【R18】定時過ぎたら下克上!〜イケメン新入社員はバリキャリ女子を溺愛したい〜

染野

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26.キスとその理由③

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 最近新しくオープンしたらしいこぢんまりとしたカフェに入った二人は、揃ってブレンドコーヒーを注文した。
 コーヒー豆の香ばしい匂いに包まれながら、明希はちらりと立岡の顔を覗き見る。何を考えているのか、彼はさっきから黙りこくったまま一言も発さない。注文したコーヒーが運ばれてきても、彼はただそれをじっと見つめているだけだった。
 どうしよう、と頭を悩ませながら、明希は落ち着かない気持ちでコーヒーをごくりと飲み込んだ。それから、向かいに座る立岡に恐る恐る話しかける。

「あ、あのー……立岡くん? なんか、怒ってる?」
「はい。ちょっと怒ってます」
「えっ……な、なんで? さっきまであんなに楽しそうだったのに」

 明希がそう尋ねると、立岡はむくれた顔をしてコーヒーを口にした。少し苦かったのか、そばに置いてあった角砂糖をひとつ溶かし入れている。

「……先輩、本当に分かってなさそうですよね。正直に言ってもいいですか?」
「う、うん」
「今日、先輩にご飯誘ってもらえて、すごく嬉しかったんです。仕事の合間とか飲み会以外で誘ってもらえたの、初めてだったから」
「え……そうだったっけ」
「はい。それなのに中里先輩、しれっとした顔で野辺山さんに『今日は二人で行ってきたら?』なんて言うから……悔しいというか、なんだか寂しかったんです」

 しょんぼりと肩を落とす立岡の姿に、明希は罪悪感を覚える。
 確かに、野辺山と会うまで彼は満面の笑みを浮かべていた。それなのに明希が余計なことを言ったから、高揚した気持ちが削がれてしまったのだろう。
 明希自身も、新人の頃初めて先輩に飲みに誘ってもらえたときは緊張しつつも嬉しかったことを思い出して、ようやく合点が行った。

「そ、そっか、ごめんね。仲良さそうだったからつい、よかれと思って……」
「仲良くないです。同期だから、波風立てずに接しようとは思ってるんですけど……正直、あんまりしつこく誘われるから参ってて」

 なんだか疲れた顔で息をつく立岡を見て、明希の女の勘が働く。違ったらごめんね、と前置きしてから、明希は言葉を選びながら問いかけた。

「少し前に、噂で聞いただけなんだけど……立岡くんに告白してきた総務の女の子って、もしかして野辺山さんのこと?」
「……知ってたんですか」
「あ、いや、松原さんにちらっと聞いただけで、詳しくは知らないんだけど! でも、やっぱりそうなんだ」

 そう言うと、立岡は重苦しい表情をしながら小さく頷く。
 先ほど少し話しただけだが、彼女は女の明希から見ても「美人」の部類に分けられるような整った顔立ちをしていた。少々強引なようにも思えたけれど、はきはきと喋る姿には好印象を持ったし、男女問わず誰からも好かれるタイプの女の子に見えたから、立岡がそんな表情をするのは明希にとって予想外だった。

「仲間内で集まって遊んでるときは、良い子だなぁって思ってたんですけど……二人きりで会おうって誘われることが増えてから、なんだか気が重くて」
「そ、そうなんだ……じゃあ、立岡くんは野辺山さんと付き合うつもりはないの?」
「まったくありません。ちなみに、この前のあのバラ風呂のセットをくれたのも彼女です」
「えっ!? う、うわー……それはちょっと、あんまり知りたくなかったかな……」

 明希が顔を引きつらせて言うと、ようやく立岡がふふっと笑ってくれた。それに安心した明希は、今日彼を食事に誘った目的を思い出す。
 ちょうどあのレセプションパーティーの日の話題が出たところで、明希は思い切ってあのキスの理由を問いただすことにした。

「あっ、あのさ、立岡くん。その、パーティーの日は、色々と迷惑かけてごめんね。本当にありがとう」
「いえ、僕はたいしたことしてません」
「そんなことないよ。立岡くんのおかげで、こうやって本調子に戻れたと思ってるの。自分があんなに疲れてたなんて、立岡くんに言われるまで気付かなかったよ」

 ありがとう、ともう一度頭を下げると、立岡は照れ臭そうに頭を掻いた。ようやく普段の彼らしい姿を見られて、明希はほっと息をつく。
 このまま和やかにその話題を終わらせたくなる衝動に駆られたけれど、それでは彼を誘った意味がなくなる。明希は自分を奮い立たせて、立岡の目をまっすぐ見据えながら尋ねた。

