乙女ゲームの悪役令嬢だったので、悪役になる覚悟ですが、王子様の溺愛が世界を破滅させてしまいそうです

葵川真衣

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23.誰も割って入れない

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 アンソニーはふっと皮肉な笑みを浮かべた。

「兄上は婚約者を独り占めなさりたい?」
「悪いか?」
「もちろん、悪くなんてありませんよ。ですが」

 アンソニーは赤くなっているシャロンにちらと目線を流す。

「彼女を連れてふたりだけだと危ないと思います。何かあったらいけません」
「大丈夫だ」
「ですが以前、彼女は階段から落ちたでしょう? 翌日には賊に襲われ。もし街で何かあれば、ひとりが彼女を守り、あとひとりは助けを呼びに行くことができますよ」

 ライオネルは長く息を吐き出す。

「どうしてもついてきたいというのか?」
「そのほうがいいと思いますから」

 ライオネルは無言でしばらくアンソニーを見据えていた。

「どうする、シャロン?」

 ライオネルに聞かれて、シャロンは戸惑った。
 シャロンは武術を嗜んでいるし、何かあっても切り抜けられる。
 アンソニーは微笑んだ。

「おれも行きたいと思うんだ、シャロン」

 お忍びは楽しそうだし、アンソニーが行きたがるのもわかる気がした。

「では、ご一緒に」

 ライオネルは髪をかきあげた。

「……仕方ない。おまえも来るといい、アンソニー」
「ええ」

 それで三人で、街にお忍びで出ることになったのだった。



◇◇◇◇◇



 決行の日、シャロンは王宮へ行き、ライオネルが用意してくれていた変装用の服を着た。
 同様にライオネルとアンソニーも変装をした。
 皆、平民に扮している。
 北の城壁沿いにある抜け道を通り、三人で街へ向かった。

「ライオネル様、よくこういったことをなさるんですの?」

 いやに手際が良い。心配になってシャロンはライオネルに尋ねる。

「よくではない。たまにだね」
「外に出たとき、今まで危険はありませんでした?」
「バレないように変装しているから、特には何もないかな」
「兄上はみかけによらず、大胆ですね」
「遊びで出ているわけではないよ」 
 
 ライオネルはアンソニーに鋭く返した。

「将来、僕は王になる。王宮にいるだけではわからないことがあるし、実際に自分の目で街や、そこで暮らしている民を見、知らなければ」

(さすがだわ、ライオネル様)
 
 彼は将来、国を統治する人間としての心構えがある。
 ただ気晴らしで来ているわけではないのだ。
 シャロンはライオネルを尊敬した。
 
 三人は通路を歩き、王宮外に出た。
 大通りは、活気に満ちている。
 ライオネルがシャロンに問いかける。

「どこか行きたいところはある?」

 シャロンは少し考えてから口を開いた。

「ライオネル様がいつも行っているところに行ってみたいですわ」
「僕は街をぶらぶらと歩くことが多いけれど」
「ではぶらぶらしましょう」

 街を見て回りたい。

「うん、わかった」

 ライオネルはシャロンの手を取って歩き出す。
 アンソニーが呆れたような視線を投げてくる。
 変装していて、街の住民には自分たちだとバレないにしても、やっぱり恥ずかしい。

「わたくし転んだりしません、ライオネル様。ここは舗装されていますもの」
「でも人込みのなか、はぐれたりしてはいけないよ」
 
 ライオネルはにっこり笑う。
 アンソニーが遠い目をする。

「仲がいいですね、本当に」
「ああ」

 ライオネルは片方の口角を上げた。

「誰も割って入れない。おまえも婚約者をもてばどうだ、アンソニー?」
「おれはまだいいです」

 アンソニーはゲームでも婚約者がいなかったし、ヒロインと結ばれなければ婚約はもっと先になるのだろう。

「どういった女性が好みなんだ」
「おれの好みは……」

 アンソニーはシャロンに目線を向ける。
 目が合ったが、彼はすっと視線を逸らせた。

「……特に好みなどありません」
 
 ライオネルはシャロンの手を握る力を強くする。

「僕から父上に、おまえの婚約について話しておこうか」
「いえ」

 アンソニーは首を振る。

「今言ったとおり、おれはまだいいんです」

 兄弟はしばし無言で視線を交わした。

「どうなさったんです、ふたりとも」

 どこか空気を重く感じる。ライオネルは笑顔をみせた。

「なんでもないよ、シャロン」
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