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15.パーティードレスと惑い②
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八千穂の主催するレセプションパーティーは、芸能人の結婚式が行われるような高級ホテルの会場で行われた。
普段であればうきうきしながらパーティーの準備をしたのだろうが、今はそんな気分になれるはずもない。いつか友達の結婚式の二次会で着た総レースのワンピースドレスに着替えた明希は、浮かない顔のまま会場に入り、マイクを使って挨拶をしている八千穂の姿を遠くから眺めていた。すぐ後ろには、立岡が無言で立っている。
「お飲み物はいかがですか?」
ぼうっと突っ立っていた明希に、ホテルのスタッフらしい男性が話しかけてきた。ああ、はい、と曖昧に頷くと、シルバートレイに乗せられたカクテルを一つ手渡してくれる。
今日は立食パーティー形式だから片手でつまめるような食事もテーブルに用意されているけれど、明希はそれに一切手をつけていなかった。空きっ腹にアルコールか、と少し躊躇したものの、明希はそれをひと息に飲み干した。
「ちょ、ちょっと、中里先輩。そんな一気に飲んで大丈夫ですか?」
その様子を見ていたのか、立岡が横から慌てて声をかけた。彼もまたカクテルグラスを片手に持っているが、まだ口をつけていないようだ。
「大丈夫だよ、これくらい」
「でも先輩、下戸だって言ってたじゃないですか。飲むにしても、もう少しゆっくり……」
「カクテル一杯くらいじゃ酔わないよ。八千穂さんの挨拶も終わったし、私ちょっとトイレ行ってくる」
気づかわしげに伸ばされた立岡の手を振り払って、明希は会場を後にした。
誰もいない女子トイレに入ると、無意識のうちにため息が漏れた。ああいった賑やかな場所はどちらかといえば好きなのに、今日はやけに疲れる。きらきらしい装飾も、楽しそうな人の声も、すべてが明希を追い詰めているかのように思えた。
手を洗いながらふと鏡を見る。そこには、どう見てもやつれた自分の姿が映し出されていて、明希はぎょっとした。
慌ててバッグから化粧ポーチを取り出して、ファンデーションを塗り直し、明るい色のチークで顔色をごまかす。もう一度鏡を見てみると、さっきよりはまだましな顔になった。
やっぱり、こんな時でもメイクだけは明希の味方だった。
会場に戻ると、招待客のスピーチなどは既に終わり、それぞれが好きなように歓談を楽しんでいた。一言挨拶をしようと八千穂の姿を探したけれど、彼はどこかの企業のお偉方らしいおじさんたちに囲まれていて、とても明希のような一般人が話しかけられる雰囲気ではなかった。
仕方なく、立岡の元へ戻ろうとさっきいたテーブルに向かう。しかし、立岡が見知らぬ女性に話しかけられているのを見てぴたりと足を止めた。
「わあ、あの化粧品会社にお勤めなんですねぇ! 知ってますよ、アイシャドウとか買ったことあります」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「いいなあ、メイクのこととか詳しいんでしょう? よかったら教えてくださいよぉ」
「いえ、僕はまだそこまで詳しくないんですが……」
「またまたぁ、謙遜しちゃって! ね、この後とか空いてます?」
分かりやすくナンパされている立岡は、困った顔をしながらも上手に女性をあしらっていた。
よくよく立岡の周りを見てみると、その女性の他にも立岡の方をちらちらと窺っている女性が何人かいる。隙を見て話しかけようとでも思っているのか、皆がグラスを持ちながらそわそわしていた。
「……邪魔、しちゃいけないよね」
くるりと身を翻して、明希は空いていた隅のテーブル席に落ち着くことにした。
見た目も愛想も良くて、仕事もできる。頼りないと思っていたはずの後輩が、いつの間にか文句の付け所がない立派な社会人になっていた。失敗ばかりを繰り返して、挙げ句の果てに後輩を妬んでしまうような自分とは大違いだ。
