乙女ゲームの悪役令嬢だったので、悪役になる覚悟ですが、王子様の溺愛が世界を破滅させてしまいそうです

葵川真衣

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16.予防策

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「魔術に費やす時間を減らしてみるのはどうでしょう。その分、違うことに時間を使ってみたり」
「嫌だ」

(嫌って……)

 今はやっぱりまだ子供かもしれない。
 シャロンはぽんと手を打った。

「ならばルイス様、もっとぼーっとなさってくださいませ」
「ぼーっと……」
「そうですわ。何も考えずにぼーっとされるのが良いですわ」

 根を詰めすぎないで、もっとのんびりと過ごせばバッドルートには入らないはず。
 名案だ。

「睡眠時間もたっぷり取ってくださいませ。日々、二度寝をするのです」
 
 シャロンが提案すれば、彼は唖然とし、噴き出した。

「二度寝?」
「はい。かつ夜は早めに眠るのです。日が暮れれば休むという日を作ったり。ぜひ実践なさってください」
「気が向いたら」

 彼は呆れたようだが、表情は和らいでいた。

(どうか、バッドルートにいきませんように……!)
 
 シャロンはそう祈り、彼と別れて部屋へと戻った。
 日課になっている食後のストレッチをする。心や身体に柔軟性を保ち、未来に備えよう。
 手足を伸ばしていると、ノックの音がした。

「?」
「ぼくです」

 エディの声だ。

「どうぞ」

 シャロンが応じれば、扉が開いた。
 エディはストレッチしているシャロンに目を丸くする。

「姉様、何をされているのですか」
「運動よ」

 エディは項垂れ、ふうと息をついた。

「名家レインズ公爵家の令嬢ですよ、姉様は! 王太子殿下の婚約者がそんなおかしな動きをしていていいのでしょうか」
「別にいいんじゃない。稽古で剣も振り回しているし」
「それも正直、どうかとぼくは思っています。今稽古中でもありません」
「人前ではしないから大丈夫」
「ぼくがいます」
「エディは家族だもの」

 いつもエディは怒っている気がする。
 今度カルシウムたっぷりのビスケットを作り、義弟に食べさせよう。
 ぷりぷりと怒るのでストレッチをやめ、義弟に向き直った。

「で、何の用かしら?」

 エディはきゅっと拳を握る。

「本当に明日、廃屋に行かれるつもりなのですか?」
「そのつもりだけど」

 エディは眉を曇らせた。

「危ない気がします。森の中の廃屋というだけでもそうですし……魔がいた場所なんて。姉様は嫁入り前なんです。やめておかれたほうがいいです」

 シャロンは髪をかきあげる。

「本当に危険なら、ルイス様も行くなんて言わないでしょう。平気じゃない?」

 ゲーム開始まで、悪役令嬢は元気だった。
 だからここで何か起きたりはしていないはず。
 エディは悩ましげな表情になる。

「ルイス様は魔術かぶれです。平気ではないことも、行う気がするんです、ぼく」
「それは……」

 無きにしも非ず……。

(エディはルイス様の本質を見抜いているわ)

 洞察力がある。

「姉様は何も考えてらっしゃいませんが、危険です」
「まあ、エディ。わたくしだって、色々考えることはあるわ」
「そうでしょうか?」

 エディは疑いの眼差しをする。

「後先考えず、行動されるほうだとぼくは見ていて感じていますが」

 ひどい誤解である。シャロンだって考えているのだ。

「姉様は明日行かれないほうが」
「いいえ、行きます」

 魔術の勉強だし、行ってみたいという好奇心があるのだった。

「姉様は頑固です」

 やれやれとばかりに、エディは額に指を置き、首を横に振ってみせた。

 

 翌日、森の中に入った。
 護衛は森の入り口で待機し、子供たちだけで廃屋へ向かった。
 生い茂る木々で薄暗い。
 良くいえば閑静、悪くいえば魔が好みそうな場所な気がした。

「大きな建物ですわね……」

 廃屋に辿り着けば、シャロンはごくっと喉を鳴らした。
 蔦が外壁にまとわりついている。
 豪奢な建物だが打ち捨てられた感で、今、人が住んでいる気配はない。

「本当に中に入って大丈夫なのですか、ルイス様!?」

 エディの顔は引き攣っている。

「何かあれば、すぐ出ればいい」
 
 ルイスは玄関扉を開け、すたすたと入っていった。
 入るということは大丈夫なのだろう。
 ルイスの後に続こうとするシャロンの腕をエディがとった。

「お待ちください、本当に入る気なのですか、姉様」
「そうよ」
「危ないと思います!」 
 
 エディはクライヴに目を向けた。

「おまえ、姉様を別荘まで送るんだ」

 クライヴは首を竦める。

「ですが若様。ルイス様は大丈夫だとおっしゃっていましたよ」
「大丈夫とは言っていなかったよ。話をちゃんと聞いていないな。あのひとが言ったのは、ただ何かあれば、すぐ出ればいい、という曖昧なものだけだよ」

(そういえばそうだったわ)

「ぼくの命令が聞けないの、クライヴ」
「エディ、わたくし廃屋に行くと言ったでしょう?」

 義弟は首を横に振る。

「駄目です。デインズ家の代表として、魔力の残滓をぼくが確認しておきます。次期当主であるぼくは、ルイス様についていくしかありませんが……姉様は入る必要ないです」

 義弟は悲愴な顔つきだけれど。

「行きましょ」

 シャロンは歩き出し、廃屋に足を踏み入れた。
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