乙女ゲームの悪役令嬢だったので、悪役になる覚悟ですが、王子様の溺愛が世界を破滅させてしまいそうです

葵川真衣

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24.髪飾り1

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「ライオネルじゃないか」

 そのとき明るい声が響いて、振りかえれば、後ろにふくよかな中年の女性がいた。

「おかみさん」
「久しぶりだね、元気にしてたかい」
「はい」

(ラ、ライオネル様を呼び捨てにしている……!)

 この女性はいったい何者だろう?
 瞠目し、固唾を呑んでいると、女性がライオネルに話しかけた。

「あんた、王太子殿下と同じ名だから、そんなにイケメンなのかね。本当、大人になるのが楽しみだよ」
「ありがとうございます」

 ライオネルはシャロンに耳打ちした。

「このひとは食堂のおかみだ。以前食堂に行ったときなぜか気に入られて」
「ライオネルの彼女かい?」

 おかみがシャロンに視線を向け、尋ね、ライオネルがおかみに返す。

「いえ、妹です」

 お忍びで出ていることがバレないよう、彼はそう答えたのだろうが、シャロンは少し悲しく感じた。

(今は婚約者なのだけれど)

 期間限定でも……。

「ちょうど良かった、あんたにちょっと帳簿を見てもらいたくてね」
「え?」

 おかみはライオネルの手首を掴んで、ぐいぐいと引っ張っていく。

「おかみさん」 
 
 戸惑うライオネルに、アンソニーが声をかける。

「大丈夫、妹はおれがみている」

 ライオネルは溜息をつき、仕方なさそうに顎を引く。

「……すぐ戻る」

 ライオネルはおかみに連れられていった。
 シャロンは横のアンソニーを仰ぐ。

「まさか……アンソニー様。ライオネル様を呼び出し、わたくしに忠告ですの?」

 前にそんなことがあったので、訝しんで問えば、彼は眉をひそめた。

「いや。さっきの女性は初対面だ。兄上を呼び出すよう言えるわけがないだろう」

 考え過ぎだったようだ。

「兄上が戻るまで、少し露店でも見ていこうか?」
「はい」

 シャロンは頷く。
 街を見て回りたい好奇心がある。
 アンソニーと大通りを歩きはじめた。

「先程妹とおっしゃっていましたけれど、アンソニー様の妹ですか?」
「ああ。どうみてもおれのほうが年上にみえる」
 
 アンソニーは当然とばかりに主張する。
 彼は年下だが、シャロンより大分背が高い。
 でもシャロンには前世の記憶がある。妹というのは納得できない。

「アンソニー様の妹ではありませんわ。わたくし、アンソニー様の姉になります」
「兄上と結婚すればそうなるが」

 ライオネルと結婚することはない、という言葉を呑み込む。

「年上ですので、わたくしが姉ですわ」
「君の義弟エディと違い、おれは大人だ、君よりも。露店を見て歩こう、妹」

 妹ではないと言っているのに。
 彼がエディより年上にみえても、シャロンより大人というのは間違いだ。
 だがここで争っても仕方ない。シャロンは吐息をつき、アンソニーと露店を見て歩いた。

 いろんなものが陳列されている。
 珍しい異国の品物が並んだ店で、ふたりは立ち止まった。
 
 小物が置かれていて、気になる髪飾りをひとつ見つけた。

「これは君に似合うんじゃないか?」

 アンソニーが手に取ったのは、ちょうど目を奪われていた、蝶をかたどった髪飾りだった。

「しかし君は高価なもの以外つけないか」
「いえ。そんなことありませんわ。高価でないもののほうをつけたくなりますわ」

 シャロンの言葉に彼は不思議そうな顔をした。

「なぜ?」
「高価なものだと、壊してしまえばどうしよう、と躊躇してしまうのですわ」

 自分は身体を動かすことが多いので、危ないのだ。
 それに前世の記憶が戻り、価値観が変わった。 

「この髪飾りを、気に入ったのか?」
「はい」
 
 お金を持ってきていれば買おうと思うけれど、あいにく持ってきていない。
 残念だ。

「ではこちらをもらう」
 
 アンソニーは、露店の店主にお金を渡す。

「まいど」
 
 彼は道の端にシャロンを連れていき、先程買った蝶の髪飾りを差し出した。

「つけてやる」
「え?」
「気に入ったんだろう? 受け取れ。君に渡すために買った」

 シャロンは躊躇を覚える。

「ですが」
「なんだ、やっぱり気に入らないのか? なら、別なものを用意しよう」

 本当に彼は用意してしまいそうだ。
 この髪飾りが気に入っているのは事実だし、シャロンは受け取ることにした。

「いただきますわ、アンソニー様」

 彼はシャロンの髪に蝶の髪飾りをつけてくれた。
 珍しく彼の表情は、柔らかだ。

「似合っている」

(こんな顔をされるのね?)

 意外な一面を見た気がした。
 するとアンソニーは目尻を朱に染めた。

「なんだ?」

 彼は瞬く。

「なぜそんなにおれを見る?」
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