってらっしゃい。立岡くん、中里ちゃんのことよろしくね」
「はい!」

 立岡は元気よく返事をしたが、明希はまた表情を曇らせた。

 ──私は、七つも年下の後輩に「よろしく」されなければならないほど落ちぶれてしまったのだろうか。
 少し前までは、「立岡くんの面倒見てやりなよ」と明希が彼の指導を任されていたはずなのに、すっかり立場が逆転してしまっている。
 松原は何気なく言っただけなのだろうけれど、だからこそその言葉は明希の心にぐさりと深く突き刺さった。

「な、なんだか緊張しますね。僕、レセプションパーティーなんて初めてです」

 エレベーターに乗ってから、立岡がやけに明るい声で言った。きっと、この重たい空気を変えようとしているのだろう。
 明希より幾分か高い位置にある立岡の表情は、自信に満ちあふれていた。仕事にやりがいを見出して、これから起こる出来事が楽しみで仕方ないといった表情だ。

 指導を務めた身からすれば、立岡の成長は何よりも嬉しいことだ。業務を覚えただけでなく、彼が今の仕事を楽しんでいることが目に見えて分かる。それはもちろん立岡の努力の結果であるけれど、同時に明希の成果でもあるのだ。
 それなのに、今の明希はその考えに至らない。立岡の輝かしい姿を、素直に喜ぶことができなかった。

「……よかったじゃん」
「えっ?」
「レセプションパーティーなんて、私だってこれが初めてだよ。私が新人の頃は行かせてもらえなかった」
「えっ……そ、そうなんですか……?」
「うん。私なんかがパーティーに出たところで、なんの宣伝にもならないしね」

 自嘲気味に笑うと、立岡は気まずそうに視線を逸らした。こんな僻んだ感情を彼にぶつけたくはないのに、堰を切ったかのようにネガティブな言葉が明希の口をついて出てくる。

「……交代、しようか」
「えっ……何をですか?」
「仕事。岩村さんが言ってたでしょ。営業とアシスタント、交代したらどうだって。私もその方がいいと思う」
「な……何を言ってるんですか。僕なんて、中里さんの足元にも及びません」
「そんなことないよ。立岡くんはよく気が利くし愛想もいいし、営業に向いてると思う。私なんかより、ずっと」

 無意識のうちに声が震えた。この場で泣きじゃくりたい衝動に駆られるが、必死に堪える。自分で言ったくせに、立岡に「そうしましょう」と返されたらと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
 しかし、立岡はそれには頷かずに、険しい声で言った。

「……僕は、中里先輩のアシスタントです。勝手に変えようとしないでください」
「で……っ、でも、立岡くんの方が仕事できるもん。それに比べて、私は」
「僕に仕事を教えてくれたのは、中里先輩です。だから、先輩と僕を比べたって何の意味もない」
「それ、は……」
「僕は、中里先輩のもとで仕事がしたいと思ったから今ここにいるんです。……中里先輩じゃないと、駄目なんです」

 立岡の曇りのない瞳が、じっと明希を見据えている。その目で見つめられると、卑屈な発言をした自分がなおのこといたたまれなくなって、明希は耐え切れずに目を逸らした。
 それから、パーティーが行われる会場に着くまで、明希と立岡は一言も口をきかなかった。
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