化粧を直して少し和らいだはずの心が、またざわざわと揺れる。醜い嫉妬心が芽生えてくるのが自分でも分かって、明希は通りかかったウエイターを呼び止めてカクテルをもう一杯受け取った。さっき立岡に忠告されたばかりだというのにそれをまたひと息に飲み干して、唇を強く噛み締める。
完全に自信を失ってしまった明希は、賑やかな会場の中でひとり失意のどん底にいた。
普段であればうきうきしながらパーティーの準備をしたのだろうが、今はそんな気分になれるはずもない。いつか友達の結婚式の二次会で着た総レースのワンピースドレスに着替えた明希は、浮かない顔のまま会場に入り、マイクを使って挨拶をしている八千穂の姿を遠くから眺めていた。すぐ後ろには、立岡が無言で立っている。
「お飲み物はいかがですか?」
ぼうっと突っ立っていた明希に、ホテルのスタッフらしい男性が話しかけてきた。ああ、はい、と曖昧に頷くと、シルバートレイに乗せられたカクテルを一つ手渡してくれる。
今日は立食パーティー形式だから片手でつまめるような食事もテーブルに用意されているけれど、明希はそれに一切手をつけていなかった。空きっ腹にアルコールか、と少し躊躇したものの、明希はそれをひと息に飲み干した。
「ちょ、ちょっと、中里先輩。そんな一気に飲んで大丈夫ですか?」
その様子を見ていたのか、立岡が横から慌てて声をかけた。彼もまたカクテルグラスを片手に持っているが、まだ口をつけていないようだ。
「大丈夫だよ、これくらい」
「でも先輩、下戸だって言ってたじゃないですか。飲むにしても、もう少しゆっくり……」
「カクテル一杯くらいじゃ酔わないよ。八千穂さんの挨拶も終わったし、私ちょっとトイレ行ってくる」
気づかわしげに伸ばされた立岡の手を振り払って、明希は会場を後にした。
誰もいない女子トイレに入ると、無意識のうちにため息が漏れた。ああいった賑やかな場所はどちらかといえば好きなのに、今日はやけに疲れる。きらきらしい装飾も、楽しそうな人の声も、すべてが明希を追い詰めているかのように思えた。
手を洗いながらふと鏡を見る。そこには、どう見てもやつれた自分の姿が映し出されていて、明希はぎょっとした。
慌ててバッグから化粧ポーチを取り出して、ファンデーションを塗り直し、明るい色のチークで顔色をごまかす。もう一度鏡を見てみると、さっきよりはまだましな顔になった。
やっぱり、こんな時でもメイクだけは明希の味方だった。
会場に戻ると、招待客のスピーチなどは既に終わり、それぞれが好きなように歓談を楽しんでいた。一言挨拶をしようと八千穂の姿を探したけれど、彼はどこかの企業のお偉方らしいおじさんたちに囲まれていて、とても明希のような一般人が話しかけられる雰囲気ではなかった。
仕方なく、立岡の元へ戻ろうとさっきいたテーブルに向かう。しかし、立岡が見知らぬ女性に話しかけられているのを見てぴたりと足を止めた。
「わあ、あの化粧品会社にお勤めなんですねぇ! 知ってますよ、アイシャドウとか買ったことあります」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「いいなあ、メイクのこととか詳しいんでしょう? よかったら教えてくださいよぉ」
「いえ、僕はまだそこまで詳しくないんですが……」
「またまたぁ、謙遜しちゃって! ね、この後とか空いてます?」
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よくよく立岡の周りを見てみると、その女性の他にも立岡の方をちらちらと窺っている女性が何人かいる。隙を見て話しかけようとでも思っているのか、皆がグラスを持ちながらそわそわしていた。
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完全に自信を失ってしまった明希は、賑やかな会場の中でひとり失意のどん底にいた。
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