乙女ゲームの悪役令嬢だったので、悪役になる覚悟ですが、王子様の溺愛が世界を破滅させてしまいそうです

葵川真衣

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22.ふたりだけで

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 その後、病院送りになることなく、月日は過ぎた。
 シャロンは十三歳になった。
 今日は王宮に来ている。
 
 開いた窓から清々しい風が流れこむ。
 ゲーム開始まであと二年。
 テーブルの向かいに座るライオネルは、ずいぶん身長が伸びた。
 王宮や公爵家などで、ライオネルとはしょっちゅう会っている。
 
 シャロンの恋心は消えておらず、近頃、これは少々問題では、と感じていた。
 が、ライオネルは魅力的であるし、仕方ないとも思う。

「庭に行こうか」

 そう言われ、シャロンは頷いた。
 彼の部屋から廊下へ出る。階段の前でライオネルは立ち止まった。

「危ないからね」

 ライオネルはシャロンの手を取る。
 四年前から、彼はこうして手を繋ぐようになった。

「わたくしもう転んだりはしませんわ」
「以前のようなことがまた起きるかもしれないよ」

 彼は真剣な表情だ。

「いえ、大丈夫ですわ」
「君は武術を学び、心身ともに鍛錬しているけれど気をつけないと」

 階段を降りるときだけではなく、平坦な道を歩いているときも手を繋ぐことが多い。
 周囲からはそれが仲睦まじくみえるようである。
 庭園に行くと、王宮で仕えている人間に、微笑ましい目で見られた。

「おふたりはいつも仲がよろしくて」
「見ているこちらまで幸せな気持ちに」

 にこにこと、侍女や侍従に見守られ、シャロンは頬が熱くなる。
 正直、恥ずかしかった。幼児ではない。
 
 仲が良いのかどうかもわからない。
 悪くはないと思うが、会って話をして過ごしているだけである。
 将来、自分たちの婚約はなくなる。
 なのに。

(駄目だわ、どきどきとしてしまう)

 ライオネルがこちらを振りかえり、にこりと微笑んだ。
 眩しい。眩しすぎる……。

 シャロンは大分前から、自らの心の動きをそのままにすることにしていた。
 否が応でも数年後、緊張感が高まる。
 だからそれまでは自然に過ごそうと。
 
 恋心があるのは悪いことでもない。
 ゲーム開始後、展開がスムーズに進むはずだから。
 自分は攻略対象とヒロインの仲が深まるよう、嫌がらせをしなくてはならない。
 ライオネルへの恋心が胸にあれば、それは真に迫るはず。
 
 もちろん地獄に突き進まないよう、注意し、けっして度を越してはならないが。
 シャロンはライオネルに言った。

「ライオネル様」
「ん?」
「ここはもう階段ではありませんし、危なくありません」
 
 もう手を繋ぐことはなかった。

「そうかな?」
「え?」
「ふつうに歩いていても転んでしまうことはあるから」
「もしわたくしが転んでしまったら、ライオネル様も転んでしまいますわ」
「大丈夫、君が怪我をしないようにするから」

 彼はにこにこと笑む。
 それ以上何も言えず、今日も手繋ぎ続行となった。
 しかもいつのころからか、指と指を絡ませる、恋人繋ぎとなっている。
 ライオネルは素敵だし、ゲームの悪役令嬢がメロメロになってしまったのもわかるというものである。
 
 シャロンは彼と神々の彫像が飾られた水花壇まで歩いた。

「今度、一緒に街に出ない?」
 
 誘われ、シャロンはぱちぱちと瞬いた。

「街に?」
「ああ。お忍びで」
 
 内緒で王宮を出るということ?

「駄目だろうか?」

 ライオネルは悪戯っぽく唇に弧を描く。

「わかりませんが、いけないことなのではありませんの?」

 彼は王太子。秘かに街に出ていいのだろうか。

「そうだね。知られたらいけないね。だから気づかれないように行くんだ」

 気づかれなければ、いいのだろうか……。

「一緒に行こう?」
 
 王太子ライオネルの誘いを断れないし、お忍びで街に出ることには魅力を覚えてしまう。

「わかりましたわ」

 シャロンは、ライオネルと街に行く約束をした。
 そのとき、ふいに小道に声が響いた。

「楽しそうな話をしていますね」

 整えられた生垣の向こうに、第二王子アンソニーの姿がみえた。
 シャロンとライオネルの繋いだ手に、彼は視線をおとす。

「仲がよろしい。仲睦まじいと皆、噂していますよ」
「うん。僕たちは仲が良いよ」

 アンソニーは軽く肩を竦める。

「今、お忍びで街に出る話をしていましたね。おれもご一緒してもいいですか、兄上」

 ライオネルは眉をひそめた。

「僕はシャロンとふたりだけで行きたい」

 ライオネルはさらっとこういったことを口にする。
 余り意味がないものだけれども、誤解してしまうような言葉で、つくづく彼は罪だとシャロンは思うのだ。
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