「……それで、聞きたいことがあるんだけど」
「はい、なんですか?」
「あ、あの日、寝る前に……しっ、したよね? その、なんていうか、キス的なものを……」

 恥ずかしさのあまりしどろもどろになりながらも、明希はずっと聞きたかったことを口にした。
 これで立岡に「そんなことしてませんけど」とでも返されたら自分の言動はセクハラに当たるのだろうか、と妙な心配をしつつ彼の返事を待つ。しかし、そんな明希の心配をよそに、立岡はにっこりと笑って頷いた。

「はい。しました」
「うっ……や、やっぱり、幻覚じゃなかったんだ……あの、一応聞くけど、私がとち狂って立岡くんに無理やり迫った、とか……?」
「ふふっ、違いますよ。先輩がお礼してくれるって言ったから、もらっただけです。もちろん、僕からですよ」

 ──なんだ、この落ち着きっぷりは。
 明希の方はだらだらと変な汗をかいているというのに、立岡はなんでもないことを話すかのように落ち着いてあのキスの説明をしている。しかも、やはり明希の記憶は間違っていなかったようだ。

「あ。もしかして、嫌でしたか?」
「へっ!? あ、いやっ、嫌とかそういうんじゃなくて! でも、なんでキス、したのかなぁって……」
「なんでって……キスしたかったからです」
「えーっと、それは……誰でもいいから、とにかくキスしたかったってこと?」

 混乱しながら尋ねると、その問いかけに立岡はまたむっとして顔をしかめた。なんだか、今日は彼のこの表情をよく見ている気がする。

「そんなわけありません。中里先輩だから、キスしたかったんです」
「ええー、余計に訳分かんない……あっ、あれかな? 普段こき使われてる分、私をからかおうとしたとか」
「なんでそうなるんですか」
「だ、だって意味分かんないんだもん! 立岡くんが私なんかにキスする理由、他にある!?」

 もう明希の脳内はしっちゃかめっちゃかだ。
 文字通り頭を抱えてテーブルに突っ伏すと、頭上から立岡の盛大な溜息が聞こえてくる。そして、「顔上げてください」と落ち着いた声で言われて、明希は今にも泣きだしそうな顔で立岡を見つめた。

「……そんな顔、しないでくださいよ」
「だって……なんか、腹立ってきた。立岡くんのくせに、私をこんなに悩ませるなんて」
「ふふっ、悩んでくれたんですね。それはちょっと嬉しいです」

 何が嬉しいんだ、とじっとりとした目で睨みつけると、立岡は突然テーブルの上にあった明希の手をぎゅっと握ってきた。その手の大きさと温かさに明希はたじろいだけれど、手を引こうと思っても強い力で握られていてぴくりとも動かない。

「僕、中里先輩のこと、一人の先輩としてとても尊敬してます。失敗ばかりしてた僕に呆れることなく、丁寧に仕事を教えてくれたこと、本当に感謝してるんです」
「え……いやっ、お礼を言われるほどのことは」
「でも。……でも、僕は、中里先輩のことを一人の女性として見ています。この意味、分かってもらえますか?」

 明希は瞬きをすることも忘れて、そう話す立岡の顔をじっと見つめていた。その表情は真剣なもので、とてもでまかせを言っているようには思えなかった。

「……中里先輩が、僕のことを男として見てないってことは痛いほど分かってます。だから、今はまだ告白はしません」
「え……」
「先輩が、僕のことをただの後輩としてじゃなく、一人の男として見てくれるようになったら……その時は、改めて告白させてください。あの日のキスは、そういう意味を込めてしました」

 手を握る力がさらに強くなる。
 逃がさない、とでも言いたげに繋がれたその手は、明希のものよりもずっと大きくて逞しい、男の手だった。

「……そろそろ、出ましょうか。夕飯、何にします?」
「えっ……あ、えっと、どうしよっか。ごめん、何も考えてなくて……」
「それなら、タイ料理はどうでしょう? 少し行ったところに良いお店があるって、この前松原さんが教えてくれたんです。先輩、パクチー好きですよね」
「え? あ、うん……じゃ、そこにしよう」
「はい。楽しみです」

 カフェを出て、喧騒の中を二人並んで歩く。嬉しそうに笑みを見せながら喋る立岡の顔を、明希はなかなか見ることができなかった。
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